第十五話 サヴァロンの離宮の結末
十五日目の朝を迎える。朝食の量が少なかったので、もしやと思う。
指揮所に現れたサンチョが苦しい顔で告げる。
「食糧が尽きました」
トリスタン卿が険しい顔で決断する。
「もはや、ここまでか。こうなれば門を開いて討って出るぞ」
トリスタン卿の決断に、幹部が異を唱える。
「お待ください。討って出ても、無駄死にするだけです」
「食糧が尽きたのだ。このままではいずれ戦いすらできなくなる。ならば、最後に騎士らしく散るまでだ」
幹部連中はトリスタン卿の決断に反対した。だが、最後に押し切られた。
ステがトリスタン卿の命令を冒険者に伝える。冒険者たちは落胆した。
二時間後、決戦の時を迎える。
「よし、命令を伝える。冒険者隊は総員、討って出よ」
ステも覚悟を決める。武器を持って命令を伝えに行く。
身構える冒険者を前に命令を伝えた。
「トリスタン卿の命令です。冒険者隊総員は討って出よ」
緊張した面持ちで戦闘の冒険者が閂を外した。厚い門を開けた。
眩しい陽の光が飛び込んできた。
ステが見た光景は味方の兵士だった。
「おい、やっと門が開いたぞ」
兵士が安堵した顔で声を上げた。
冒険者の誰かが叫ぶ。
「どうなっているんだ。これは?」
兵士はほっとした顔で説明する。
「どうもこうもないさ。こっちは事前に取り決めた合図でしきりに門を叩いている。なのに開けないものだから、困っていたんだよ」
冒険者はぞろぞろと外に出る。
そこには一日目と変わらぬ風景があった。冒険者がしゃがみこんで愚痴る。
「なんだよ。脅かしやがって」
冒険者の隊長がステを呼ぶ。
「おい、伝令。トリスタン卿に問題ないって伝えて来てくれ」
「わかりました、トリスタン卿も安堵すると思います」
ステは指揮所に走っていく。だが、指揮所にはトリスタン卿はおらず、幹部の死体が転がっていた。
封印を確認するが、封印はされていた。
なんだ、いったなにが起きたんだ。いつのまに敵が侵入したんだ。早く皆に知らせないと。
ステは異常を知らせるべく、大急ぎで外に向けて走った。
「大変だ。騎士たちが殺されていて、トリスタン卿がいない」
冒険者が怪訝な顔で声を上げる。
「トリスタン卿なら、さっき出て来たけど。あれ、どこに行った?」
ステの言葉を聞いた冒険者たちと兵士が蒼褪める。
腕の立ちそうな冒険者六人と兵士二人を伴って指揮所に戻る。
兵士が不安な顔で確認する。
「封印は無事なようだが、トリスタン卿はどこに行った?」
冒険者の一人が声を上げる。
「違う。この封印は模様だけが同じの偽物だ」
冒険者が封印に触ると、冒険者の体はあっさり封印を通り抜けた。
最悪の事態が頭をよぎる。
封印を通り抜ける。第六層へと続く階段を全員で降りた。
奥にあった扉に手を掛けると、扉は開いていた。
扉を開けると、縦横八m、高さ五mの部屋に出た。
部屋の奥には石の祭壇があったが、祭壇の上には何もなかった。
やられた。トリスタン卿は地上と隔絶された間に封印を解除して、偽の封印を張った。
トリスタン卿は箱を持ち出すタイミングをずっと待っていたんだ。トリスタン卿は「総員、討って出ろ」の号令を懸ける。
命令の後に幹部を殺して箱を持ち出す。ステをどこかでやり過ごして、外に出て姿を消した。
何もない空間が揺らぐ。黒いローブを着て大きな鎌を持った幽霊が現れた。
ステは危険を感じて、万能属性の気で全身を覆う。
冒険者が剣を抜き、幽霊に跳び掛かった。
幽霊が黒い鎌を無造作に薙いだ。
鎌が当たってないのに、ステを除く全員が倒れた。
危なかった。体を万能属性で覆わなかったら、俺もやられていた。
獅子王刈を構えて突き出す。
幽霊は非常に緩慢な動きで、ステの獅子王刈を避けた。
鎌を引き戻す。幽霊の首を刈ったと思った。
だが、獅子王刈は固い物にでもぶつかったように、幽霊の首で停まった。
獅子王刈で傷つけられない、だと?
幽霊が今度は素早い動作で、トンとステの心臓を拳で突いた。
ステの体を覆っていた万能属性の気が解除される。
胸に激痛が走った。心臓が止まりそうになっていた。
なんとか、距離を保ち、体勢を立て直す。
幽霊は強力な闇属性。光属性なら効くかもしれない。だが、万能属性で体を覆った上からでも、触れられただけで死にそうになった。動きを止めて光属性の魔法を唱えている暇はない。
ステは万能属性の気を再び纏う。ステは万能属性の気を獅子王刈に流し込んだ。
万能属性の気を纏っても、解除された上にダメージを受ける。なら、防御を捨てる。
鎌を突き出す。幽霊は上半身を素早く反らして、獅子王刈を躱した。
行ける。万能属性を纏った獅子王刈なら、傷つけられるんだ。
幽霊は不自然な姿勢から、掌底を繰り出す。
ステは体を捻って回避して鎌を引き戻す。獅子王刈の大刃での攻撃は、フェイント。本命は小刃だ。
獅子王刈の小刃が幽霊の首を刈った。首を刈られた幽霊は黒い靄となり消えた。
フェイントが通用する相手で良かった。
異常を察知した兵士たちが離宮の門から次々とやって来る。
第一発見者であるステは、何度も同じ状況を別の人間から訊かれた。
冒険者隊は待機となった。だが、箱が盗み出された状況は確実なので、任務は終わっていた。
翌日には殺人捜査の専門捜査官がやって来て、現場検証が行われる。
ステはもう何度もした説明を繰り返した。
三日後、冒険者本隊は解散となり、報酬を受け取ってヴィヴィ村を後にする。
オリーブの街に戻って、冒険者ギルドに行った。
冒険者ギルドでは渋い顔をした冒険者二人が話し合っていた。
「聞いたか、サヴァロンの離宮の話。魔王が封印された箱が盗まれたそうだ」
「聞いたよ。最初は与太話だと思った。だが、どうも本当らしいな。魔将たちも動いているそうだ」
情報が出回るのが早いな。もう噂になっている。
噂話に耳を傾ける。冒険者の顔は渋いが、深刻ではなかった。
白鳥亭に泊まる。翌朝、セオと食堂で遭った。
ステはセオに正直に謝った。
「力になれなくて、御免。箱をまんまと盗まれた」
セオは苦い顔で持論を語る。
「箱が盗まれる未来はわかっていた。だが、ステなら変えられるかもしれないと、甘く考えていた」
「これからセオは、どうするんだ。箱を取り返すのか?」
「箱を魔将から取り戻す行為は無謀だ。今度は魔将が箱を厳重に保管する。それに、箱と鍵だけでは、魔王は復活しない」
「セオって、いやに詳しいな」
セオは真剣な顔で白状した。
「実はお城の人間と懇意になる機会があって、色々と相談されている」
セオも俺が知らないところで色々と冒険をしているんだな。
「お城の人間に問題を相談されるって、凄いね」
セオは改まった態度で申し出た。
「僕が魔王復活に詳しい事情は、そんな理由さ。さて、今後だが、ステには世界の書を探してきて欲しい。ステになら、見つけられるはずだ」
「そう、過度に期待されてもなあ。知らない仲じゃないから、探してもいいけど、どんな書物なんだい?」
「勇者を導く喋る書物だよ。勇者が困っていると助けてくれる」
喋る書物って、父さんがくれた書物か。
「セオが話している世界の書って、これのこと?」
ステは左手に意識を集中させて、「冒険の書よ、出ろ」と念じる。ステの左手の中に冒険の書が現れた。
セオに冒険の書を渡す。セオが驚いた顔で冒険の書を受け取る。
「間違いない。これは、世界を救う者にのみ伝えられる世界の書だよ。どうして、これを持っているんだい」
「どうしてって、普通に父さんから貰ったよ」
「世界の書は普通の家にある品じゃないよ。神秘の錬金釜の存在といい、ステの家は普通じゃない」
ステは実家が普通じゃないと指摘されても、納得がいかなかった。
「驚かれてもねえ。うちじゃ、普通の話だからなあ」
「ステのお父さんから話を聞かせてもらっても、いいかな?」
魔王の復活と父さんの昔話って、関係ないと思うけどなあ。
「父さんは、あまり昔を語りたがないからなあ。聞けるかどうか」
セオは真剣な顔で頼んだ。
「これは、世界の行く末に関する問題だよ」
「なら、紹介してもいいけど、断られたら、諦めてよ」
「わかった。だから、ステの家に連れて行ってほしい」
冒険の書をしまい、オリーブの街の転移門からピオネ村に飛んだ。
家に帰ると、オンジは農作業を終えて一服しているところだった。
オンジはステを見ると、機嫌よく声を懸ける。
「お帰り、ステ。そっちは、セオくんやったな。どうした、また精霊石が必要になったんか?」
セオは礼儀正しく挨拶する。
「今日は、折り入ってお聞きしたい話があって来ました」
「セオのやつ、父さんの昔話を聞きたいんだって」
オンジは、ちょいとばかし顔を顰める。
「こんな、おっさんの話なんて聞いても、面白くも何ともないで」
セオは食い入るように頼んだ。
「そんな冷たく仰らずに教えてください」
オンジはあっさりした態度で要請を受け入れた。
「ええわ。茶ぐらい出すから、飲んでいきなさい」
家の中に入ると、オンジは三人分のお茶を用意する。
オンジがどっしり構えて訊く。
「さて、何が聞きたいんや?」
セオが緊張した顔で質問する。
「貴方はいったい何者なのですか?」
「わい? わいはただの百姓のオンジやで」
そうだよ。父さんは単なる百姓だよ。俺の知っている父さんだよ。
「素性は明かせない、そういうことですか」
オンジが困った顔でステを見る。
「なんか、この子は勘違いしておるで」
「良い奴なんだけど、変わった奴なんだよ」
セオはオンジを見据えて尋ねる。
「どうして、世界の書を持っているんですか?」
「わいも今年で四十二歳や。四十年以上も生きているからのう。色々と伝手があるんや」
セオは神妙な顔をして勝手に納得する。
「秘密ですか。仕方ない話です。世界の書の存在はこの世界の成り立ちに関わる話ですからね」
何かセオの話を聞いていると、父さんが英雄みたいに話すなあ。聞いていて悪い気はしないけど。
ステは気になったので、オンジに尋ねた。
「父さんから貰った冒険の書って、そんなに凄い品なの?」
オンジは首を軽く横に振った。
「いいや、父さんがまだ若いころ旅の途中で手に入れたもんや。せやけど、仰々しい物やないで。普通に店で売っていた」
何だ、やっぱりどこかに行けば売っている品か。だと、思った。
だが、セオの態度は違った。ますます、頑なになっていた。
「昔の話をしていただけないのは、残念です。でも、世界では魔王が復活しようとしています。世界の危機に力を貸していただけないでしょうか」
オンジは素っ気なくセオに意見する。
「力を貸すも何も、世界の危機なんて起こらんで」
「そうでしょうか?」
オンジは、淡々と諭した。
「世界は広い。広い世界から見れば、どっかこっかは、いつも危機に晒されておる。それでも、どうにかなっておるんが、世界やで」
「今の状況は取るに足らないと仰るんですか」
「まあ、うちの畑には影響ないのう」
セオは落胆していた。
「世界の危機に、立ち上がってくれないんですか」
「さっきから話が噛み合っておらんようやけど、わいは百姓や。わいの百姓道からすれば立ち上がる時でもない」
セオは非常に残念そうな顔をした。
「せっかく来てくれたんやんから、つまらん昔話をしたろう」
父さんの昔話か。ちょっと、興味があるな。
「わいは百姓の家に生まれた。一時期、それが嫌で冒険者の真似事みたい仕事もやった。冒険者やから儲かる時もあった。損する時もあった」
ステは素直に相槌を打った。
「それは、旅をしていれば、楽しいことも辛い出来事もあるだろうね」
「せや。そんで、ある時に気が付いた。冒険をして、いろいろな物を手に入れた。手に入れ過ぎた。それから、必要なもの以外を捨てて行った。そしたら、また百姓に戻った」
百姓をやっていれば、必要な物は手に入る。手に入った物以外は必要なかったのか。
ステは気になったので、訊く。
「それで、父さんは幸せだったの?」
「ステがいて今の生活がある。それで充分や。結局、父さんは根っからの百姓やった。はい、おしまい」
セオが目を大きく開き面食らって尋ねる。
「それだけ?」
「それだけやで。他に何か必要か?」
ステはセオのフォローに回った。
「セオは魔王の復活を止めたいだって。それで、ヒントになればと、父さんの昔話を聞きに来たんだよ」
「何や、魔王の復活を止めたいんか。無理に止めても、ええ展開ないと思うけどな。でも、どうしても止めたいんなら。セオドール・ウエストを探したらええで」
セオは驚いた。
「それは、僕の父親だ」
オンジも驚いた。
「何や、セオくんは、セオドールの息子さんか、世間は狭いな。なら、わいを訪ねんと、お父さんを訪ねて、封印された大陸について聞きなさい。それが一番早いで」
「わかりました。父に訊いてみましょう」
「乗りかかった船だ。俺も行くよ」




