第十二話 遠くを眺めたら
冒険者ギルドに行く。依頼票を見ていると、少し変わった場所の依頼があった。
場所は遠方の乾燥地帯のチノン村。内容は家を建てる大工の手伝いだった。
ただし、条件に『知恵者であること』と注意書きがあった。
チノン村は聞いた覚えがなかった。地図が張ってあったが、かなり遠方だった。
大工の見習いで知恵者って何か関係があるんだろうか。それに、ずいぶんとオリーブの街から離れた場所の依頼だな。大工の手伝いなんだから、遠方のオリーブの街なんかから人を呼ばず、近くの街から派遣してもらえばいいのに。
気になったので、ギルドの受付嬢に尋ねる。
「チノン村の大工の手伝いって、随分と遠い場所から来ていますね」
ギルドの受付嬢はぱっとしない顔で教えてくれた。
「近くには、クルファンの街があるわ。だから、クルファンの冒険者ギルドに頼めばいいと思うわ。だけど、オリーブの街の手伝いがいいんだって。理由は何かあるみたいだけど教えてくれなかったわ」
訳ありなのか。それにしては報酬は高くない。
「応募状況はどうですか?」
「報酬はまずまず。だけど、交通費が出ないのよ。だから、やりたいって人は、今のところ零ね」
誰もやりたがらない仕事か。乾燥地帯を見ておくのもいいだろう。
「俺がやりますよ。紹介状をください」
「ステくんは知恵者なの?」
「人並みじゃだめですかね?」
「やり手がいないから、いいわ。ギルドの顔があるから、とりあえず行くだけ行って」
「大丈夫です。ギルドの顔に泥を塗るような仕事はしません」
紹介状を受け取る。転移門でクルファンまで一度、飛んでから、チノン村に飛んだ。
チノン村は背の低い草原に囲まれた場所にあった。
村の中に大小の水路が張り巡らされており、ナツメヤシの森を囲んで家が存在した。
村には二百軒ほどの家があるので、まずまずの規模だった。
紹介状の宛先になっている場所に行く。半分まで建った、木造の家があった。
家の周りには、人がいない。
建築現場だけど、人がいないな。休憩時間なのかな。
辺りを通りかかった老人に尋ねる。
「オリーブの街から来ました。大工の手伝いに来た冒険者です。大工さんを見ませんでしたか?」
老人は暗い顔で教えてくれた。
「あんた、タイミングが悪いね。大工なら、仕事にならないんで朝に帰っちまったよ」
納得がいかないので尋ねる。
「でも、家は建てている途中ですよ」
「大工がいても、どうしようもないんじゃよ。木材が届かなくなっちまったのさ」
木材がないのなら家は建たない。
「建材がないのでは家は建ちませんね。でも、どうして、木材が届かないんですか?」
「クルファンの木工ギルドが、チノン村には木材を売れないと言い出した。どうしても、木材が欲しければ、村のナツメヤシを伐れと脅してきたんじゃ」
村には数百本のナツメヤシの樹があったので、疑問だった。
「ナツメヤシは建材にできないんですか?」
「ナツメヤシは建材にできる。じゃが、この村のほとんどは百姓じゃ。ナツメヤシの実を売って生活している。下手に樹を伐れば、伐った家の生活が立ち行かなくなる」
伐れない木を伐れと要求するなんて酷いね。
「どうして、そんな事態になったんですか」
老人は厳しい顔で教えてくれた。
「クルファンの木工ギルド・マスターのサルマーンには息子のナシールがいる」
「それが何か、問題でも?」
「チノン村の村長のザフィードが、娘のアイシャをナシールの嫁にやると約束したのが、始まりさ。村長は約束を破って娘を嫁にやらなかった」
恋愛感情の縺れから、家の面子の問題に発展したのか。ちょっと、厄介だな。
「なるほど、感情が縺れに縺れて、木材を売らない騒動に発展したんですね」
「そうじゃよ。だから家が建つことはもうない。遠くから来なさったところ悪いが、帰りなされ」
ここで帰るのは簡単だ。だが、それでは子供のお使いと変わりがない。
老人が去ろうとしたので、尋ねる。
「最後に一つ、教えてください。この家の建て主は誰ですか?」
「村長のザフィードじゃよ。村長の家に行くのなら、河の上流にある赤い大きな屋根の家を探すといい。行っても、面白い話にならないと思うがのう」
老人に礼を言って、ザフィードの家を探した。
ザフィードの家はすぐに見つかった。
水汲みをする老いた下男がいたので尋ねる。
「オリーブの街から来た冒険者です。何か力になれる仕事はありませんか」
下男は曇った表情で、ステをじろじろと観察する。
「ずいぶんと若い冒険者だね。知恵者でもなさそうだ。できることなんて何もないさ」
「そう諦めずに、力になりますよ」
「なら、待ってなさい。旦那様に訊いてきてあげるよ」
「お願いします、きっと役に立ちます」
数分ほど待たされると、下男は出てくる。
「やっぱり、頼む仕事はないそうだよ」
「そうですか。わかりました」
一度は引き下がるが、このまま帰る気はなかった。
転移門からクルファンの街に飛ぶ。
クルファンの街で木工ギルドの場所を教えてもらった。
木工ギルドは街の外れにあった。
木工ギルドは周囲六㎞と、大きな敷地に立っていた。
ギルドは静かだった。ギルドの入口や倉庫の入口には見張りが立っている。
見張りは誰もが不安な顔をしていた。
静か過ぎる。まるで作業の音がしない。
木工ギルドの様子がおかしいぞ。
ステは木工ギルドの周りを一周する。
木工ギルドは高さ三mの目隠しの塀に囲まれていた。
人の目がない場所から、塀を乗り越えて中に侵入する。
木工ギルド内の製材所には人影はない。
人がいないな。休み時間でもないだろうしなぜだろう?
人に見つからないように注意をしながら移動する。
製材所に併設された倉庫の一つを覗いた。倉庫の中には木材がなかった。
引っ越しの途中でもなさそうだし、仕事で全部の在庫を出し切った様子でもない。
倉庫の中には、項垂れて椅子に座る一人の年配の男がいた。
倉庫の中に若い男が入ってくる。
「父さん、駄目だった。ザフィードさんは、話に乗れないそうだ」
「駄目か。送り出した冒険者も帰ってこない。弱ったな。打つ手なしだ」
若い男が険しい表情で進言する。
「もう、皆に黙っているのも、限界だ。事情を話すべきだよ」
「悪魔と勝負に負けて木材を全部ごっそり盗られたなんて、言えるか」
何だ、売れないって話じゃなくて、品物がないのか。
ステは倉庫の入口に回って姿を現した。
「よかったら、力になりましょうか」
二人は驚いた。
「誰だ、君は?」
「ザフィードさんに雇われた冒険者です」
年配の男が緊張した顔で訊く。
「まさか、ザフィードは助けてくれる気になったのか?」
「詳しく事情を聞かせてもらえますか」
二人は顔を見合わせる。若い男から口を開いた。
「僕の名前はナシール。隣は父のサルマーンだ。僕たち親子は今、大きな困難に直面している。悪魔との勝負に負けて、ギルド中の木材を取られてしまった」
ナシールの顔は真剣だった。
「続けてください」
「悪魔はもうひと勝負してもいいと言っている。ただし、今度はチノン村の全てのナツメヤシの樹を賭けることを条件にした」
「勝てば木材が戻ってくる。負ければチノン村が破滅する、か」
サルマーンが険しい顔で語る。
「そうだ。悪魔は謎を出す。謎に答えられないと、勝負は負けなのだ」
「どんな、謎が出たんですか?」
「王宮の芝が何本あるか答えろって問うんだ。そんなの、わかるわけがない」
けっこう意地の悪い出題をする悪魔だな。ドリーみたいだ。
でも、ドリーみたいな悪魔なら、王宮の面積や、芝の割合は隠されたヒントとして教えてくれる気がする。
とすると、後は芝の密度がわかれば行けるか。父さんは、良い芝は一㎡当たり、三十五万本と言っていたな。
「よし、悪魔が出る場所を教えてください。僕が悪魔を退治して、材木を取り返してきます」
ナシールは沈んだ顔で警告した。
「力尽くは、止めたほうがいい。数日前、六人の腕の立つ冒険者に依頼を出した。だが、冒険者は帰ってこない。きっと悪魔にやられたんだ」
「大丈夫。俺はきっと木材を取り返して帰ってきます」
サルマーンは弱り切った顔で頼んだ。
「なら、お願いするよ」
悪魔が出現する場所を教えてもらう。
教えられた位置はクルファンの村から四十㎞離れた所だった。
ステは木工ギルドを出ようとした。すると、エラと遭った。
「エラか、どうしたの?」
「製材所に働きに来たのよ。知恵者募集だから、ちょっと興味があって」
エラを他人目に付かないところに連れて行って、「実は」と事情を打ち明ける。
エラは怒った。
「他人の材木を全て持っていくなんて、悪い悪魔ですね。いいです。一緒に行って、とっちめてやりましょう」
市場で保存食と水を買う。保存食はクルファンでは乾燥ナツメヤシが一般的だった。
準備万端にして悪魔の出る場所に行く。
悪魔の出る場所は十tほどの四角い岩がある以外は、何もない平原だった。
「おかしいな。ここでいいはずなんだけど。あまりにも何もないから、場所を間違えたかな」
「いや、合っているぞ、人間ども」
岩の上から声がして、空間が揺らぐ。何もない場所からドリーが現れる。
ドリーは得意気な顔で胸を張って話す。
「我は四魔将ライゼン様が麾下、謎懸けのドリーだ。もし、俺様の謎に答えられたら、木材は全て返そう。だが、答えられなかった時は――、ってお前は、いつぞやの人間」
「何だ、木材を盗んだ悪魔って、ドリーだったのか」
ドリーは邪悪な笑みを浮かべる。
「ふふふ、いい機会だ。前回の屈辱を晴らす。お前たちが負けたら、チノン村のナツメヤシの樹をみんな切り倒してやる」
「それは、なしで。俺たち、チノン村とは関係ないから」
ドリーは面食らって驚いた。
「じゃあ、何で、ここに来たんだよ?」
「それは、木材取り返しにさ」
「話が通じてないぞ。没収した木材を返して欲しければ、同等の何かを賭けろ」
「わかった。なら、俺が負けたら、獅子王刈をやるよ」
ドリーは興味を示した。
「お前の武器か。ちょっと見せろ」
ドリーはステの武器を確認して驚いた。
「お前、これは四魔将が一人、獅子王グスタフ様の武器だぞ。何で人間が持っている?」
「そうなの? 何か、畑を荒らしに来た魔物を父さんが退治した時に、良い武器だから回収した、って言ってな」
「お前の父親は何者だよ?」
「普通の百姓だよ」
ドリーはステの言葉を疑ったが、気を取り直す。
「まあ、いいさ。お前の武器には価値がありそうだから、チャレンジを認めてやる。では、問題だ。世界が平面ではなく、丸いことを証明してみせろ」
「あれ? 王宮の芝の数を当てる問題じゃないの?」
ドリーは上機嫌に吠える。
「同じ問題を何度も出すか! どうだ、難しいだろう。使ってよいものは、ここにある品だけだ」
「何だと? ここにあるものって、ここは平原の真ん中で、何もないぞ」
ドリーは余裕綽々の態度で告げる。
「ふふん、どうだ。前回のように橋を架けるみたいな馬鹿げた解答は、できないぞ」
エラが深く考え込み、尋ねる。
「移動していい良い距離って、どれくらいですか」
「一キ――、五百、いや、二百m未満だ。ただし、飛ぶのは、なしだ」
エラの顔が輝いた。
「それなら、簡単です。高い樹に登って、上から見ればわかります」
ドリーはふんと鼻を鳴らす。
「お前は、やはり馬鹿だな。ここに樹はない」
「人に馬鹿って貶すほうが、馬鹿なんですよ。じゃあ、実演できたら正解でいいですね?」
ドリーは、たじろぐ。ドリーは一度さっと周囲を見渡し確認してから答える。
「お、おう、立証できたらな」
エラは保存食の乾燥ナツメヤシの実を取り出す。
ナツメヤシの実を地面に植えて、水を撒く。
神語魔法を唱えると、木は伸びて二十mのナツメヤシになった。
ドリーは意地悪く意見する。
「そんな二十mばかし高い場所に登るったところで、証明できるかな?」
「いいえ、ここからが本番です」
エラはナツメヤシの樹の天辺まで登ると、更に神語魔法を唱えた。
すると、木は幹が太くなり、上に向かって、ぐんぐん伸びた。樹は雲に届かんほどに大きくなった。
ドリーの顔は蒼くなった。
上からエラの声がする。
「ぎりぎり、二百m未満です。でも、ここから、四十㎞先のクルファンの街が見えます。ステから、クルファンの街が見えますか?」
「いや、見えないよ」
エラが樹をするすると下りてきた。
「ほらね。世界が平面なら、高い位置から見ても、低い位置から見るても、クルファンの街は見えるはず。世界は丸いから、高い樹の上から見ると、遠くが見えるんですよ」
そうだね。理屈の上では合っているね。ただ、二百mの樹を瞬時に生やすなんて、エラにしかできないけどね。
ドリーは納得していなかった。
「違う、違うんだ。これは、夜になって月を見て解くのが正解なんだ」
エラは怒った顔で抗議する。
「悪足掻きは、よしてください。偉い学者さんが理論を駆使する証明。樵が高い樹に登って、この大地は丸いんだなって感じる感性。両者は同じものなんです」
ドリーは自棄だとばかりに怒った。
「わかったよ。材木は返してやるよ。だが、お前たちは別だ。オリオン。こいつらを始末しろ」
ドリーが飛び退く。空間が黒く歪み、鎧を身に纏った全長五mの剣士が現れる。
エラが身構えるので、ステは前に出る。
「いいよ。俺が片付けるから」
ステは万能属性の気を大きく発揮して身に纏う。
万能属性の気を最大限にして、獅子王刈に流し込んだ。
「大鎌術・大鬼刈の刃」
数倍に大きくなった大鎌をステは薙ぐ。
オリオンは、ステの一撃を剣で受け止める。だが、ステの大鎌の威力は激しかった。
ステはオリオンを剣ごと薙ぎ真っ二つにした。
オリオンが黒い靄となり消える。
さて、こっちは片付いた。後はドリーか。
ドリーを探すと、ドリーはいつのまに消えていた。代わりに百mほど離れたところに大量の材木と丸太があった。エラが街に木材が戻った状況を知らせに走る。
材木と丸太は、七日を掛けて、クルファンの街の木工ギルドに戻った。
クルファンの街に材木が戻ると、チノン村にも材木が提供される。
家の建築が再開された。




