第十四話 サヴァロンの離宮
グレースの行方はわからなかった。
チノン村ではフセイン殺しの犯人が見つからないまま時間が過ぎる。
樹の植え替えが全て完了した。
エラが不安な表情で今後の計画を訊いてくる。
「これから、どうしましょう」
「鍵がない以上、魔将が再びこの村を襲う危険はない。この村から去っても良いだろう」
「でも、魔将の狙いって何だったんでしょうね?」
「わからないし、考えてもどうしようもないよ」
エラと別れてステはクルファンの街からオリーブの街へと戻った。
冒険者ギルドの受付で報酬を受け取る。
次の仕事を探そうとすると、受付嬢から声を懸けられた。
「ステくん。セオくんから手紙を預かっているわ」
セオの奴、俺に用って何だろう?
手紙を受け取って中を確認する。
『ステへ。この手紙を見たら宿屋の白鳥亭に来てほしい』
指示された通りに白鳥亭に行くと、セオが待っていた。
白鳥亭の食堂で話をする。
セオは真剣な顔で告げる。
「ステ。これから君は、大変な試練に曝されると思う」
「何だよ。脅かすなよ」
「脅しじゃないよ。君は四魔将の一人、ライゼンと遭った。ライゼンは魔王復活を企む危険な魔物だ」
魔王は魔物の王にして、二百年前に世界を恐怖の底に陥れた存在だった。
ステは魔王復活と聞いても、ピンと来なかった。それに、魔将と出会ったと指摘されても、そんな経験はなかった。
今更、魔王が復活すると予言されてもねえ。いくら、セオの目が未来を見通すからといっても、これは外れるな。
「復活を目論むと、復活する、では、大きな隔たりがあるからなあ」
「そう楽観視もしていられないよ。魔王が復活すれば世界は、また混沌とした時代に逆戻りだ」
セオの奴は心配症だな。
「セオの言葉を信じたとしよう。それで、俺は具体的には何をすればいいの? 俺はただの百姓だよ。だから、世界の危機は救えないよ」
「もうすぐ、お城から冒険者を集める呼び掛けがある」
お城からの募集なんて滅多にない。興味が湧いた。
「何を募集するんだい?」
「六大迷宮の一つ、サヴァロンの離宮は知っているかい?」
有名な場所なので知識はあった。
「魔王の離宮があった場所だろう。魔王が討たれて封印されている」
「そうだよ。サヴァロンの離宮には、魔王を閉じ込めた箱が封印された部屋がある。だが、二百年の時を経て、封印は解かれようとしている」
「何か壮大過ぎて、別の世界の話のようだ」
「ステはサヴァロンの迷宮に赴き、箱を回収に来た魔将ライゼンを討つんだよ」
セオの話が大きすぎて実感が湧かなかった。
「魔将の退治って、俺は単なる百姓だよ」
セオは真摯な眼差しでステを見る。
「ステは理解していない。君は選ばれた人間だよ」
もう、セオのやつ調子が良いな。そんないい加減な言葉で煽てて。他の奴もそうやって褒め称えているんだろうな。
でも、まあ、いいか。笑い話の種に魔王復活を目論む魔将の企みを潰すのはいいかもしれない。
「わかったよ。お城から発表があるまで待つよ」
セオの言葉が本当かどうかわからない。セオはいたく本気なので付き合ってやると、ステは決めた。
五日後、冒険者ギルドに顔を出すと、人だかりができていた。
内容はサヴァロンの離宮での仕事だった。離宮の警護の募集は六百人と規模が大きい。
セオの予言した通りに募集が出たな。
お昼にセオと会うと、セオはやる気満々だった。
「ステ、応募してくれ」
「約束だからいいけど、何かこういう物々しいのは苦手だな」
ギルドの受付に行って応募する。
ギルドの受付嬢がさらりと教えてくれた。
「役割は現地のヴィヴィ村で決まるわ。最前線に配備されるかもしれないし、後方でご飯を用意する仕事になるかもしれないわよ」
「わかりました。どんな仕事でも、きちんとこなして見せます」
仕事を受ける。セオが仕事を受けなかったので尋ねる。
「あれ? セオは仕事を引き受けないの?」
「僕は朝の内にヴィヴィ村まで行って、登録を済ませてある。仕事は司令部での雑用だ」
「堅苦しい場所だな」
転移門でセオと一緒にヴィヴィ村に飛んだ。
サヴァロンの離宮の入口はヴィヴィ村の中心にある。村には二百軒の家があった。
村には高さ十五mの獣除けの柵がある。柵は工兵によって厚く高く増築中だった。
村の外には軍のキャンプが張られ、三千名の兵士がいた。
「何か、戦の前みたいだね」
セオが険しい顔で意見する。
「みたいじゃなくて、戦だよ。魔将が本気で魔王を復活させようとしたら、軍を率いてやって来る可能性が高い」
「集団戦か。経験がないな。とにかく頑張るしかないか」
村の広場に臨時の軍の事務所が設営されていた。ステは登録を済ませた。
事務官がステに役目を告げる。
「冒険者本隊指揮所での伝令を頼む。指揮所はサヴァロンの離宮の奥だ」
事務官は地図を渡してくれた。
セオが真剣な顔で告げる。
「僕は司令部がある領主の館に行く」
「俺はサヴァロンの離宮に入るよ。お互いがんばろう」
サヴァロンの離宮の中にはモンスターはいない。代わりに冒険者があちらこちらに立っていた。
離宮は元宮殿である。だが、敵が攻めて来る事態を想定して、通路や部屋が配備されていた。地図を確認する。
地下六層のダンジョンか。でも、ダンジョンというより地下に作られた武家の館だな。通路にある門をいくつか閉じれば、外敵からの攻撃を防げる。
通ってきた長い通路の冒険者の数を数えれば、五百名はいた。
地上を三千名、地下を五百名で守るのか。これだけいれば、いかに魔将が攻めてきても守れるだろう。
冒険者本隊の指揮所は地下五層に設営されていた。指揮所の後ろに最後の第六層の部屋へと続く通路があり、最後の扉へと続く通路は硬く魔法で封印されていた。
指揮所には冒険者とは違い、立派な鎧を着た騎士がいた。
騎士はトリスタン卿と呼ばれていた。トリスタン卿は壮年騎士だった。
指揮所にいて、あれこれと人に指図している下士官らしき人がいた。
「伝令係を任されたステと言います。よろしくお願いします。」
「随分と若いな。だが、国の有事の際に立ち上がってくれて感謝する。とりあえず、今日は仕事をしなくて良い」
「では何をすれば良いんですか」
「村と離宮内を歩き回って土地勘を養ってくれ。あと、必要な情報は小者頭のサンチョに訊け」
冒険者にサンチョはどこかと訊けばすぐにわかった。
サンチョは小太りの中年男だった。
「今日から一緒に働くことになりました。ステと言います」
サンチョが愛想よく返す。
「そうか、サンチョだ。よろしく頼む」
サンチョが食堂はどこ。飯の時間は何時。寝る場所はどこで、待機場所はどこと教えてくれた。
サンチョからの説明が終わったので、荷物を置いてヴィヴィ村に戻る。
村の集会場は武器庫になっていた。武器庫と食料庫は厳重に警備がされていた。
村では緊迫した雰囲気がまだない。
商店は普段通りやっていた。だが、村人は不安そうだった。
無事に一日目目が終わった。食事は美味くもないが、不味くもない。
配備されている場所が離宮なので、風呂場やトイレが設置されている。地下でも生活には不便がなかった。
二日目、ステは村の正門に行き、異常がないかを訊く仕事を命じられた。
仕事をしに村の正門に行く。異常はなしとの報告だったので、帰ろうとする。
すると、早馬が走ってきて、村の正門で停まる。
早馬に乗っていた兵士は血相を変えて門衛の下士官に報告する。
「大変だ。ここから十㎞東に敵が現れた。その数一万。すぐに防衛態勢を」
士官はすぐに部下に指示を出して、角笛を吹かせる。
角笛が響き渡る。早馬に乗っていた兵士は司令部に向かって駆け出した。
こうしちゃいられないぞ。
ステはすぐに離宮内の指揮所に急ぐ。
「早馬が入ってきました。伝令の話では敵の数は一万。距離は十㎞東です」
ステの報告に指揮所内がざわつく。
トリスタン卿が叱咤する。
「落ち着け。サヴァロンの離宮の通路は狭い。一度に大量の兵が突入するのは不可能だ。防衛施設を活かせば、五百名でも持ち堪えられる。時間が経てば、援軍が来る」
士官がステに指示する。
「司令部に行って、指示を聞いてこい」
「わかりました。すぐに行ってきます」
司令部になっている領主の館に急いだ。
領主の館ではちょっとした騒ぎになっていた。
ステが入ろうとしたが兵士に停められた。
「冒険者本隊から来ました。指令をください」
衛兵は緊張した顔で説明する。
「落ち着け。今しがた、伝令に化けた魔物が姫様の命を狙って侵入したところだ」
何だと? すると、敵の大軍が現れたのは、虚報か。
「なら、一万の敵が迫っている報告は嘘ですか?」
「敵の存在は確認中だ。不正確な情報を伝えて軍を混乱させるな」
「はい、了解しました」
ステは報告を持って戻る。
ステの報告を聞き冒険者は安堵する。だが、トリスタン卿が戒める。
トリスタン卿の表情は厳しく注意を促す。
「敵が陣内に侵入した状況が問題だ。魔将はここを狙って来るぞ。油断するな」
ここが最終防衛ラインだから、ここまで来ないと思った。だけど、敵は警備をすり抜けてここまで来るかもしれない。いざとなったら武器を取って戦うしかないか。
その夜、ステが大広間で寝ていると、兵士が駆け込んでくる。
「起きろ、皆。敵襲だ。敵が攻めて来たぞ。武器を取れ」
慌てて武器を取って指揮所に行く。トリスタン卿が苦い顔をしていた。
伝令が駆け込んでくる。
「敵が村の正門を突破しそうです。離宮の門を閉めて防衛せよ、とのご命令です」
「わかった。離宮の門を閉めるぞ」
伝令が駆け足で帰る。
サンチョが青い顔で指示する
「あわわわ、本当にここが戦になってしもうた。ステ、離宮の門に連絡や」
「すぐに伝えます」
ステは走った。一階の入口が近づいてくると、地上を走る人の音が聞こえてくる。
地上はもう戦場になりかけていた。
ステは門前にいる冒険者に指示を出す。
「トリスタン卿の指示です。門を閉じて防衛します」
「わかった。閉門」
厚い金属製の門が閉じられて、内側から閂が掛けられる。
ダンジョン内は、急に静かになった。
ステは指揮所に戻る。
魔将の軍はその日の内にもダンジョン内に雪崩込んで来るかもと思った。
だが、動きはなかった。また、敵が去ったので門を開けろとの指示もなかった。
三日目の朝になった。トリスタン卿が幹部を集めて会議をする。
「敵が侵入して来ないが、味方からの連絡もない。迂闊に離宮の門を開けるのは危険だ。ここは、しばらく門を閉ざした状態で様子を見ようと思う」
幹部からは異論は出ない
トリスタン卿が、サンチョに尋ねる。
「水と食料はどれくらいある」
「水はダンジョン内に湧くので心配は要りません。食料は十五日分です」
トリスタン卿が苦い顔で口にする。
「保って二週間か。援軍が来るとしても、それくらいは掛かるか。よし、離宮の門に伝えろ。味方から連絡があるまで門を固く閉ざして、外に出るな」
ステは命令を仰せつかったので離宮の門に待機する冒険者に告げる。
交代で休憩とり食事をする。皆が皆、不安な時間を過ごした。
セオのやつ無事ならいいんだけど。
同じ冒険者同士で話す。だが、明るい話題はなかった。
四日目になると、門前の冒険者から伝令が走り込んで来る。
「外から、門を叩く音がします」
トリスタン卿は厳しい顔で訊く。
「味方の者なら決められたリズムで門を叩く。味方からの合図か?」
「いいえ、音は規則的ですが、取り決めの合図とは違います」
トリスタン卿は苦い顔で発言する。
「どうやら、地上は魔物に制圧されたらしい」
トリスタン卿の言葉に場が静かになる。
地上部隊が負けただと。セオも心配だけど、こうなれば無事を祈るしかない。いったい魔将はどれほどの戦力で攻めてきたんだ。
トリスタン卿は言葉を続ける。
「魔物が扉を破ろうとしているのなら、断固、死守せよ。これは厳命だ」
ステも離宮の門との伝令役を他の人間と交代で務めた。
正門ではどうにか門を破ろうと懸命に門が叩かれていた。
門を警備する冒険者が不安な顔で話し合う。
「なあ、少し変だと思わないか。門を破りたいなら、もっと派手に叩けばいいのに。もしかして、味方が開けさせようとしているとは考えられないか」
「でも、違ったら、魔物の群れが押し入ってくるぜ。一旦侵入されたら、三日と保たないぞ」
地上の様子がわからないのが辛いな。




