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第二話 立派な漁師

 ステは旅立ちの朝を迎えた。

 家を出る前にオンジが一冊の手帳のような赤い書を渡してきた。


「もって行きなさい。冒険を助ける冒険の書や。困った時にこれが役立つはずや」

 父さんも何だかんだ言って、俺を一人で旅にだすのは不安なのかな。


 ステは中を開いて見ると中は白紙だった。

「父さん、何も書いてないよ」


「それは今、お前が何も困ってないからや。冒険の書に左手を翳してみなさい」

 ステが言われた通りにする。左の掌に紋章が光る。


 冒険者の書は光となり、吸い込まれた。

 頭の中に女性の声が響く。


「冒険の書が起動しました。これよりステ・シーボルトの冒険をサポートします」

 ステは驚き声を上げた。


「何か、わからないけど凄そうだ」


「せやろう。心配性の父さんの親心と思って持って行き。あと、鎌は父さんが使って属性大鎌の獅子王刈を持って行き」


「いいの? 獅子王刈は父さんが畑を荒らした獅子王を倒した時の記念の鎌でしょ?」


「ええんや。獅子王刈は呼べば持ち主のところにやって来る、便利な大鎌や。それに、獅子王刈も、倉庫で眠っているよりたまには陽に当てたほうがええやろう」


「わかった。じゃあ、獅子王刈を借りて行くね」

 ステは納屋から大鎌の獅子王刈を出し背負う。代わりに自分の鎌は納屋に置いて行った。


 借りるね。父さん。それで、俺は絶対ここに獅子王刈を返しに戻って来るよ。

 ステは街の広場に行く。広場で待つと、冒険者が声を上げる。


「オリーブの街に行くゲートを出すぞ。使いたい奴は勝手に乗ってくれ」

 思った通りだ。街に行く、ただのゲートが開いた。


 ピオネ村にはダンジョンがあるので、高レベルの冒険者が来る。

 高レベルの冒険者となると乗合馬車を使わず、自力で簡易転移門を開いて使う。


 気前の良い冒険者だと街の広場で一声を上げてからゲートを開く。

 街の広場で待っているとただで他の街まで行けた。


 他の冒険者に混じってゲートが消える前に潜った。

 ゲートが出た先はよく知るオリーブの街ではなかった。


 空はピオネ村と違いどんよりと暗い。

 辺りはオレンジ色の紅花が咲き誇る畑だった。


 あれ? オリーブの街行きに乗ったと思ったら、変な場所に出たぞ。

 見渡せば、同じく簡易転移門に乗った他の冒険者はいない。


 参ったな。転移事故か。初日からついていない。

 きちんと設置された転移門なら、使用に際して事故に遭う事態は滅多にない。


 だが、転移魔法や簡易転移門を使った場合は事故に遭遇する。

 冒険者の間では、無料の簡易転移門を使用した場合の事故については、自己責任が原則だった。


 紅花の畑の奥には大きな屋敷が見えた。屋敷から左右に民家三十軒ずつが扇形に広がっていた。紅花の畑を囲むように形成された紅花園だった。


 大規模な紅花園だけど、ピオネ村の近くにはこんな大規模な紅花園はない。

 紅花園では農夫や農婦が黙々と働いていた。農夫は転移事故でやってきたステには目もくれない。


 背後を振り返るとU字型をした設置型の転移門があった。

 転移門は光が消えて機能が停止していた。


 このままだと転移門は使えないね。使うにしても、村や個人設置の転移門だから許可が必要だな。

 しゃがんで紅花の手入れをしている農夫の近くに行き尋ねる。


「転移事故で飛ばされてきたんですが、あの転移門を使わせてもらうわけには、いきませんかね。もちろん、使用料はお支払いします」


 農夫から返事がない。農夫は完全に無視を決め込んでいた。

 かがんで顔を近づけて声を懸ける。


「聞こえていますか?」

 農夫は無表情に黙々と紅花の手入れをするだけだった。


 人間じゃないのかな。他の農夫に声を懸けても返事はなかった。

 妙だな、この紅花園には、まともな人がいないのかな。


 奥にある屋敷に向かって歩いて行く。

 屋敷の敷地は四万㎡もあったが、半分が紅花畑だった。


 他の花はなかった。屋敷の庭も紅花一色か、よほど屋敷の主は紅花が好きなんだな。

 屋敷の庭では庭師たちが黙々と作業している。


 駄目もとで、声を懸けてみる。

「ごめんください。誰かいませんか?」


 

 すると、一人の老いた庭師がステのほうを向いた。

「何か用かね?」


 初めて話がわかる人がいた。


「僕の名前はステといいます。転移事故で飛ばされたんです。オリーブの街まで行きたいんです。畑の外れにある転移門を使わせてもらうわけには、いきませんか」


「転移門はこの屋敷の御主人様の外出用の転移門だからね。待ってなさい、今、聞いてきてあげるよ」


 老いた庭師が屋敷に入っていく。庭園の紅花は綺麗に咲いており美しかった。

 だが、ステは具体的に指摘できないが、紅花に妙なものを感じた。


 何かおかしいな、この紅花。何ていうか、生命力があり過ぎて、生き生きとし過ぎている。色もなにか普通の紅花より赤みが強い気がする。


 庭園の奥からステと同じくらいの年齢の女の子が現れた。

 女の子は短い黒髪で、日焼けした肌をしている。


 体は女性にしては、しっかりした筋肉が付いていた。

「アーチボルトさん知らない? 庭師のお爺さんのことよ」


 この屋敷にのみ話がわかる人がいるのかな。

「今、屋敷の中に転移門を使用させてもらえるかどうか、聞きに行ってもらっている」


 女性は感じの良い顔で話しかけてきた

「私の名はソフィー。貴方も転移事故でここに飛ばされたの?」


 転移事故か。最近は多いのかな、転移事故。天や地の魔力が乱れると事故が多発するって伝えられているからな。


 ここは空も大地の魔力の流れが不規則そうだから、流されたかな。

「僕の名前はステ。も、ってことは、ソフィーさんも転移事故で、ここへ?」


ソフィーは困った顔で教えてくれた。


「そうなのよ。まいっちゃうわ。それで、数日したら転移門が開くって言うから、それまで紅花園で働かさせてもらっているのよ」


「そうなのか? なら、僕も転移門が開くまで働かせてもらおうかな」

 会話をしていると、アーチボルトが戻ってきた。


 ソフィーが明るい顔で聞く。

「向こうの紅花の収穫が終わりました」


 アーチボルトはにこにこした顔で告げる。


「それはご苦労様、それとステくんだったね。明日か明後日には、ご主人がオリーブの街まで転移門で行くから、その時に一緒に行ったらいい」


「そうですか。ありがとうございます」

 アーチボルトは人の好い顔でソフィーに頼む。


「ソフィーさんも今日は、もう上がったらいいよ。ステくんにお屋敷の中を案内してやってくれ。ステくんの部屋はソフィーさんの隣の部屋を使っていいそうだから」


「わかりました。じゃあ、案内するわ。一緒に来て」

 ソフィーに館の施設を見せてもらいながら話をする。


「ねえ、ステくんは何のために旅をしているの?」

「俺は立派な百姓になるために見分を広める旅の途中なんだ。あと、くんは要らないよ」


ソフィーは愛想よく笑った。


「なら、私もソフィーでいいわ。私は立派な漁師になるために旅に出たの。旅に出たら、いきなり転移事故にあって、ここに飛ばされたの。もう、いきなりのアクシデントで参っちゃうわ」


 漁師になるための修行か。父さんも、どんな職業にも苦労はある、って言っていた。やはり、僕くらいの年齢になると、旅に出るのが普通なんだな。


 ステは率直に告げた。

「アクシデントも含めて旅だからね。これもまた修行だよ。平坦な道じゃ修行にならない」


「立派なお百姓さんになるのも大変ね。漁師も、だけどね」

 ステは立派な漁師を目指すソフィーに好感を持った。


 目指す者は違うけど志は一緒だな。

 屋敷の施設を一通り見て歩いた。


 屋敷は赤を基調として、いたるところに赤が使われていた。

 やたら、赤が多いな。館の主の趣味だな。


 ソフィーの部屋で会話をする。

「それにしても真っ赤なお屋敷だね」


「アーチボルトさんの話では紅花で財をなした御当主は大の赤好きなんだって」

 気になっていたので、打ち上げる。


「でも、泊めてもらって悪くいうのも何だけど、ここの紅花の色は少し変だよ」

「変って、どういう風に変なの?」


 ソフィーは気付いていないのかな。

「何ていうか、植物が付ける自然な色合いではない。赤みが多くてやり過ぎって感じ」


「へーそうなんだ、紅花なんだから赤ぽいのが普通だと思った」

 部屋のドアをノックする音がする。


 ソフィーが返事をすると、アーチボルトだった。

「食事の用意ができたよ。食堂においで」


 ステとソフィーが食堂に行く、食堂には十mのテーブルがあった。

 上座には年配の女主人がいた。女主人は無表情に座っていた。


 食堂にはメイドが十人いた。

 テーブルの左横にステとソフィーの席があった。椅子は頑丈そうな鉄製だった。


 椅子の横に行くと、メイドが椅子を引いてくれたので座る。

「突然、押し掛けてきた上に、食事まで御馳走してくれた。ありがとうございます」


 女主人の横に立ったアーチボルトが、女主人の顔に耳を近づける。

 アーチボルトが女主人の囁きを聞き取り告げる。


「困った時には助け合わなければいけません。粗餐ですがよろしければ召し上がってください。と、主人は申しております」


 真っ赤なスープにパン、それと前菜が運ばれてくる。静かに会食がスタートする。

 食事は静かだった。だが、スープと前菜が終わったところで事件が起きた。


 椅子の手摺、背凭れ、足から金属の輪が飛び出して、ステとソフィーを拘束した。

「何だ、これは」とステは叫ぶ。


 アーチボルトの顔が醜悪に歪む。

 メイド二人が大きな注射器を持って来た。


 アーチボルトが邪悪な笑みを浮かべる。

「何って、これからお前たちから、血を抜くんだよ。お前たちの血で紅花は、もっと美しくなるんだ」


「何だって? お前は魔物だったのか?」


「そうだ。俺様は四魔将アシュリー様の麾下が一人、深紅のアーチボルトだ。おっと騒いでも無駄だ。その椅子は魔鋼鉄製だ。暴れても外れやしない。大人しく血を寄越せ」


 注射器を持ったメイドが近づいて来る。

 ステは拘束されていたが、全然、問題なさそうに思えた。ふん、と力を入れて立つ。


 ぱきん、と拘束具が簡単に壊れた。横を見ると、ソフィーも普通に立ち上がっていた。

 何だ? 魔鋼鉄って柔らかい金属なのか? まったく問題ないぞ。


 ステとソフィーが立ち上がると、アーチボルトは慌てた。

「馬鹿な、魔鋼鉄製の拘束具を破壊しただと? お前は、いったい何者だ」


「ただの百姓だ」とステが答え、「ただの漁師よ」とソフィーが宣言する。

「嘘だ! 百姓や漁師に魔鋼鉄の拘束具が破られるわけはない。やれ、モスキートン」


 メイド十二人の顔が大きな蚊になる。手足は毛むくじゃらになり、モンスター化した。

 ステは素手でモスキートンを殴る。モスキートンたちは弱かった。


 どいつもパンチ一発で片が付く。

 とんだ虚仮(こけ)(おど)しだな。まだ、ダンジョンに出るパイソンのほうが強い。


 ソフィーもパンチ一発でモスキートンを倒していたので、本当に弱いと思った。


 それでも十二人いたので、全てモスキートンを倒した時にはアーチボルトが窓から逃走していた。

「親玉に逃げられた」


 ステが窓から飛び出してアーチボルトを追いかけようとした時にソフィーが声を上げる。

「任せて。私が仕留めるわ」


 ソフィーが魔法を唱えると、左手に銀色の(もり)が現れた。

 ソフィーが銛を右手に持ち替えて投げた。


 距離にして二十五mはあった。だが、銛はアーチボルトに命中。

 アーチボルトは体が弾けて真っ二つになった。


「ソフィーさん、凄いね。何か、名前のある悪魔が、一撃だよ」

「立派な猟師は銛一本で海竜を仕留めるものよ。今回は的が小さくて不安だったけど。上手くいったわ」


 窓から出てアーチボルトの死を確認しに行く。

 真っ二つになったアーチボルトは、まだ生きていた。


「馬鹿な、この俺様がこんなところで無様に死ぬなんて。だが、このままで終わらないぞ。俺が育てた紅花たちよ、吸え、もっと血を吸え。赤く、更に赤くだ」


 アーチボルトの絶叫が辺りに響く。

 畑の紅花が一気に集まり、直径十五mの球になる。


「こい、獅子王刈」とステは叫ぶ。光となった獅子王刈が飛んできた。

 巨大な紅花の球体にステは向かい合った。紅花が鞭のように蔦で攻撃してきた。


 紅花の攻撃を躱し、ステは間合いを詰める。ステは自身に万能属性の気を纏う。

 獅子王刈がステの発生する万能属性の気を吸い上げた。


 大鎌の刃が一段と大きくなり、光の刃を纏う。

 ステが鎌を一気に横に薙ぐ。


「大鎌術、鬼刈の刃」

 光る刃が横一線に延びて紅花の塊を薙いだ。


 紅花の塊が裂ける。赤い花びらを血のように噴き出した。

 紅花の塊はそのまま動きを停めた。


 ソフィーが明るい顔で寄ってくる。

「凄いわ、ステ。あんな大きな紅花の怪物を倒すなんて」


「農作業の一環だよ。魔草の駆除ができないと、畑を守れないからね」

 屋敷に戻る。食堂に行くと、女主人が安堵した顔で話し懸けてくる。


「この度には悪魔に支配された屋敷を救ってくれて、ありがとうございました」

 アーチボルトの呪縛が解けたのか。


「悪魔に支配されていたんですね。なら、他の人も元に戻ったのかな」

 女主人の表情は沈む。


「元に戻っているでしょう。でも、ここでは恐ろしい事件が起こり過ぎました。この紅花畑は捨てざるを得なくなるかもしれません」


 力になってあげたい。だが、風評被害は百姓の技では防げない。

 大規模な農地の経営や運営についても、知識がない。


「紅花畑の運営について僕たちは、何もできることはありません」

 女主人は丁寧にお礼を述べる。


「いえ、悪魔から解放していただけただけでも、幸運です。何もお礼に差し上げることはできないのが心苦しいのですが、容赦していただけないでしょう」


 お礼を心配していたのか。いいのに。僕は魔草を駆除しただけ。

「ぼくは転移門さえ使わせてもらえれば、いいですよ」


 ソフィーも感じのよい顔で申し出た。

「私も、転移門を使わせてもらえれば、いいです」


 女主人はほっとした顔をする。

「わかりました。明日の朝には転移門を開きますので、ご利用ください」


 翌日、紅花畑の百姓が見守るなか、旅立ちを迎える。

 ステとソフィーは転移門を前に、別れの挨拶をする。


「俺はオリーブの街に行く。ソフィーはどこに行くの?」

「私はワインの街、ソルベネに行くわ」


「また、どこかで会うかもしれないね」

 ソフィーは笑顔で別れを告げる。


「そうね、また会ったら、お話しましょう。お互いに良い旅になるといいわね」

 ステは転移門を潜って、オリーブの街に向かった。

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