第十九話 エラの実家
エラと一緒に草原を歩いて行く。
五分も歩けば森が見えた。森へと続く一本道を歩く。
森は手入れがされているのか、鬱蒼としていない。光が適度に差し込んでいる。
鳥の鳴き声がして、リスなど小動物の姿も見えた。
「森の中に住んでいるのか。伐り出した樹はどうするの?」
「来た道を反対方向に行けば村があるんです。村から丸太を買う商人が馬で来るの。村には河があるから、村からは丸太でイカダを組んで下流に運んでいるわ」
「森に棲んでいる樵は、エラの一家だけなの?」
「親戚も森の中に住んでいるわよ。二十四人が家族として暮らしているの。もっとも龍神様の話だと、人間の先祖がうちのお母さんなわけなの。だから、人類は皆、親戚のようなものだけど」
「人類が皆、親戚ってのも、凄い話だよね」
エラの表情がちょっぴり曇る。
「でも、実のお父さんも、魔王なんだけどね」
「魔王は悪って人間の間では伝わっている。でも、真実は別のところにあるかもしれないよ」
エラの表情は暗い。
「だと、いいんだけど」
丸太で組み上げられた平屋が見えてきた。家の横には大きな倉庫がある。倉庫には丸太が詰まっていた。
倉庫の前で薪割りをしている女性がいた。女性の髪はエラと同じ金色。肌は白く、青い瞳をしている。恰好は茶色の厚手のシャツに、ズボンを穿いている。手にはグローブをして、汗止めにバンダナを巻いていた。
女性がエラを見ると明るい顔で声を懸ける。
「お帰りなさい、エラ。そっちの男の子は?」
ステから挨拶をした。
「旅の途中で一緒になったステといいます」
女性はにこにこしながら挨拶する。
「そう、私の名はマイア。エラの母です」
エラは緊張した面持ちで告げる。
「お母さん、私、大龍神石を手に入れたわ」
マイアは素っ気なく応える。
「そう。なら本当のお父さんの真の姿を知ったのね」
「それで、お母さんに訊きたい話があって、家に寄ったの」
「いいわ。お父さんも他の兄弟たちも仕事で森に出ているわ。用件は今の内に済ませてしまいましょう。さあ、入って」
エラの家に上げてもらう。マイアはマフィンとお茶を出してくれた。
マイアは軽い感じでエラに尋ねた。
「それで、エラは、何について知りたいの?」
エラは決意に満ちた顔で訊く。
「今、魔王が復活しようとしているわ。魔王の復活を止めたほうがいいの?」
なんか、エラとマイアさんの表情って、対照的だな。これが大人の余裕ってやつか。
マイアの表情には深刻さが微塵もなかった。
「私がどう思うかを語る前に、エラがどう思うかを教えてちょうだい」
エラは思い詰めた顔で語る。
「私は実のお父さんが魔王だと知って驚いたわ。でも、知れば知るほど、魔王は悪い存在じゃない気がしてきた。人間とだって上手くやれる気がする」
マイアは冷たく魔王を酷評した。
「エラの考えは希望的な観測よ。元妻の意見としては魔王になったあの人は駄目な男よ。封印されていい気味だと私は思うわ」
「お母さんの意見って、人類としてのもの? それとも、元妻としてもの」
「元妻としての意見よ。エラも、魔王みたいな男と結婚したら駄目よ」
エラは控えめな態度で質問する。
「じゃあ、人類最初の女性としての意見はどうなの?」
「封印を解かないに越したことはないわ。魔王は人としても駄目ね」
けっこう、マイアさん、魔王を見る目が厳しいな。
エラはマイアの顔をじっと見て、確認する。
「じゃあ、封印を解く決断には母さんは反対なのね」
マイアはさばさばした調子で意見を述べる。
「反対よ。でも、エラが会いたいのなら、封印を解いて会いなさい。会って、自分の目で確かめてきなさい。それで、やっぱり駄目な奴だと思ったら、母さんに言いなさい」
「母さんは、どうするの?」
マイアがにこりと微笑む。
「魔王ぐらい母さんがまた封印してあげるわ」
マイアさん随分と大胆かつ豪胆だな。
エラは決意の籠もった顔で告げる。
「わかった。私、お父さんと会ってくる」
「そうしなさい。それで、自分の頭で判断しなさい」
セオとエラは違う道を行ったな。どちらかを助ければ、どちらかを邪魔する結末になる。
エラはステを躊躇いがちに見つめる。
「ステは私に協力してくれるの?」
「実は友人にセオがいる。セオは魔王の復活を阻止したいんだ。セオから魔王の復活阻止の協力を頼まれている。でも、エラも、セオと同じくらい大事な友人なんだ」
マイアは優しい顔で告げる。
「難しい選択を迫られているのね。魔王の復活は必ずしも悪いことばかりでもないわ。でも、良いことでもないわ」
マイアはエラを見つめて告げる。
「ステくんにも立場があるのよ。どっちを選んでも、恨んじゃ駄目よ」
「うん」とエラは力なく頷く。
エラの家を出て転移門でオリーブの街に帰った。
エラは不安に揺れる瞳をステに向けた。
「ステには、私に協力してほしい。でも、内容は魔王の復活だから、無理には頼まない。もし、協力してくれるなら、明日の昼までに黒兎亭に来て」
「わかった。今日一日、考えるよ」
ステは転移門広場で別れると、冒険者ギルドに行く。
受付嬢が声を懸けてきた。
「ステくん。セオくんからさっき手紙を預かったわ」
「ありがとうございます」
ステは手紙の中を確認する。
『ステへ。君が魔王復活に協力しようとしていると知り驚いている。魔王が復活しても良いことはない。もし、魔王復活を阻止する志があるのなら、明日、白鳥亭に来てくれ。昼まで待つ』
やはり、こうなったか。どうしようか、と冒険者ギルドで思案していた。
夕方に食事を摂りに冒険者の酒場に行くと、ソフィーがステを訪ねてきた。
ソフィーの表情は、暗い。
「ステはどうするか、決めた?」
「どういう意味?」
「実は私もセオやエラと友達なの。だから、その、困っているの」
世間は意外と狭いな。ソフィーも俺と同じように悩んでいるのか。
「俺もだよ。魔王の復活が世に悪い影響だけなら、話が違うんだけど。良い面もある。完全な悪とも決められない」
「そうなのよねえ。でも、決断の時はすぐそこよ。迷ってばかりもいられない」
「とりあえず、魔法のコンパスを返しておく。魔法のコンパスはソフィーのお父さんのものだから」
ソフィーの表情は冴えない。
「でも、これがないとステが困るでしょう」
「冷たいようだけど、俺はソフィーと同じ道を行くとは限らない。なら、魔法のコンパスは、ソフィーが持っていたらいい。どうしても必要になったら、別の道を考えるさ」
ソフィーは魔法のコンパスを受け取った。
「できることなら、一緒の道を行ける事態を祈るよ」
ステは食事が終わったので、部屋に帰った。
さて、どっちに味方しよう。考えていると、眠くなって眠ってしまった。
朝起きると、ステは決断した。
「セオには申し訳ないけど。ここは、エラに味方しよう。エラの父さんを他人の物差しで判断するのは良くない」
黒兎亭に行くと、エラは待っていた。
エラがほっとした顔をする。
「よかった。ステが味方になってくれて心強いわ」
「ソフィーの奴は来ていないのかい?」
エラが暗い顔で首を横に振る。
「ソフィーとは昨日、会った。だけど仲間になれるかどうかはわからないってこぼしていた。だから、ここへは来ないかもしれない」
十四時まで待ったが、ソフィーはとうとう黒兎亭には現れなかった。
宿屋で支払いを済ませて外に出る。兵士の一団が大通りに見えた。
エラが兵士の一団と反対方向に歩き出す。
「いたぞー」と兵士の一団が大声を上げて迫ってきた。
「ステ、逃げるわよ」」
エラと一緒に、ステは走った。
「こっちよ」とエラが先導する。
入り組んだ路地を、ぐるぐると逃げ回る。
エラが道を覚えているか疑問だったが、エラに従った。
エラは袋小路に出た。
まずいと思うと、エラが行き止まりの壁に向かって何かをした。
壁が開いて道が現れた。
「早く、こっちへ」
ステが出現した通路に入ると、壁が元に戻る。
壁の向こうでは兵士たちの声がしていた。
エラは細い通路を歩いて行く。
通路の先には水路があり、船頭を乗せた小舟が一艘、停まっていた。
小舟にエラと一緒に乗った。船頭は筵を二人の上に掛けると、船を漕ぎ出した。
「エラには仲間がいたの?」
「グレースさん、魔王を復活させたいんだって」
グレースの奴、エラを仲間に抱き込んでいたのか。食えない奴だ。
「この小舟は、どこに向かっているんだい?」
「街の転移門広場は使えないわ。グレースさんの仲間が、街の外に簡易転移門を設置しているの。簡易転移門で目的地まで飛ぶわ」
「目的地、わかるかな? 俺、昨日のうちに、魔法のコンパスをソフィーに返したぜ」
「どうにかなると思う。目的地はだいたいわかっていると話していたから」
船頭が注意する。
「ここから、しばらく静かにしてくだせえ」
注意に従ってしばらく静かにする。街の喧騒が遠のいた辺りで、筵がどけられる。
川岸に小舟が着くと、馬が二頭、用意されていた。一頭にはグレースが乗っていた。
グレースはステを見て微笑む。
「なんだかんだ言って、協力する気になったのね」
「お前のためじゃない。全てはエラのためだ」
「どっちでもいいわ。急いで、簡易転移門まで行くわよ」
ステとエラが一緒の馬に乗る。ステが前に乗り手綱を取った。
馬を走らせること十五分。平野に設置された簡易転移門が見えた。
簡易転移門の周りには、外套を目深に被った三十人ほどの人間がいた。
外套の男がグレースに声を懸ける。
「準備は整っております」
グレースが馬を下りた。ステとエラも馬を下りた。
馬が一頭、走り込んできた。
「グレース様。敵がこちらに向かっております。数は五十騎」
「私とエラは先に行く。お前たちはここは頼む」
グレースが簡易転移門に手を翳す。
簡易転移門が黒く光り出した。
グレースが簡易転移門を潜った。エラも簡易転移門を潜りステも続いた。
出た場所は海岸だった。空は暗く、とても寒かった。
グレースがステのいる方向に手を向ける。
危険を感じたので避けた。
グレースの手から黒い光が伸びて、簡易転移門を破壊した。
追っ手が懸からないようにするための防御措置だな。でも、簡易転移門を破壊したら、グレースの部下も追って来られないぞ。
グレースは海に向かって歩いて行く。グレースが海岸で呪文を唱えると、三十mの船が突如として現れた。
ステはげんなりした。
「ここから海路か。船って苦手なんだよな」
「ふん」とグレースが馬鹿にしたように笑った。
船に乗る。船は人力で漕ぐタイプの船ではなかった。
ステが甲板から下を見ていると、船が空中に浮いた。
船は上空五十mまで浮く。船が速度を上げ、空を飛んだ。
慌てて船の中に入る。窓から見ると、船は高速で飛んでいた。
「凄い。空飛ぶ船だ」
操舵室に行く。身長百二十㎝の流線形の緑色の幽霊が操縦していた。
幽霊の前には羅針盤がある。羅針盤の針は、淡く光っていた。
グレースが幽霊に話し掛ける。
「モモン船長。魔法の羅針盤の具合はどうだい」
モモンは明るい顔で応じる。
「問題ありません。現在、当船は時速二百㎞で北西に飛行中。あと、八時間でスノーランドに到着します」
気になったので尋ねる。
「スノーランドってどんな場所?」
グレースは素っ気なく応える。
「雪と氷で覆われた北にある大陸さ。スノーランドには雪の祭壇がある」
「雪の祭壇が魔王復活に必要なのか?」
「箱と鍵は雪の祭壇でしか使えない。わかったら、空いている部屋で休んでおけ」
途中で食事として、ビスケットとチーズが出た。
食事の後にエラが話し掛けてきた。エラの表情は沈んでいた。
「やっぱり、魔王は封印から解き放たないほうがいいのかしら?」
「どうしたんだい? 不安になったのかい?」
エラは俯きがちに答える。
「ちょっとね」
「嫌なら、止めたらいい。俺が、ここから連れ出してやる。でも、やっぱり会いたいのなら、会いに行こう、俺も一緒に行ってやるよ」
エラは決意の籠もった顔をした。
「ありがとう、ステ。やはり、きちんと魔王に会いに行くわ」
エラと別れ部屋でうとうとしていた。
伝声管よりモモンの声が聞こえた。
「スノーランド到着です」
いよいよ、魔王の封印が解かれる。




