第十六話 魔王復活の事情
ピオネ村の転移門広場からオリーブの街に戻り、そこから二回、転移門を利用する。
着いた先は寂れた寒村だった。
「ここがセオの家がある村かい?」
「いや、この村から一時間ほど歩いた場所に家はある」
「なんか不便な場所だね」
「父さんは人嫌いなところがあるからね」
セオに従って平坦な細い道を歩く。
ステは道すがらセオに話し掛ける。
「でも、うちの父さんとセオの父さんが知り合いだとは驚きだな。セオの父さんも若い時は旅をしていたの?」
セオは軽い調子で教えてくれた。
「世界各国を巡って山師の仕事をしていた、としか聞いていないよ。でも、鉱山とか温泉とかは、たくさん見つけたって教えてくれた」
「俺がセオと知り合ったみたいに、父さんも知り会ったのかな」
「そうかもしれないね。でも、父さんは山の話はしてくれたけど、冒険の話はしてくれなかったからな」
家が見えてきた。家は小さな畑を持つ、二百㎡ほどの二階建ての家だった。
セオの足が止まる。
「おかしい。何かが変だ」
セオが早足で家に近付きドアに手を掛ける。
「ドアの鍵が壊されている」
セオが家のドアを開けると、家の中は荒らされていた。
セオが強張った顔で、緊迫した声を上げる。
「父さん、母さん」
セオが家の中に入っていった。ステは背後に気配を感じて振り向く。
烏の頭と羽を持つ鳥人が三人いた。鳥人が矛を構えて地上に降り立つ。
セオの家を荒らした魔物か。
鳥人がステ目掛けて猛然と襲い掛かってきた。
ステは向かってきた鳥人の一人を獅子王刈で薙いだ。
鳥人は素早くステの攻撃を躱して、矛を振るう。
こいつら、動きが速い。
ステは攻撃を躱すが、次々と攻撃が繰り出される。
相手は三人いるので、手数は三倍。ステは防戦一方になった。
ステの背後から強烈な閃光が放たれる。
ステは背を向けていたので、目をやられなかった。
だが、鳥人たちに数秒の隙ができる。
「体術発動・神速無双」
ステは体中に気を巡らせると、一気に爆発させる。ステの身体能力が強化され、速度が上がる。
獅子王刈が鳥人の首を薙ぎ、一人を始末する。
そのまま回転を付けて、二人目、三人目も薙ぎ払った。
斬られた鳥人三人は、黒い靄となって消えた。
ステは武器を手に用心しながら、セオの家に入る。
家の中では父母を呼ぶセオの声がする。
荒らされた家のリビングには赤い家を描いた絵が飾ってあった。絵が光った。
絵に描いた家から光が飛び出すと、ひょろっと背の高い男性になった。男性は質素な茶色の服を着ており、武器は携帯していない。
男性の髪の色はセオと同じ青色、肌も薄いオレンジだった。
「もしかして、セオくんのお父さんですか?」
男はぎこちない笑顔を浮かべて尋ねる。
「そうだけど、君はセオの友人かね?」
「オンジ・バレンタインの息子で、ステ・バレンタインと言います」
セオドアールは安堵して質問する。
「オンジさんの息子か。して、うちに何の用だい?」
話し声が聞こえたのか、セオが二階から下りてきた。
セオはセオドアールを見て、ほっとした顔をする。
「よかった、父さん。無事だったんだね」
「魔物が家に押し入って来たからね。絵の中に隠れていた」
セオドアールは家の中を渋い表情で見回す。
「それにしても派手に散らかしてくれたなあ」
セオは強張った顔で伝える。
「家の片付けなんかより、大事な用件があるよ。魔王が復活しそうなんだ」
セオドアールの表情から深刻さは感じられない。
「それは、復活するだろうね」
「魔王の復活を止めないと、世界が滅茶苦茶にされる」
「魔王が復活すれば、世界は混乱するだろうね。でも、滅茶苦茶になりはしない。なぜかといえば、人間が魔王の復活を希望するからだ」
なんだか、おかしな話になってきたぞ。
ステは率直に尋ねた。
「どういう意味ですか?」
「魔王は小さな大陸と共に封印されている。人間の目的は封印された大陸の富にある」
ステは疑問をセオドアールにぶつける。
「それって、魔将の目的は魔王。人間の目的は封印された大陸。二つはセットになっているから、人間と魔物が手を組んでいる、って話ですか?」
セオドアールは、さばさばした表情で教えてくれた。
「そうだね。人間は目ぼしい土地をあらかた開拓した。ここいらで、開発がしやすい土地が欲しくなったのさ」
なんか、思っていた話と違うな。魔物が一方的に悪いわけじゃないのか。
「セオドアールさんの意見としては、魔王の復活を止めないほうがいいんですか?」
「人間が望む以上は魔王の復活は止められないだろうね。我が息子は、止めたいようだけど」
セオドアールはセオを、ちらりと見る。
「父さん、僕は魔王の復活を止めたいです」
「無駄だと思う。だが、息子が望むのなら手を貸してやりたいと思うのが親心だ。ちょっと待っていなさい」
セオドアールは二階に行く。
ステはセオに正直に感想を告げた。
「人間が魔王の復活を願うなら、止めようがない気がするよ」
セオは意志の強い顔で、はっきりと宣言した。
「全ての人間が魔王の復活を願っているわけではない。なら、僕は魔王の復活を願わない人のために戦う」
セオの奴、人々のために戦うって主張するけど、なんか怪しいな。
俺なら、顔も知らない多くの人のためには、働けない。セオは個人的に力になってやりたい人のために、魔王の復活を止めたいのかもしれない。
セオドアールはステがオンジから貰ったものと同じ、冒険の書を持ってきた。
「冒険の書。世界の書とも呼ばれる書物だ。これをやる。冒険を勧めれば魔王の封印に関する情報も得られる」
セオが書を手に取ると、書は光となり、セオの左の掌に吸い込まれた。
セオドアールは立ち上がると、疲れ気味語る。
「さて、なんだか騒がしくなりそうだから、私は家の中を片付けたら、どこかに身を隠すよ。あとは、そう、お前たちが好きにやりなさい」
セオドアールが指をぱちんと鳴らした。散らかっていた家の中が元通りになっていく。
ステは気になったので尋ねた。
「封印された大陸の富って、なんですか?」
「実り豊かな土地、鉱物資源、水産物や珍しい果物。我々が住んでいる世界にない物が、多数ある。人によっては、奴隷を含めるかもしれないね」
気になったので確認する。
「もしかして、封印された大陸は封印されたままのほうが幸せなんですか?」
「封印は強固な防壁でもある。つまり、封印された大陸は壁に守られた世界なんだ。壁の内側に住んでいる人間にして見れば、外界との接触が常に幸せだと思えない」
セオは真剣な顔で意見を口にする。
「なら、やはり、封印は堅持しないと」
「息子よ。時代の流れは人が押し止められるものではない。時が来れば必ず前に進む」
セオは曇った表情で、セオドアールに問う。
「抗うだけ無駄、だと?」
「昔は無駄だと思った。だが、抗い行動する結果で得られるものもある。だから、無駄だと決めて止めない。ただ、どんな結果になろうと、絶望はするな」
セオは決意を露わにする。
「わかりました。父さん。僕は、僕のやりたいようにやります」
家の中が片付いたので、ステとセオは家を出た。家を出て数分後に振り返る。
視界の先には家なんて最初からなかったかのように、消えていた。
「セオのお父さんて不思議な人だな」
「周りの人からも、山師の腕は凄いけど、ちょっと変わっている、って評価されるよ」
「セオはセオで冒険の書を手に入れたな。これからどうする」
セオが強張った顔で意見する。
「まずは、お城に行ってマイア姫に会って相談だな。その前に、隠れよう」
セオが道端の藪に隠れる。
ステもセオに従った。
「どうして、隠れるんだい?」
「魔将ライゼンが迫っている」
少しすると、十五m先に黒い闇が現れて、闇の中からグレースが現れる。
魔将ライゼンってグレースを指していたのか。
グレースは道の中央で険しい顔をして、左右を見渡す。
「隠れているのは、わかっている。出ておいで」
セオが緊迫した顔で身を固める。
ステは小声でセオに提案した。
「俺が出て行く。セオは隠れていてくれ」
ステは立ち上がって、ゆっくりと道の中央に進む。
「グレース、また遭ったね。今度は何を探しているんだい?」
グレースは険しい瞳をステに向けた。
「セオドアール・ウエストを探している」
「セオドアールさんなら、遠くへ行ったよ。行き先は俺も知らない」
「ステにも話がある。魔王復活に関する話だ。一緒に来てくれ。私は世界の書を持つ人間を必要としている」
グレースと一緒に行くのは危険だ。でも、危険を冒さなければわからない情報もある。
「わかった。一緒に行こう」
空間が揺らいだ。黒い転移門が現れる。
グレースに続いて、黒い転移門を潜った。
出た先は、石造りの二十㎡の部屋だった。部屋には扉があるが窓はない。
ただ、天井には魔法の白い灯りがあり、部屋を照らしていた。
部屋の中にはテーブルと椅子が二脚あるだけだった。
奥側の椅子にグレースが座った。ステは扉側の椅子に座った。
グレースは真剣な顔で尋ねる。
「あの場所にいたのなら、魔王復活について調べているな」
「色々とあったからね。それで、用件は何?」
「事情が変わった。魔王復活に協力してもらいたい。もちろん、ただとは言わない。何が欲しい?」
グレースはまだ正体が魔将ライゼンだとばれていないと思っているのか。なら、俺も知らない振りをしよう。
「俺は単なる百姓だよ。多くは望まない。でも、他人が不幸になるのなら、魔王復活には協力できない」
「逆だ。二百年前は、魔王の存在が世界に混乱をもたらした。だが、今度は魔王不在が大きな混乱を招く」
「どういう理屈だ? わかるように説明してくれ」
「魔王の後継者を名乗る存在が現れた。名はザッファー。堕天使ザッファーは、世界を破滅へと導こうとしている。ザッファーを止められる存在は魔王だけだ」
グレースが本当の話をしているかは不明だが興味があるな。
「ザッファーを魔王が倒したとする。でも、今度は魔王の脅威に人間が怯える未来が待っている。違うか?」
「人間が欲を掻きすぎると、二百年前の悲劇がまた起こるだろうな。だが、ステの指摘は起こり得る可能性の一つだ。だが、ザッファーにより破滅はほぼ確実に起こる」
「抽象的でわからないが。あんたが真実を語っている保証はどこにもないだろう?」
グレースは険しい顔で語る。
「疑うのは当然だ。だが、信じてもらわなければ困る」
「ならば、訊くよ。チノン村のフセイン一家殺害。ヴィヴィ村での箱の強奪。二件の事件には、グレースが関わっていないのか」
グレースは、あっさりと認めた。
「いいや、二件とも私と同志でやった。必要最小限の犠牲だ。ザッファーによる破壊に比べれば、小さな損害だ」
正直なのは評価できる。ザッファーの話も本当もしれない。だが、平気で人を殺す魔物とは、やはり組めない。
「どうやら、俺とあんたは理解し合えないようだな。もし、ザッファーが脅威となるようなら、俺が止める」
グレースはステの言葉を鼻で笑った。
「ザッファーの台頭が十年後なら可能だったのかもしれない。だが、今のお前ではザッファーに敵わない」
「やってみなきゃ、わからないだろう」
「そうか。なら表へ出ろ。身の程を知れ」
グレースが席を立ち、扉を開ける。
扉の外は半径三十mの円形闘技場だった。
グレースが剣を抜く。
「さあ、掛かってこい」
「腕を試そうってのか? いいぜ、やってやる」
ステは大きく距離をとる。グレースは悠然と構えて距離を詰めない。
魔法で人間くらいの大きさの火の玉を作る。火の玉を、えいと投げつけた。
グレースは飛んでくる火の弾を軽く剣で斬る。
連続して火の玉を打ち出す。だが、グレースは全ての火の玉を斬った。
ならばと、雷の魔法を唱えた。グレースはステが魔法を唱え終わるまで待つ。
ステから雷が放たれた。雷はグレースの剣に当たった。
だが、グレースは倒れない。グレースが剣を振ると雷が返ってきた。
慌てて避ける。ならば、これではどうだと、毒の雲の魔法を唱える。
グレースは発生した毒の煙を剣圧で吹き飛ばした。
グレースには中途半端な魔法は効かない。
ステは駆け出しながら獄炎の魔法を唱える。
獄炎の魔法が完成して。火柱が立つ。グレースは軽くステップを踏んで横に避けた。
ステの狙い通りだった。ステは獄炎の火柱を獅子王刈に吸収させる。獅子王刈をグレース目掛けて薙いだ。
「大鎌術・炎獄の刃」
炎を纏い一回り大きくなった鎌がグレースを襲う。
前方にいたはずのグレースが消えた。
背後に気配を感じた。グレースがいつのまにか背後に回り込んでいた。
背中に激しい痛みを感じた。
グレースは余裕の顔で剣を構えていた。
グレースが斬る気だったら、今の一撃で勝負は着いていた。
速度で負けるわけにはいかない。
「体術・神速無双」
ステは身体能力を引き上げて、果敢に戦いを挑んだ。
速度では負けなくなった。
だが、獅子王刈に魔力や気を流し込める時間をグレースは与えなかった。
気や魔力を吸収できない分、獅子王刈の攻撃力は落ちる。
グレースは巧みにステの攻撃を捌いた。
ならばと、隙ができるのも構わず、大鎌を突き出した。
グレースが上半身を反らして、獅子王刈の大刃を躱した。
大刃の攻撃はフェイント。小刃で首を刈りに行った。
けれども、グレースは、フェイントを見切っていた。
体を屈め、ステの胴に蹴りを入れた。
たまらず、ステは距離を取った。
勝負の流れが途切れたところで、グレースが厳しい顔で告げる。
「さっきので一度、今ので一度、実戦なら合計で二度、死んだよ。そんな腕で、よくザッファーを倒すなんてうそぶけたな。お笑い草だよ」
「なら、これで最後だ」
ステは神速無双の状態を保ったまま、全身で万能属性の気を最大まで練り上げる。
神速無双と万能属性の気の併用は一度も成功した過去はなかった。
成功すればグレースを倒せる。
二つの大技の併用は体や心に負担を掛け過ぎる。オンジからは禁止されていた。
だが、今ならできると思い、挑戦した。
数秒の隙ができた。だが、グレースが待ってくれた。
神速無双を維持したまま、気を練り上げる行動に成功した。
練り上げた気を獅子王刈に全部、吸わせる。獅子王刈の刃が数倍に大きくなる。
グレースの顔が真剣なものに変わった。
「大鎌術・大鬼刈の刃&神速無双」
ステの一撃が光る円となり、闘技場を駆け抜けた。
ステの頭の中に冒険の書の声がする。
「リミッターの限界を超えました。危険防止のため意識を強制終了します」
ステの意識は、そこで途切れた。




