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第十八話 龍神様と始まりの人間

 ステはオリーブの街に戻ってきた。

 セオから連絡がないか、冒険者ギルドに顔を出す。


 いつも見知ったギルドの受付嬢が声を懸けてくる。

(きこり)のエラから手紙を預かっているわよ」


 セオじゃなくて、エラからの用事か。何だろう?

 手紙を確認する。


『ちょっと困った事件に巻き込まれているの。お願い、手を貸して。手を貸してくれるのなら、黒兎亭に来て』


 手紙の差し出された日付を確認すると、今日だった。


 エラのやつ俺に頼みって何だろう? 魔王の復活も問題だけど、困っているエラも見捨てては置けない。


「ねえ、お姉さん。セオの奴から手紙を預かっている?」

「いいえ。預かってないわよ」


 いいか。セオの目は未来を見通す。俺が必要なら未来を見て会いに来る。手紙の一つもないのなら、セオは困っていないんだろう。


 ステは道を訊いて黒兎亭へと急いだ。

 黒兎亭は大通りから一本奥にある店で、少しわかりづらい場所にあった。


 黒兎亭の主人に尋ねる。

「この宿屋にエラって子が泊っているでしょう?」


 八度屋の主人が顔を曇らせて訊く。

「答える前に教えて欲しいんだけど、エラさんとはどういう御関係?」


「エラの友人でステと言います。手を貸して欲しいから、この宿屋に来るように手紙で頼まれたんです」


 ステは手紙を見せると、宿屋の主人は信用してくれた。

「なら、待つといい。エラさんは出掛けているが、すぐに帰るような予定を言っていたよ」


 宿屋の食堂でひたすら待つ。

 おかしいな、宿屋の主人の話ではすぐ戻ってくるって話だったんだけど。


 エラを待つが夜になってもエラは帰ってこなかった。

 ひょっとして、ちょっと困ったではなく、かなり厄介な事件にエラは巻き込まれたのかな。


 宿屋が門限になり、扉が閉まるので外に出た。

 魔法のコンパスを手にして、魔法のコンパスに命令する。


「俺をエラの元へ連れて行ってくれ」

 魔法の針が淡く光り一点を示す。魔法のコンパスを頼りに進む。


 コンパスは裏道へと入っていく。

 魔法のコンパスは辻に来るたびに方向を変えてステを導いた。


 けっこう入り組んだ場所に行くな、初めて来たのなら迷ってしまいそうだ。

 魔法のコンパスは古びた一軒の家を指し示す。


 家は広さが二百㎡の二階建ての煉瓦造りの家だった。


 家の前に四人の若い男たちが(たむろ)していた。男たちはステを見ると、険しい視線を向けてくる。


 これは、ここに何かありそうだな。でも、素直に話して会わせてくれるかどうか。


 戦闘になる予感もした。だが、いきなり喧嘩腰で話してしなくてもよい戦いをするほどステは戦闘狂でもなかった。


 ステは怯むことなく堂々と用件を伝えた。

「俺の名前はステ。ここにエラって女の子が来ているだろう。会わせてくれ」


 男たちがぼそぼそと話し合う。そのうち一人が家に入っていく。

 家に入っていった男はすぐに出てきた。男はぶっきら棒にステに命令する。


()いてきな」

「わかりました」


 ステは男に従いて行く。男は二階に上がると、ある一室の前で止まる。

「中に入れ」と男は命令したので中に入る。


 中は三十㎡ほどの居室だった。

 居室にはエラの姿はなく、一人の老婆がいた。老婆は安楽椅子に腰掛けていた。


 テーブルにランタンが置かれ、老婆を淡く照らしていた。

 老婆の髪は真っ白、肌の色は褐色。恰好は小綺麗な紫のワンピースを着ていた。


「初めまして。お婆さん。俺はエラの友人でステと言います。ここには、エラを探しに来ました」

 老婆は優しい顔で教えてくれた。


「私の名はキンバリー。オリーブの街を見守る龍人の一人さ。ステのことはエラから聞いているよ。エラの居場所は知っている。でも、会わせるには二つ試練を受けてもらいたい」


 試練か。でも、エラは無事そうだし、急ぐ必要もないから受けてもいいか。

「いいですよ。どんなのです」


「まず、世界の書を持ってきなさい」


 ここでも、冒険の書を求められたな。冒険の書って冒険をするには必須アイテムなのかな。持っているから、いいけど。


「それなら、持っています」

 ステは「冒険の書よ出ろ」と念じて冒険の書を出す。


 老婆は、にこにこした顔で命じた。

「おや、もう既に持っていたかい。では、二つ目、海神のところにある魔法のコンパスを持ってきておくれ」


 次は魔法のコンパスか。龍人も欲しがっているのかな。

「それも、ここにあります」


 ステはベルト・ポーチから魔法のコンパスを取り出して見せた。

 老婆は驚いた。


「そうかい、二つを既に持っているのかい、危険な子だねえ」

「エラに会わせてくれないのですか?」


「龍人は約束を守るよ。会わせてあげるさ。ただ、会うと、ステは困難な事態に足を突っ込むよ」

「エラは友達です。頼ってくる友達を見捨てたりは、できません」


「そうかい、立派だねえ。なら、お行き」

 居室にあった直径三十㎝の丸い鏡が淡く光る。


 鏡を覗き込むと宙に浮く白亜の宮殿があった。鏡が閃光を放ち、輝いた。

 気が付くと、ステは鏡の中に写っていたのと同じ宮殿の前にいた。


 ただ、宮殿はとても大きかった。

 宮殿へと歩いて行くと、武装した兵士がいる。


 兵士に声を懸けた。

「ここに来ればエラと会えるとキンバリーさんから聞いたのですが、会えますか」


 兵士は礼節をもって答える。

「こちらです。従いてきなさい」


 兵士に従いて宮殿の中に入っていった。

 宮殿は人間より大きなサイズの生き物に合わせて造られていた。


 通路の幅が二十五m、高さも十二mとかなり高い。

 数分歩くと兵士が立ち止まる。ステも、おやと思い立ち止まる。


 床が高速かつ自動で動き出した。危うく転びそうになったが、バランスを保つ。

「この床は、どこへと向かっているんですか」


 兵士は素っ気なく応える。

「龍神様がいる謁見の間だよ」


「エラは龍神様と会っているんですか?」

「エラは大龍神石を取るために試練に挑んでいる最中だよ」


 龍神石は魔物を寄せ付けない結界を張る石だったな。大と付くんだから、大きいか、威力が上なんだろうな。


 十分で床が減速する。赤い大扉の前に到着した。

 扉の前に進むと扉が開いた。


 扉の向こうは高さ五十m、直径百mにもなる円柱状の部屋だった。

 部屋の奥には、全長二十mにもなる金色の龍が寝そべっていた。


 兵士がステを金色の龍に紹介する。

「キンバリーの紹介でやってきた。ステ・バレンタインです」


 ステから挨拶をした。

「こんにちは龍神様。お会いできて光栄です」


 龍神は女性の声で語る。

「ステよ。よく来ました。エラの試練はもうすぐ終わります。それまでに少し話をしましょう」


 龍神様の話か。俺に何の用だろう?

 龍神は優しい顔で語る。


「今の人間たちを、どう思いますか?」

「どうって、訊かれても。皆それなりに平和で楽しくやっていると思います」


「人間は増えて、傲慢になり過ぎたと思いませんか」

 あれ? 龍神様人間を快く思っていないのかな? ちょっと、受け答えは要注意だな。


「ご指摘の通り、傲慢な人間も欲深い人間も多くいます。でも、それが全てじゃない」

「人間の始まりについて考えた過去はありますか」


「始まりの人間ですか? 考えたこともないです。親から子供は生まれます。ですが、始めの一人がどうやって誕生したかはわからないですね」


 龍神は知的な顔で教えてくれた。


「始まりの人間は、全能神が神聖なるパンより作りました。この時に神は、パン種を二つに分けました。二つに分かれたパンが、男と女の始まりです」


「そうですか。父さんが教えてくれた昔話にも、似たような話がありました。昔話は本当だったんですね」


「人類初の女は男との間に多くの子を産みました。その子孫たちが、今の人間です。ですが、ある時、男は生まれた子は自分の子供ではないと疑いを抱きます」


 これは、父さんの話にはなかったな。

「龍神様の話す男の話は知りませんでした」


「嫉妬を抱いた男はついに自分の子供を殺すようになりました。その男こそが魔王です」

 これは驚きだね。魔王が人間を殺す理由は不貞の疑いだったのか。


「魔王の正体は、人類初の男だったんですか」

 龍神の瞳に悲しみが宿る。


「まだ、男が魔王になる前の話です。人類初の女性と男との間に最後にできた子が、エラなんです」

 またまた、驚きの新事実だよ。


「エラは人類がまだ神話の時代に残っていた力を受け継ぐ人間だったのか。道理で、普通の人間が使えない神語魔法を使えるはずだ」


 ステはそこで気付く。

「もしかして、エラは父親である魔王を復活させるために動いているのですか?」


「そうです。エラは実の父親を解放する気です」

「でも、魔王が復活したら、魔王は人間を殺すでしょう」


「可能性はあります。ですが、エラは説得できると思っているようですが」

 何だか、厄介な事態になったぞ。


 セオは魔王の復活を阻止したい。エラは魔王の復活を望む。両方に良い顔はできない。さらに、ここに堕天使ザッファーの存在が絡むから面倒だ。


 ステが困ると、龍神は素っ気なく告げる。

「残念ですが、エラは試練に失敗しました。傲慢に捕まったようです」


「傲慢って、魔物ですか?」

「人間の傲慢を司る魔物です」


 これは、捨ててはおけない。

「なら、俺が助けに行きます」


 龍神は表情を曇らせて注意した。

「危険ですよ。それに、エラを助けなければ、魔王は復活しないかもしれませんよ」


「いいんです。難しい話は後で考えます」

 正直な感想だった。


「ならば、エラを助けに行きなさい」

 ステは光に包まれる。


 光が消える。ステは赤い霧が掛かる荒野に立っていた。

 辺りを見渡すと、エラが倒れていた。エラに駆け寄る。


「エラ、大丈夫か!」

 エラからは返事がなかった。ただ、苦し気な呻き声が返って来るだけだった。


 この赤い霧は体に悪い。早くこの場所からエラを連れ出さないと。

「置いてけ。その女を置いて行け」


 霧の向こうから老婆の囁き声のような声がする。

 この霧のどこかに傲慢が潜んでいる。


 ステは気配を探ろうとした。だが、傲慢の位置は、わからなかった。

「置いていけ、置いていけ」と声はしつこく囁く。


「友達を見捨ててはいけない」

 ステは叫んだ。


 だが、囁き声はずっと聞こえてくる。

 ステは霧を吹き飛ばそうとして、竜巻の魔法を唱えた。だが、微風一つ起きない。


 魔法が封じる仕掛けか。ならこれならどうだ、ステは獅子王刈を構える。

「大鎌術・鎌鼬」


 鋭い鎌の一振りで鎌鼬を空中に放つ。風を纏った攻撃が空を飛ぶ。

 だが、攻撃は虚しく赤い霧の彼方に消えていく。


 大して動いていないのに、息が切れた。


 まずい。この霧の中で迂闊に動くと体力を大きく消耗する。かといって、何もしなければ、エラが危ない。


 ステは冒険の書に頼った。

「冒険の書よ。教えてくれ。敵はどこにいる?」


 冒険の書の声が聞こえる。

「敵の存在は、把握できません」


 敵がいないだって? でも、老婆の囁きはずっと聞こえて来るぞ。

 暑さでぼーっとしてくるような不快感に襲われた。


 まずい。不調が進んできた。このままでは、俺も危険だ。

 エラを捨てるか、との考えが過ぎる。


 いや、駄目だ。エラを見捨てられない。俺がやらなきゃ駄目だ。

 せわしくなく視線を動かす。どこだ? 敵は、どこだ?


 冒険の書が再び語る。

「敵の存在は把握できません」


 くそ、使えない書め。ステは苛立った。

 駄目だ。落ち着け。落ち着くんだ。焦れば傲慢の思う壺だ。


 ステはここで、ふと気が付いた。ステは冒険の書に語り掛ける。

「冒険の書よ。エラだ。エラはどこにいる?」


 エラは足元にいる。だが、あえて冒険の書に尋ねた。

「エラの存在を、感知できません」


 足元に視線が行く。エラは相変わらず苦しそうに呻いている。

 全ては幻なのか。老婆の囁き。あれは、俺を助けようとしてくれているとしたら。


 ステは賭けに出た。ステはエラを捨てて道を歩いた。

 どれくらい歩いただろう。光が見えた。


 目を開ける。心配そうな顔をしたエラの姿が目に映った。

 ステはいつのまに光り差す草原の上に倒れていた。


「何だ、夢を見ていたのか?」

 エラが泣きそうな顔で説教した。


「馬鹿な言葉を言わないでください。ステさんは突如として現れたと思ったら、傲慢と衝突したんですよ。傲慢は消えたんですが、ステさんが目を覚まさなくて」


 龍神様が俺を飛ばした時に、俺は傲慢に衝突したのか。傲慢は俺との衝突で俺の意識の中に入って俺を蝕もうとした。だが、どうにか助かったんだな。


「それは、ラッキーだったな」

「ラッキーじゃないですよ。心配したんですよ」


 エラの首から赤い勾玉が下がっていた。

 ステの視線に気が付くと、エラが説明してくれた。


「これは大龍神石です。魔王の復活に必要な品です」

「エラはやはり魔王を復活させたいの?」


 エラは表情を曇らせる。

「まだ、わかりません。ただ、大龍神石は使い方によっては、魔王を再封印する行為も可能なんです」


 エラはエラで、魔王の説得に失敗した場合を考えているんだな。

「これから母に会いに行きます。ステさんも一緒に来ますか?」


「行くよ。俺にとっても、ここまで来たら、他人事じゃない」

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