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第十七話 ソフィーと魔法のコンパス

 目が覚めるとステは小屋の中にいた。

 小屋の中には囲炉裏があり、火が焚かれていた。


 囲炉裏の傍ではステの衣類が乾かされていた。

 ぼんやりした頭で体を起こすと、ソフィーの姿が目に入った。


「あれ? ソフィー、何でここに?」

 ソフィーは心配顔で告げる。


「それはこっちのセリフですよ。浜で網を引いていたら、網にステさんが掛かっていたんですよ」

 グレースと戦って意識が途切れたと思ったら、海の中にいたのか。不思議な話だな。


 何が起きたか、さっぱりわからない。

 ソフィーが魚の粗汁(あらじる)を持ってきてくれた。


 熱い粗汁を食べると、空腹だった状況を体が思い出した。

「状況はよくわからない。だけど、助かったよ。ありがとう、ソフィー。それで、ここはどこ?」


「ここは漁村のボンゴレ村よ。ステさん。今はどんな仕事をしているんですか?」

 魔王復活阻止に動いている状況は、黙っていたほうがいいか。


「今は仕事をしてないね」

「なら、財宝の引き上げの仕事を一緒にやりませんか?」


 財宝の引き上げとは、不思議に感じた。

「ソフィーは漁師の手伝いをやっているんでしょう?」


「それが、昨日、王家の人間がやって来て、漁師に海底の財宝を引き上げるように命令してきたんです。それで、村の人間は総出で手伝いをすると決まったんです」


 王家の人間が引き上げたがっている宝か。魔王絡みなんだろうな。

「俺も助けてもらったから手伝うよ」


 翌朝、浜に行くと役割が割り当てられる。ステの仕事は貨物船での雑用だった。


 貨物船は全長が八十m。この大陸では中型の船だった。貨物船には護衛するためか、同じく八十m級の軍艦の一隻が一緒だった。


 貨物船に乗って海に出る。漁師が操る漁船よりは揺れない。それでも海は六mの波が絶えずあり船を揺する。


 ステはたちまち船に酔った。小さい時から船に乗って漁をしていたソフィーはけろりとしていた。

 ソフィーが小さな紙切れを持ってきた。


「船医さんにお願いして酔い止めを貰ってきました。これで少しは楽になるはずです」

 ステは紙を開いて粉を口の中に入れる。粉は甘く口当たりがよかった。


「ありがとう、ソフィー。それにしても船の上がこんなに辛いとは思わなかった」

「天気が好いので、まだ揺れないほうですよ」


「これ以上、揺れたら、おかしくなりそうだ」

 酔い止めを飲むと少しは良くなったものの、吐き気は止まらなかった。


 その内、船は停止する。

 王国海軍のダイバーが、魔法薬を飲んで海に飛び込んでいく。


「海底のお宝か。何で王国は引き上げようとしているのかな?」


「わからないわ。何でも、国の運命を左右するほどのお宝を海から引き上げなくっちゃならないんですって」


 魔王が関連しているのかなと思う。だが、あまりにも気分が悪くて話す気力がなかった。

 しばらくすると、ダイバーが上がってくる。


 ダイバーと海軍下士官が暗い顔で話す姿が見えた。

「駄目だ。ここにはない」


「簡単に行かない仕事だとは、わかっている。でも、やるしかないんだ」

 船が移動してダイバーが潜る。ダイバーは上がって来ては、暗い顔で首を横に振った。


 そのうち、夜になる。ほとんど仕事らしい仕事ができなかった。

 ステにも夕食は出された。


 だが、食べても、すぐに吐いてしまった。二日目、三日目と海軍はお宝を探して行くが、目当てのものは見つからない。


 七日目、やっと揺れにも少し慣れてきたところで、船は一旦、漁村に戻る展開になった。

 ステは久々に陸に戻れたので、気の良い漁師の家で休ませてもらった。


 風呂に入れてもらって、食事も御馳走になった。

 ステの食事が終わる。風呂から上がったソフィーが食事にやって来る。


 ステはソフィーに謝った。

「お疲れさん。今回は大して役に立たなかったよ」


 ソフィーは優しい顔で慰める。

「初めての海だもの仕方ないわ。それより、数日を休んだらまた海の上よ」


「いったい海軍は何を探しているんだろう?」

「はっきりと教えてくれないけど、凄いお宝らしいわよ」


 ステはその晩にこっそりと漁師の家を抜け出した。

 海軍のお偉いさんが泊っているだろう村長の家に向かった。


 家の前の見張りをやり過ごす。まだ灯りが点いている部屋の窓の下に潜む。

 しばらく待つと、誰かがドアをノックする音が聞こえた。


 部屋の中の音に、聞き耳を立てる。

「入れ」と声がして、部屋の中に誰かが入って来る音がする。


「レオン艦長。やはり私は反対です。漁師たちの協力も得られないでしょう」

「ルーク。船の墓場を捜索事項は決定事項だ」


 船の墓場だって? 前にソフィーと一緒に行ったところだな。


「ですが、船の墓場に行って戻ってきた船はありません。私は軍人なので命令ならば従います。ですが、船乗りや漁師は軍人ではありません」


「ならば、命令として従え。全ては国家のためだ」

 ステは身を起こして窓を叩いた。


 カーテンが開いて、髭面の男が顔を見せた。

「話を聞かせてもらいました。船の墓場なら行った経験があります」


「何だと? お前は何者だ?」

 声から、髭面の男はレオンだと思った。


「話を立ち聞きした百姓です」

 レオンは渋い顔で見解を述べる。


「ここでの立ち聞は罪だ。だが、本当に船の墓場に行った経験があるなら許そう」


「ありますよ。転移門での事故でした。だけど、転移門から行ったので、冒険の書の力を借りれば、また行けると思います」


 レオンの顔が真剣なものに変わる。

「冒険の書だと? お前、その冒険の書を見せろ」


「いいですよ。どうぞ」

 ステは冒険の書を出して見せる。


 レオンが冒険の書を手にするが(ひら)けない。レオンが魔法を唱えて(うめ)く。

「これは、まさか、世界の書か」


「そんな名前でセオも呼んでいたので、同じものですね」

 レオンは驚いた。


「お前はセオ・ウエストの知り合いか?」

「そんなところです」


「ここで話すのは、なんだ。ちょっと、ここに入ってこい」

「お邪魔します」と窓枠を乗り越えて部屋に入った。


 部屋の中にはレオンより若い海軍士官がいた。ルークだと思った。

 ルークが真剣な表情で尋ねる。


「君? 名前は何て言う」

「ステ・バレンタイン。皆からはステと呼ばれています」


 ルークはむすっとした顔で詰問する。

「君はどこまで話を知っている?」


「詳しくは知りません。ですが、魔王が封印された大陸と共に復活しようとしているとか、何とか」

 レオンが神妙な顔で頷く。


「なるほど。セオから聞いたのだな」

「あちこちから、ちらほらと」


 明言は避けた。

 レオンが念押しした。


「船の墓場に行ける話は本当なのだな?」

「行けますよ。何なら明日にでも行ってきましょうか?」


 レオンは真摯に頼んだ。

「なら、船の墓場に眠る秘宝。魔法のコンパスを取ってきてくれ」


「いいですけど、何に使うんですか?」


「魔法のコンパスは場所を指定すると、行き方を教えてくれる。魔法のコンパスは封印された大陸に行くのに必要なんだ。」


「まさか、レオン艦長は魔王を復活させるつもりですか?」


「国の上層部の方針はわからん。だが、国の上層部は魔法のコンパスを探している。探しているなら、従うのが軍人だ」


「わかりました。いいでしょう。明日、船の墓場に行って、魔法のコンパスを探してきます。ですから、漁師や船乗りを船の墓場に向かわせる作戦は中止してください」


 レオンが厳しい表情で請け負った。

「三日だ。三日だけ、待とう。三日だけ待ってステくんが帰らなければ船を出す」


「わかりました。必ずや手に入れてきましょう」

 翌朝、ソフィーに告げる。


「ちょっと、船の墓場まで行ってくる」

 ソフィーは面喰らっていた。


「どうしたんですか、いきなり?」

「昨晩、レオン艦長に会ったら頼まれた」


「待ってください。一人では危険です。私も行きます」


 以前に危険は排除した。だから、ソフィーを連れて行っても問題ないか。ソフィーも気になるなら、一緒に連れて行ったほうがいいな。ソフィーの腕なら足手纏いにはならないだろう。


「わかった。準備ができたら一緒に行こう。俺は先に村の転移門で待っているから」

 一時間ほど待つと、ソフィーがやって来る。


 転移門を前にして、心の中で冒険の書に語り掛ける。

「冒険の書よ。以前に行った経験がある、船の墓場への道を開いてくれ」


 頭の中に声が響く。

「了解しました。一時的に転移門の設定を変更します」


 村の転移門が白く強く光った。

 転移門を潜ると、小島の上だった。以前に小島から見えた難破船はあった。


 だが、小島にあった骸骨は消えていた。

 空の色は青く、また、波が島の浜辺を濡らしていた。


 ソフィーもやって来て、辺りを見回す。

「以前に来た時とは違いますね。何て表現していいか、邪気が消えていますね」


「魔樹を倒して精霊を解放したからね」

「でも、この海域に魔法のコンパスがあるとして、どうやって探しましょう?」


 ステは海に呼び掛けた。

「おーい、精霊さん。いるなら、出てきておくれ」


 ステの声が響き渡る。近くの海面から、大きな魚の姿を借りた精霊が姿を現した。

「いつぞや、私を助けてくれたお方。今日は何の御用ですか?」


「この海域に眠っている魔法のコンパスが欲しいんだ。協力してくれないか?」

 精霊は表情を曇らせる。


「残念ですが、魔法のコンパスはここには、ありません。あれは海神様の物です」

「そうなの? 参ったな、話が違うよ」


「よろしければ、海神様の家の前まで私が送りましょうか」

 いいね。来た甲斐があった。


 ソフィーは丁寧な態度で精霊に頼んだ。

「お願いします。後は海神様から魔法のコンパスを貰えるように、私たちが頼みます」


 ステも礼を述べた。

「ありがとう、精霊さん」


 背後の転移門が白く光った。ステは転移門を潜る。

 目の前には広さが千㎡ありそうな家があった。


「大きな家だな。俺の家の四倍くらいある。でも、神様の住む家にしては、小さいか。どう思う、ソフィー?」


 振り返ってソフィーを見ると、ソフィーは目を大きく開き、驚いていた。

「ここ、私の家だ」


「海神様の家がソフィーの家って、どういうこと?」

 家から十歳くらいの男の子が出てくる。男の子はソフィーを見て喜ぶ。


「あれ、ソフィー姉ちゃん。もう、旅は終わったのか」

「アルフィー、旅をしていたら、目的地がここになったのよ」


 家から黒髪で、がっしりした体格の女性が出てくる。

 女性の年齢は四十くらい。顔立ちはソフィーに良く似ていた。


 女性は浜の女性たちが着るような質素な上下の服を着て、エプロンをしていた。

「あら、ソフィー。どうしたの? 旅はもういいの?」


「海の精霊に海神様の家の前に送ってもらったら実家に戻ったのよ」

 女性は優しい顔で尋ねる。


「あら、そう。そっちの男の子は誰?」

「彼はステ。訳あって今は一緒に仕事をしているの」


 ソフィーの母はステの姿を軽く確認する。

「立ち話もなんだから、家に上がっていきなさい」


「お気遣い、ありがとうございます」

 家に上げてもらう。家の居間は広い。お客が二十人いても問題ないくらいに広い。


 居間で、ソフィー、ソフィーの母、ステは囲炉裏を囲む。

 まずソフィーの母から挨拶してきた。


「ソフィーの母のキエラです。娘がお世話になっているようですね」

「いえ、助けてもらっているのは、俺のほうです」


 キエラは穏やかな微笑みを湛えて尋ねる。

「では、家に来た経緯を聞かせてくれますか」


「俺たち魔法のコンパスを探しているんです。それで、船の墓場にいた海の精霊に訊いたら、魔法のコンパスは海神様の持ち物だって教えられたんです」


 ソフィーがわけがわからないと告げる。

「海神様の家まで送ってくれるって言うから頼んだら、なぜか実家に戻ったのよ」


 キエラはしれっとした態度で告げる。

「それはね、ソフィー。お父さんが海神なのよ」


「ソフィーのお父さんが、神様」

 ソフィーの力は人間の域を出ていた。なので、神様の子供と教えられても納得が行く。


 人差し指を軽く唇に当てキエラは注意する。


「これは内緒よ。主人は漁師であり海神なの。だから、ソフィーにも海神の血が半分は流れているわね」


 ソフィーが困った顔で教えてくれた。

「そんな事実を急に告げられても、実感が湧かないわ」


「いいのよ。ただ、事実は事実として知っておいてくれればいいわ」

「ソフィーは凄いね」


 キエラが、あっけらかんとした口調で言ってくれた。

「魔法のコンパスが欲しいのね。いいわ、持っていきなさい」


 ステは気になったので、確認した。

「キエラさんは知っているんですか? 何者かが魔王を復活させようとしている動きを」


「知っているわ。私も主人も、魔法のコンパスを人間に渡すかどうかは迷ったわ。でもソフィーが魔法のコンパスを求めて来たのも、何かの縁よ」


 キエラは立ち上がると、奥の部屋に消えた。

「何だかすごい話になったね」


 ソフィーは戸惑っていた。

「でも、神様の娘って教えられても実感が湧かないわ」


「なら、心の隅に留めておくだけでいいと思うよ」

「そうよ。私はソフィー。漁師の娘で、漁師。それでいいわ」


 キエラが古びたコンパスを持って戻ってきた。

 ソフィーがコンパスを受け取る。


「離せ、この野郎」と叫ぶアルフィーの声が、外から聞こえてきた。

 外に行くと、顔が蛸の人型の魔物が、アルフィーを抱えていた。


 蛸の魔物はソフィーが魔法のコンパスを持っていると、喜んだ。

「探す手間が省けたぞ。その魔法のコンパスを寄越せ」


 蛸の魔物との距離は十五mか。飛び掛かるのは無謀だな。

 ソフィーが躊躇うと、蛸の魔物は脅す。


「このガキがどうなっても、いいのか?」

 ソフィーは躊躇った。


 ステは「貸して」と、ソフィーからコンパスを受け取る。

「よし、コンパスを今から、そっちに持って行く」


 ステがコンパスを持って歩いて行くと、蛸の魔物は慌てた。

「待て、止まれ。コンパスは、そこに置け。あと、お前の武器もだ」


 距離にして八mか。この地点なら、よいか。

 ステは命じられた通りに獅子王刈を置いて、隣に魔法のコンパスを並べる。


 ステはソフィーの横に、ゆっくりと戻った。

 蛸の魔物は慎重に魔法のコンパスに近寄った。


 魔法のコンパスを拾うために、蛸の魔物はアルフィーを離した。

 アルフィーが駆け出す。


「獅子王刈!」

 ステは獅子王刈の名を呼ぶ。獅子王刈はステの手元に飛んで戻る。


 獅子王刈は魔法のコンパスを弾いた。蛸の魔物は慌てる。

 ステは獅子王狩りを手にする。ステは果敢に魔物に跳び掛かった。


 蛸の魔物は真黒な墨を吐いた。

 ステは墨を避けた。だが、攻撃を外した。


 蛸の魔物が吐いた墨は霧のように拡がり、辺りを暗くする。

 視界が霧で暗くて見えない。


 まずい。魔法のコンパスは、どこだ。

 パツン、と何かが弾ける音がした。


 黒い霧を裂き、光る銛が蛸の魔物に命中していた。

 蛸の魔物は悲鳴も上げることもできずに、黒い靄となり消えた。


 数分すると、黒い霧となっていた墨が消えた。

 魔法のコンパスが見えた。ステは魔法のコンパスを拾う。


「ふー、何とか盗られずに済んだ」

 ソフィーが銛を回収して戻ってくる。


「よかったわ。なら、これをレオン艦長に渡しましょう」

「そうだな、魔物がまた来る前に持って行こう」


 ステは村の転移門からボンゴレ村に戻った。

 ボンゴレ村の村長の家は焼け落ち、貨物船と軍艦は炎上していた。


 村長の村に行く道端には、海軍兵士の死体が転がっていた。

「これは襲撃に遭ったな」


 ソフィーの瞳が不安に揺れる。

「村の人は大丈夫かしら?」


「逃げ出せているといいんだけど」

 村には全く人気がなかった。魔物の気配もなかった。


「村を襲って何も発見できなかった。だから、転移門の使用した痕跡から俺たちを追って来たんだな」


 ソフィーが心配顔で発言した。

「私、村の人を探してくる」


「俺は魔法のコンパスを持っているからオリーブの街に行くよ。魔法のコンパスがここにあると知られたら危険だ」


「なら、別れましょう。魔法のコンパスの扱いに関してはステに任せるわ」

「わかった。悪いようにはしない」


 ステは村の転移門からオリーブの街に飛んだ。

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