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第十三話 ナツメヤシと黄金の鍵

 木材が届くと家の建築が再開される。

 大工たちの機嫌は良い。ステも気持ちよく働けた。


 家が完成したので竣工祝いが行われる。

 村長の娘の家だけあってお祝い客も多かった。


 ステも建築を手伝ったので竣工祝いに参加できた。

 宴も遅くなったのでステは村の宿屋で一泊する。


 翌朝、朝食を摂っていると村が騒がしくなっていた。

 慌てて入って来た宿屋の女将さんに尋ねる。


「村が騒がしいようですけど、何かありましたか?」

 女将が血相を変えて、教えてくれた。


「村のナツメヤシの実が全部、腐っちまったんだよ。樹も枯死しているんだよ」

 村のナツメヤシ全部って、四百本以上あるぞ。


「何ですって? 村の全ての樹ですか?」

「調べているけど、おそらく、全ての樹がやられているよ」


「大変、大変」と女将さんが出て行く。

 ステは食事を終えると、村の中心に行った。


 村人が樹の周りで弱り切っていた。

「実が腐って樹が枯れた原因はわかっているんですか?」


 村人は深刻な顔をして答える。

「水が涸れたわけでもない。病害虫でもない。こんなの、初めてだよ」


 樹の異常なら、(きこり)のエラにわかるかもしれない。

 ステは誰に頼まれるわけでもなく、クルファンの街に急いだ。


 木工ギルドに行ってエラを訪ねる。

 ナシールと会ったのでお願いする。


「チノン村のナツメヤシが全て枯れました。エラの力を借りたいんです。エラを貸していただけますか?」


 ナシールは真剣な顔で了承してくれた。


「チノン村はうちが困った時に、ステくんを派遣してくれた。なら、今度はうちからエラを派遣しよう」


 しばらくすると、エラが出てくる。エラが緊迫した顔で告げる。


「チノン村のナツメヤシが枯れて大変な事態になったって聞いたわ。どこまで力になれるかわからないけど、やってみる」


「頼むよ。エラだけが頼りだ」

 エラを連れてチノン村に帰る。エラが樹を調べた。


「樹から命が失われているわ。樹を復活させるのは無理ね。やるなら、また一から植え直さないと、だめね」


 ザフィードの家にエラを連れて行く。

 家には大勢の人が集まっており、対策を考えていた。だが、名案はなさそうだった。


 村長のザフィードと話したかった。だが、話し掛けられる雰囲気ではなかった。

 下男の老人が通り掛かったので頼む。


「力になれそうなんですが、何とか、ザフィードさんと話せませんか?」

 下男は家の中を、ちらりと見る。下男は渋い顔で告げる。


「無理じゃな。村長は対応に追われておる。とはいっても、対策なんてありそうもないがのう」

 エラが真剣な顔で申し出る。


「私の樵の術ならナツメヤシをまた生やす術が可能です」

 下男は否定的だった。


「お前さんの樵の術がどれほど凄いかは知らん。じゃがのう、ナツメヤシが実を付けるようになるまでには三年。市場に出せる物が実るまで、五年は掛かる」


「わかりました。では、私が樵の術で種から十二分でナツメヤシの樹を育ててみます」

 下男はむすっとした顔で馬鹿にする。


「五年は掛かるものが十二分だと? そんな与太話があるか?」

 エラの神語魔法を見た経験がないなら無理もないか。


 ステからも頼んだ。

「試すだけ、試させてください。どうせ、他に対策はないんでしょう」


「そこまで頼むなら、いいか。ちょうど切り倒した樹がある。そこにナツメヤシを生やしてくれ。できるものならな」


 完全にできないと思っているね。無理ないけど。

 庭の一角の何も植えられていない場所に行く。


 下男が持ってきたナツメヤシの実を一個だけ植える。

 水を掛けてエラが神語魔法を唱えた。


 すると、にょきにょきと芽が出て来て、二・五mになる。

 下男は大いに驚いた。


「これは魂消(たまげ)た。樹が見る見る間に大きくなった。これは、実はならないのかい」


「実まで生らせる術は、少々難しいんです。失敗すると、実が酸っぱくなります。また、樹の生育も悪く、一年や二年で枯れてしまいます」


 下男はすっかり感心していた。


「そうか。万事が万事よいこと尽くめとはいかんか。でも、凄い。エラさんの樵の術があれば、村は救われるかもしれん」


 ステは気になったので尋ねる。

「でも、今年になる実は全て腐ってしまいましたよ」


 下男の顔には希望の灯が灯っていた。


「一年ぐらいだったら、村の樹を建材として伐って、収入にする対応ができる。後は来年、実ったナツメヤシの実を食べるなり売るなりして、生活すればいい」


 よし、村の生き残れる道が見えてきた。

「エラは、一日に何本までなら樹を生やせるの?」


 エラは一唸りしてから、ざっくりとした計算を明らかにする。

「二・五mのナツメヤシなら、一日に四十本くらいね」


「村の樹が四百本あるとしたら、十日か。行けそうだね。協力してくれる?」

 エラは明るい顔で承諾してくれた。


「もちろんよ。そのために来たんですもの」

 下男が家の中に駆けて行くと、人が大勢、庭にやって来た。


 ザフィードが半信半疑の顔でエラに頼む。

「すまないが、自分の目で見ないことには信用できない。もう、一度やってくれるか」


「いいですよ。では、ナツメヤシの種をください」

 ナツメヤシの種と水を下男から受け取る。エラは再び樹を生やして見せた。


 樹が生長し出すと村人は驚く。村人は樹が生長しきると感嘆の声を上げた。

 エラが機嫌よく応える。


「どうです。ここまで大きくなれば、来年には実を付けるでしょう」

 ザフィードは喜んだ。


「素晴らしい。これなら、村の樹を全て植え替えることができる」

 エラはそこで不安な表情で問題を指摘する。


「村の再建には目途が立ちました。だが、問題もあります。ナツメヤシが枯れた原因です。原因を突き止めないと、せっかく植えた木もまた枯れてしまいます」


 ザフィードは表情を曇らせる。

「枯死の原因だが、まるでわからない」


 村人のうち一人が叫ぶ。


「魔女だ。魔女がやったに違いない。村の郊外に住み付いた魔女の仕業だ。奴がやって来たてからナツメヤシがおかしくなった」


 魔女の仕業か。魔物が化けているのかな。

「わかりました。俺が行って調べてきます」


 村人に魔女を見た場所を教えてもらう。

「俺は魔女の仕業かどうか調べてくる。エラは樹の再生を頼む」


「魔女の仕業だとしたら、魔女はかなりの強敵よ。気を付けてね」

 ステは魔女が目撃された場所に向かった。魔女が目撃された場所は河の上流だった。


 河を遡っていくと、大きさが二人用ほどのテントが張ってあった。

 付近に人影はいない。


 テントにそっと近づき、前面の布をどける。だが中に人はいなかった。

「私のテントで何をしている?」


 背後から急に声を懸けられた。

 ゆっくりと振り返ると、剣を構えた女性がいた。


 女性の年齢は四十くらい。銀色の髪をしており、瞳の色は黒だった。恰好は軽装革鎧に身を包んでいた。女性は銀色の剣を抜いてステに向けていた。


 さっきまで、背後に誰もいなかった。油断していたつもりはなかったけど、背後を取られた。

 ステは女性をきっと見て名乗った。


「俺の名はステ。チノン村のナツメヤシが全て枯れた。村の人間は魔女の仕業だと思っている。俺が真偽を確かめに来た」


 女性はふんと息を吐くと、苦い顔で剣を仕舞った。


「私の名はグレース。私は魔法を使う。村の人間からすれば、魔女なんだろうね。身元も怪しい。でも、村のナツメヤシが枯れた原因は私のせいじゃないよ」


「何か、知っているのか?」

「チノン村は魔将に狙われている」


「魔将の狙いは何だ?」


「魔将ライゼンはナツメヤシの樹の下に眠る鍵が欲しいんだよ。チノンの村のナツメヤシの樹の下には、大盗賊が隠した鍵がある」


 ナツメヤシは四百本以上ある。ナツメヤシの根元を一々掘っていては、手間が掛かる。だから、人間に見つけさせようって腹か。


「ナツメヤシを枯らせば村人は植え替えをするために、ナツメヤシを伐って掘り返す。土を掘れば鍵が出て来るって寸法か」


「そうだよ。私は魔将が村を狙っていると知って、ここで村を見張っていた。だが、魔将のほうが一枚上手(うわて)だった。まんまと、ナツメヤシを枯らされた」


「どうやって、ナツメヤシを枯らしたんだ?」

 グレースは視線を河に落とす。


「水だよ。水に毒を入れたのさ。植物にだけ効く毒が回って、ナツメヤシは枯れたのさ」


 ステはここで不審に思った。村の水はステも飲んでいた。味や香りに変化はなかった。ナツメヤシにだけ効く毒はあるかもしれない。でも、そう都合よく無味無臭でナツメヤシだけに効く毒なんてあるだろうか。


 ステはグレースの言葉に疑問を持った。だが、疑問を飲み込んだ。

「どうすれば、魔将の手からチノン村が逃れられる?」


 グレースは冷たく言い放った。


「魔将に狙われて逃げ延びた村はない。諦めて村を捨てることだね。ナツメヤシが枯れたのが、良い機会さ」


「そんな、(ひど)い。酷すぎる」


「なら、鍵を見つけて、私に渡しな。そうすれば、魔将はあんな小さな村に固執せずに私を狙う。私なら、魔将から鍵を隠せる場所も知っている」


「わかった。鍵が見つかったらグレースに渡すよ」

 ステはチノン村に帰った。


 チノン村ではエラ協力の下、ナツメヤシの植え替え作業が進んでいた。

 作業が終わったエラは、客人として村長の家に招かれた。


 食事の後でエラとザフィードに残ってもらう。


「魔女には会いました。魔女の名はグレース。グレースはこの村に魔将が狙う鍵があると教えてくれました。鍵はナツメヤシの樹の下に隠されています」


 エラはステの言葉を理解していた。だが、意見は違った。


「ナツメヤシの樹を枯らして、樹の根元を掘らせて鍵を見つける気なのね。でも、ナツメヤシが全て枯死した現状では植え替えが必要よ」


 ステは正直に感想を打ち明けた。

「グレースは鍵を見つけて渡せば、後は処理してくれると請け負ってくれている。でも、グレースの態度は、どうも怪しいんだよな」


 エラは冴えない顔で尋ねる。

「とりあえず、明日の作業をどうするかね」


 ザフィードは困った顔で口を出した。


「中断は困るよ。みんな、新しい樹が生えることに期待している。ここで木の植え替えができないとなると、騒ぎになる」


「四百本あるうちの四十本を植え替えて出ないのなら、あと四十本を植え替えても、出ないかもしれない」


「わかったわ。明日は通常通りに植え替えを行うわ」

 ステは次の日、鍵をどうしようかと考えていると、村人に呼ばれた。


「エラさんが呼んでいます。ナツメヤシの根を取り除こうとしていたら、ナツメヤシの根元から宝箱が出ました」


 出なければいいと思っていた。だが、見事に掘り当てちまったのか。

 ステは走って現場に行く。現場には人だかりができていた。


 エラは冴えない表情でステを見る。

 宝箱は一辺が三十㎝の立方体で、鍵は腐食して壊れていた。


「箱の中身は確認しましたか?」

 村人が答える。


「箱の中には、布に包まれた金色の鍵が入っていました」

 グレースの教えてくれた通りに鍵があったな。


「その鍵は貰っていいですか?」

 村人の一人が前に出て険しい顔で抗議した。


「駄目だ。駄目だ。俺の畑から出た鍵だ。金の鍵は俺のものだ」

「金の鍵は魔将が狙う危険な物です。持っていると危ないですよ」


 村人は険しい顔で拒絶した。

「そんな言葉で脅して、お前は宝を独り占めするつもりだろう」


 他の村人が宥める。

「フセインよ。そんな言い方はないだろう」


「わかりました。なら、金貨十枚でその鍵を買いましょう」

「いいや、駄目だ。金貨百枚なら、売ってもいい」


 フセインの言葉に、他の村人がざわつく。

 高額の買い取りを申し出たのが裏目に出たな。態度を頑なにしたぞ。


 フセインはさも大事そうに鍵を抱えると帰って行った。

 エラたちはナツメヤシの植え替えを、その後も行った。


 だが、フセインは戻って来なかった。

 フセインを説得しないことには、鍵は手に入らない、か。


 村長のザフィードさんにお願いして、鍵を手放すように説得してもらうしかないな。

 ザフィードに相談する。ザフィードは苦い顔で請け負った。


「フセインの奴め、欲を掻きおって。フセインの奴も一晩も経てば冷静になろう。明日、鍵を渡すように交渉しに行ってやろう」


 翌朝、ザフィードを伴ってフセインの家に行く。

 フセインの家は窓が閉められ、ドアは閉ざされていた。


 ザフィードが外から声を懸ける。

「フセインよ。扉を開けてくれ。話がしたい」


 だが、家の中からは物音がしなかった。

「おかしいのう。こんな朝早くから留守とは」


 ステは嫌な予感がしたので、ザフィードに頼む。

「何か、様子が変です。扉を開けて中に入っていいでしょうか?」


「わかった。フセインには私が謝ろう」

 ステが家のドアを体当たりで壊す。


 家の中には、惨殺されたフセイン一家の姿があった。

 ザフィードは中を見て真っ青になる。


「おお、何てことじゃ。誰がこんな(むご)い仕打ちを」

 ステは家の中に用心して入る。だが、犯人は既に立ち去った後だった。


 死体の状態を調べる。フセイン一家は夜に殺されていた。

 また、犯行は剣によるものと思われた。


 村では騒ぎになった。村人がフセインの遺体を運び出す。

 昼過ぎになると、村長が家に戻ってきた。事情を聞く。


「犯人の目星は、着きましたか?」


「いいや、全くわからない。医者の話では犯行は夜に行われた。だが、隣近所でフセインの家の異常を聞いた者はいない」


 夜の犯行。物音や悲鳴が立ったのに聞いた人間がいない。魔法で音を消しての犯行か。プロか魔物の仕業だな。


「フセイン家ではやはり金の鍵がなくなっていましたか?」

 ザフィードは蒼い顔で語る。


「金の鍵は見つかっていない。だが、家には金品が残されていた」

「物盗りの犯行だとすると、金目の物が一緒になくなっていないと、おかしいですね」


「そうだな。魔物が人に化けての犯行かもしれない」

 ステは村を出ると、グレースのいるテントに急いだ。


 だが、グレースは既にいなかった。テントもなかった。

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