第三話 オリーブと問答
オリーブの街は大陸の南では大きな街である。街を中心にオリーブの生産をする村があった。
村で作られたオリーブはオリーブの街に運ばれてくる。
オリーブのオイル漬けが有名で、各地に運ばれていた。
ステの住んでいたピオネ村にも、オリーブの街のオリーブのオイル漬けが荷馬車で運ばれてきていた。オリーブ・オイルを使ったピザはステの好物だった。
ステは一度、オリーブの産地を見ておきたいと思っていた。
有料の転移門を置いてある広場に行って尋ねる。
「転移門で行けるオリーブを生産している村って、ありますか? オリーブの生産現場を見たいんです」
受付のお姉さんが親切に教えてくれる。
「観光客用に生産現場を見せてくれるなら、アイ村ね。でも、本格的に見たいなら、冒険者ギルドで短期雇用の仕事を受けてから仕事で入るのがいいわよ」
ステは礼を述べて、冒険者ギルドに行き受付で尋ねる。
「オリーブの生産に携わる仕事がしたいんですが、仕事はありますか?」
「オリーブのオイル漬けを作る手伝いの仕事があるわよ。期間は七日間。でも、報酬は安いわよ」
「安くてもいいんです。俺は百姓になる修行中だから、色々を経験したいんです」
「なら、お願いするわ」
ステは紹介状を貰う。
時間が惜しい。なので、赤字になるのだが、転移門を使ってアイ村に飛んだ。
アイ村は観光地の村らしく、転移門付近に宿屋やお土産があった。
お土産屋をちょっと覗くと、オリーブを使ったお土産が並んでいた。
ステは紹介状を頼りに、オリーブの農家を訪ねる。
オリーブ農家は村の外れにある小ぢんまりした農家だった。
観光客に開放していないのか、観光客の姿はなかった。
家の入口で声を上げる。
「冒険者ギルドから派遣されてきた手伝いです」
五十歳くらいの農婦が出てきた。
「おや、随分と早く来たね。私の名はシイラよ。もっと掛かると思ったから、助かるわ。なら、さっそく着替えて、オリーブの収穫を頼めるかい?」
ステは野良着に着替えてオリーブを収穫する。
オリーブは瑞々しく薄い緑色をしていた。
手摘みでオリーブをてきぱきと摘み、収穫袋に入れて行く。
収穫されたオリーブは選別所に集められる。
選別所で商品になるものと、ならないものに選別された。
夕方まで働いたステはシイラに褒められた。
「あんた、随分と仕事が早いね」
「村の近くに木苺がなる場所があって、よく小遣い稼ぎに収穫に行っていましたから。それに俺は百姓なんで、農作業は得意なんです」
「そうなのね。助かるわ」
暗くなり作業が終了になる。夕食時にシイラの家族を紹介してもらう。
シイラの家は九人家族だった。シイラが最後に一人の女性を紹介する。
女性は金色の短い髪をした、白い肌の女性だった。
年齢はステと同じくらいで、顔は面長で、切れ長の目をしていた。
瞳の色は青、身長はステと同じくらいあるので高い。
「こちらはエラさん、ステくんと同じく、冒険者ギルドから派遣されてきたお手伝いさんよ。昨日から、収穫を手伝ってもらっているわ」
「こんにちは。ステといいます。よろしくお願いします」
エラが感じよく挨拶を返す。
「エラです。よろしく」
食事が終わった。旦那さんが腰を辛そうに庇いながら、食堂を出てこうとした。
見かねたので声を懸ける。
「腰、お辛いんですか。よかったら、僕が魔法で痛みを緩和しましょうか」
「治療院でやる、あれか。魔法は効く。でも、断っておくが治療費は出ないよ。うちにはそんな余裕がないんだ」
「いいですよ。治療院に内緒で、こそっと魔法を掛けてあげますよ」
旦那さんの部屋に行く。横になる旦那さんの腰に治癒魔法を掛けてあげる。
「おお、これはいい。お前さん。さぞや名のある治療術師なのじゃろう」
「俺は単なる百姓ですよ」
本当は家畜治療用の魔法なんだけどね。人間用も家畜用も違いないって言うから、申告しなきゃ、ばれないだろう。
旦那さんの治療が終わる。台所の前を通ると、洗い物をするエラがいたので手伝う。
洗い物を手伝いながら、話をする。
「ねえ、エラさんって何で冒険者をしているの」
「さんは不用よ。私? 私は冒険者じゃないわ。私は旅の途中の樵なの。仕事を冒険者ギルド経由で受けただけよ、ステくんは?」
「僕もくんは不用でいいですよ。そうなんですか。俺も似たようなもんかな。俺は立派な百姓になるために、旅をしているんです」
エラは羨望の眼差しでステを見る。
「でも、治癒魔法が使えるだなんて凄いわ。私にできる仕事なんて、木を伐って橋を架けることぐらい。魔法なんてろくに使えないわ」
「木を伐るって素人には簡単にはいかないよ。それに、橋を架けるのだって、立派な仕事だよ」
「そう褒めてもらえると嬉しいわ。私も父さんのような立派な樵になりたい」
食器洗いが終わる。風呂に入って眠る。朝になる。
朝食を軽く済ませて、オリーブを収穫しに行く。
すると、昨日まであったオリーブの実がなくなっていた。
採取する木を間違えたかと思った。だが、他の木からも、オリーブがなくなっていた。
あれ? オリーブが全く実ってないぞ? 来る場所を間違えたかな?
駆け回るシイラの家族が見えた。家族は慌てていた。
シイラが困惑した顔でやって来る。
「そっちはどうだい? オリーブが残っているかい?」
「いえ、全くないです。採る木を間違えたかと思い、探したのですが一粒も残っていません。他の木もなんですか?」
「そうだよ。うちのオリーブが全て誰かに持って行かれちまった。とりあえず、家に戻ってちょうだい」
家に戻ると皆が深刻そうな顔をしていた。昼前に長男が戻ってきて皆に伝える。
「オリーブの実を持っていかれた農家はうちだけじゃない。村のオリーブが全部やられた」
村のオリーブの木って、百本や二百本じゃないぞ。そんなに多くの木から一晩の内にオリーブの実を持って行くって、普通の泥棒の仕業じゃない。
一同の顔が暗く沈むと、次男が険しい表情で戻ってくる。
「泥棒が落としていったと思われるオリーブの実が落ちていた。有志でオリーブを追っている。だが、オリーブは割れ谷に向かって運ばれている」
三男が弱った顔で伝える。
「割れ谷の向こう側ってことは、魔物の住処だろう。オリーブを盗んでいった奴らは魔物なのか。魔物に盗まれたらオリーブは返ってこない」
シイラの一家は落ち込んだ。
他人のオリーブを全て盗むだなんて、なんて悪い魔物なんだ。
「割れ谷って、どちらですか、場所を教えてください。魔物に盗まれたオリーブを取り返してきます」
長男の表情は渋い。
「冒険者さんが行ってくれると申し出てくれるのは嬉しい。だが、相手は一晩の内に村中のオリーブを盗み出すほどの魔物だ。簡単に取り戻せるとは思えない」
「でも、黙って、このまま見ていられません」
三男が困った顔で意見する。
「兄ちゃん。どのみちオリーブがないと俺たちは終わりだ。挑戦してくれるのなら、冒険者さんに頼もう」
長男は渋々の顔で決断した。
「わかった。ステさんに道を教えてやってくれ」
ステが武器を持って出かけようとした時、斧と鋸を担いだエラが待っていた。
「一人より二人です。私も協力します」
エラの実力は、わからない。だが、帰りが一人だと、盗まれたオリーブを取り返した時に運搬できるかどうか不安だった。
いいか。俺がエラを護れば、問題ないか。
「危険かもしれないが、一緒に来てくれ」
次男に道を教えてもらう。道の途中には、オリーブの実が点々と落ちていた。
「ありがとうございます。ここまで来れば、あとはオリーブの実を追っていけば割れ谷に辿り着けそうです」
次男は強張った顔で告げる。
「では、お気を付けて」
オリーブの実を追って行く。幅三十m、深さが百mほどの深い谷に出くわした。
谷の向こう側には、大きな樽がいくつも積まれていた。
これ見よがしに、大きな樽が百は積んであるな。ここに来るまで目印のようにオリーブの実も落ちていた。誘い込まれたかもしれない。
エラが谷底を覗いて声を上げる。
「橋が下に落とされているわ」
ナイトメアを呼べば谷は渡れる。だが、オリーブの樽を運んで戻ってくるには、谷に橋が必要だった。
ぼん、と音がして空中に灰色の体をした小悪魔が現れる。
小悪魔は二本の角を生やして、蝙蝠の翼を持っていた。
恰好は洒落た灰色のベストに灰色のズボンを穿いていた。
小悪魔が名乗りを上げる。
「我は四魔将ライゼン様が麾下、謎懸けのドリーだ。もし、俺様の謎に答えられたら、オリーブは全て返そう。だが、答えられなかった時はオリーブを谷底に落とすぞ」
ステは背負っている獅子王刈に手を掛ける。
「何を勝手なことをほざく。お前なんて、叩き斬ってやる」
「おっと、俺はこれでも強いんだ。力押しは止めたほうがいいぞ。それに、俺に勝っても、俺の謎を解かんとオリーブは谷底に落ちるぞ。そういう仕掛けがある」
エラが不安な表情で提案する。
「ステさん、この手の魔物は謎を解ければ約束は守るものです。謎を聞くだけ、聞いてみましょう」
ドリーはエラの言葉に機嫌をよくした。
「そっちの嬢ちゃんは、ものわかりがいいな。では、謎を出すぞ。幅三十m、深さ十mの堀に囲まれた砦がある。この堀を渡り、夜の内に城に侵入したい。さあ、どうする」
「何か、ずいぶんとざっくりした問題だな。なら、門番を騙して跳ね橋を降ろさせて中に入ればいい」
ドリーはにやにやして答える。
「そいつは駄目さ。門番は眠っている。朝まで起きない」
「じゃあ、魔法で空から入ればいいだろう」
ドリーは少しばかりステを馬鹿にした。
「おいおい、砦は軍事施設だぜ。空を飛んで来る奴は当然、警戒をしてくる。魔法は解除されて、堀の中に落ちる」
「なら、鉤爪とロープを使って塀に引っ掛けて、ロープを伝って侵入だ」
「残念、ロープはあるが、鉤爪は持っていない」
これはあれだな。こっちがどんな答えを出しても、難癖をつけて、不正解にする気だな。意地の悪い奴だな。
エラが威勢よく答える。
「わかりました。斧と鋸を使って橋を架けたんです」
ドリーは派手に笑った。
「貴様は馬鹿か。一晩で橋を架けるなんて不可能に決まっているだろう。もっと頭を使って、悩み苦しみ答えろ」
エラはドリーの態度にむくれた。
「他人に馬鹿って言うほうが馬鹿なんですよ。なら、実演できたら正解でいいですね」
ドリーは一瞬、怯んだ。だが、できないと高を括って大きな態度を取る。
「お、おう、いいとも、ただし、付近に高さ十m以上の木は生えてないからな」
「ええと、高さ十mというと、これくらいの木かな」
エラは付近には生えていた杉の木を選ぶ。エラが魔法を唱える。
ステはこの時、エラが唱えている魔法が、神話の時代に失われた神語魔法だと気付いた。
神語魔法は古代語魔法より上位の魔法。オンジにしても、その全容は知らないとされる魔法だった。
凄い。エラさんは、父さん以外に使えないと思った神語魔法が使えるんだ。
杉はみしみしと音を立てる。杉の木は高さが三十五m、太さ一mにまで生長する。
ドリーはエラの魔法に驚いた。
「何だと? 木が急生長したぞ」
エラは上機嫌で木の前に行く。エラは背負っていた斧を二回振っただけで、杉の木を切断した。エラは鋸を使って杉の木の先端を落とす。
三十五mの杉の木を、鋸を使って二つにした。
エラの使う鋸の切れ味は凄い。
杉の生木をバターでも伐るかのように、すいすいと切断した。
ドリーの顔が青くなるのがわかった。
エラは、そのまま、ふんと半分になった丸木を持ち上げて、向こう側に渡した。
「ほら、三十分もあれば、橋ができるでしょう」
ドリーは慌てて抗議した。
「いやいや、待て待て待て、正解はそうじゃないぞ。それに教えただろう、魔法は解除されると」
「なら、ごちゃごちゃ文句を垂れないで魔法を解除して見せてくださいよ。私の樵の術が解除できたら、失敗でいいです」
ドリーは怒って言い放つ。
「わかったよ。お前の魔法なんて解除してやるよ」
ドリーは魔法を唱える。
だが、木は元に戻らない。ドリーは不思議そうに顔を歪める。
次いでドリーは、古代語魔法でエラの魔法を解こうとした。だが、解けない。
ステは心の中で、そっとドリーに言葉を懸ける。
無駄だよ、ドリー。神語魔法は神の言葉。一度、発現した神語魔法の奇跡は神様にしか解除できないんだよ。
ドリーはエラが使かったのが神語魔法だと、気付いていなかった。ドリーは何度も魔法を唱える。
ドリーはエラの魔法を解除しようとし、無駄に魔力を使った。
エラが胸を張って答える。
「樵が使う木を生長させる術は自然の奇跡。魔法では解けないのよ」
樵がどうのっていうより、エラが使ったのが神語魔法だからなんだけどね。エラもわかってないんだな。
ドリーは疲れ切って、ぐったりする。
「畜生、違う、違うんだ。俺に出した謎懸けには、きちんとした答えがあるんだ。こんなの、認められない」
ステはすかさず注意する。
「それは約束違反だよ。できたら正解で良いって、承諾しただろう」
ドリーは投げやりな態度で怒った。
「ああ、わかったよ。オリーブは返してやるよ。だが、お前たちは別だ。ここで、魔獣の餌になってもらう。いでよ。アンタレス」
背後に闇が集まる、全長四m、体重が三tはありそうな真っ黒いサソリが現れた。
ドリーが怖い顔で叫ぶ。
「やれ、アンタレス。その馬鹿共を、ぶっ殺してやれ」
エラが斧を構えるのでステが前に出る。
「いいよ。こいつ体液が猛毒とかだから、僕がポイ捨てするよ」
「ポイ捨てするって、あんなに大きいのに」
「いや、問題ないよ。あれくらい。畑を荒らす害虫みたいなもんさ」
アンタレスがハサミを振り上げ突進してくる。
ステは軽くステップを踏んで距離を詰める。サソリの眉間にパンチをお見舞いする。
ずん、アンタレスは一撃で脳震盪を起こした。
後はずるずるとアンタレスを谷の前まで引っ張って行く。谷底にポイと投げ捨てた。
アンタレスは谷底に落下すると、ぐしゃりと潰れて動かなくなった。
さて、あとはドリーか。
ドリーを探すと、どこかに消えていた。
「何か、騒がしい奴だったけど、終わったね。村の人を呼んで来てオリーブを回収しよう」
ステがオリーブを取り返した事実を伝えた。村人が割れ谷にやってくる。
ステとエラが橋を渡ってオリーブの入った樽を運ぶ。村人が大八車でオリーブを運んで行った。
オリーブはその夜までには回収された。摘み取られ樽に入ったオリーブは、そのままでは日持ちがしない。オリーブはすぐに茹でられて、オイル漬けにされた。