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第一話 立派なお百姓さん

 赤く染まる春の空の下、ステはカレンの街をひた走る。

 かつて栄華を誇ったカレンの街だが、災害を前に住民に捨てられていた。


 街には不気味な地鳴りが鳴り響き、小刻みに揺れている。

 石造りの街の壁がぼろぼろと音を立てて崩れる。どん、と大きな揺れが来る。


 ステの前で建物が崩落した。ステは崩れくる建物の間を全速力で駆け抜ける。

 既に倒壊した建物が道を塞いでいた。ステは崩れそうな足場を瞬時に見分ける。


 瓦礫から瓦礫へとジャンプしながら通り抜けた。街の広場に来た時、一際ぐんと大きな揺れが来た。


 あまりの大きさに立っているのがやっとだった。広場付近にあった建物が崩れ落ちる。

 揺れが一時的に収まったタイミングでステは駆け出す。目的の神殿が見えてきた。


 神殿の入り口は崩落により、かなりの部分が崩れていた。どうにか、一人が這って通れる分は空いていた。


 通過の途中ないしは、中に入った後に崩落すれば、出られない可能性が高かった。

 ステは数秒ほど迷ったが這って穴の中を進む。


 神殿の中は天井や壁が崩落していた。

 見渡せば神殿を飾っていた天井画や壁画が無残な状態になっていた。


 ステは神殿内を進む。台に載った高さ二mの女神像が見えてきた。

 女神像の前に進もうとすると、女神の像の前に黒い光が集まる。


 ステは危険を感じた。背負っていた大鎌を抜く。

 大鎌の長さは、ステの身の丈ほどもある。大鎌には広く鋭い刃が三枚付いていた。


 一見すると草刈り大鎌だが、ステの持っている鎌は属性大鎌と呼ばれる武器だった。


 黒い光の中から身長二mの体格のよい悪魔が現れる。

 悪魔は青い体を持ち、立派で大きな二本の角を生やしている。


 悪魔がステのほうを向く。悪魔の背中から蝙蝠の羽が生え、手に鋭い鉤爪が伸びた。

 ステは飛び掛かり、横薙ぎに大鎌を振るう。悪魔の爪がステの大鎌を弾いた。


 悪魔が爪を振り下ろす。ステの大鎌が悪魔の爪を防ぐ

 十合ほど打ち合うが、互いに決め手はない。


 悪魔が飛び上がる。悪魔の前に大きな黄色い火の玉が出現して、ステに向かってきた。

 ステは火の玉を大鎌で斬る。大鎌に火の玉が当たると火の玉は砕け散った。


 属性大鎌は属性を持つ攻撃を吸収する。ステの大鎌は、火属性を吸収していた。

 だが、悪魔の放つ魔法は強く、ステの大鎌では吸収しきれなかった。


 吸収し切れなかった火の玉の欠片(かけら)が辺りに散る。

 悪魔は魔法で押し切れると思ったのか、火の玉を連続で放つ。


 ステは攻撃を防ぐので手一杯になり、動けなくなった。

 まずい、このままではいずれ属性大鎌が限界を迎える。


 悪魔の勝ちが確定しそうだった。

 どん、と地面が揺れた、神殿の天井が落下してきた。


 ステは後ろに一歩を引いて落下した瓦礫を躱す。

 だが、悪魔は躱せず大理石の塊が頭を直撃した。


 悪魔が堪らず下に落ちて、膝を突く。隙ができた。

 ステは走り込んで大鎌を左から右に薙ぎ払う。悪魔は寸前で大鎌を受け止めた。


「属性解放」とステは叫ぶ。

 大鎌が今まで貯めたエネルギーを解放する。悪魔が打ち出してきた炎が悪魔を襲う。


 悪魔の全身が炎に包まれ、悪魔が絶叫する。悪魔が大鎌から手を離した。


 ステは大鎌を突き出し引き戻す。大鎌には大小二つの刃が付いている。悪魔は大刃を躱す。だが、大刃の動きはフェイント。小刃が、油断した悪魔の首を刈った。


 悪魔はそのままどさりと倒れると、黒い靄となり消えた。

 なんとか、勝てたな。


 ステは大鎌を背負い直す。すると、女神像が仄かに光り輝く。

「心正しいきものよ、貴方には、これを授けましょう」


 女神像の前に光る直径八㎝の宝珠が現れた。宝珠を手に取った。

 ステの左の掌が光った。掌には紋章が現れる。


 ステが紋章を見ると、紋章は薄くなり消えた。

 揺れが激しくなる。振り返ると入口が塞がっていた。


 まずい、閉じ込められた。宝珠が激しく光った。

 気が付くとステは街の入口にいた。足元には、光を失った宝珠が落ちていた。


 宝珠を拾い上げると、宝珠にはステの顔が写る。ステの髪は茶色でぼさぼさ。顔は丸顔で鼻は少し低い。瞳の色は黒で、意志の強そうな黒い目をしている。


 ステは首に下げているホイッスルを吹く。

 蹄に黒い光を灯した真黒な馬が空を駆けて来る。


 黒い馬の(たてがみ)と尻尾は燃えるような黒い。ナイトメアと呼ばれる魔獣だった。

 ステはナイトメアに跨がると、空高く飛んだ。


 上昇すると浮遊島が崩れていく光景が見えた。

「危なかった。危なく浮遊島の崩落に巻き込まれるところだった」


 空に光の輪が見える。光の輪を潜ると意識が一瞬ふっと途切れる。

 体が怠い。目を開けて体を起こすと部屋の中だった。


 ステを見守る騎士がいた。騎士が緊張した顔で訊く。

「ステよ、悪魔の世界から神の宝珠を取り出す行為に成功したか」


 寝不足のように頭ががんがんと痛い。ステは体を起こすとベルト・ポーチを探る。

 ベルト・ポーチの中には悪夢の世界に行く前にはなかった宝珠があった。


「これで、いいんですかね」

 騎士は宝珠を受け取ると歓喜の声を上げて、外に出て行く。


「王女、やりましたよ。宝珠です。宝珠が手に入りましたよ」

 騎士と入れ違いに、少女が入ってくる。少女の名はマリア。


 マリアはステに抱き着いた。年齢はステより一つ下の十六歳。亜麻色の髪を肩まで伸ばしており、目は青色でくりっと大きい。服装はおとなしめの緑のワンピースを着ている。


 マリアはステと同じ村の宿屋の娘だった。

「心配したんだから。悪夢の世界で死んだら、死ぬまで目が覚めないのよ」


「誰かが行って宝珠を取ってこなきゃ、悪夢の世界に囚われた人が帰ってこられなかっただろう」

「でも、ステは単に武器を扱えるだけで。百姓なのよ。英雄や勇者じゃないわ」


「そうでだけどさ、帰ってこられたから、よしとしてよ。それじゃ俺、午後は仕事があるから」

 ステは起き上がると宿屋を出る。ステの住むピオネ村は人口三百人の小さな村である。


 村の外れにはダンジョンがあり、村はダンジョンの財宝を目当てにやってくる冒険者を相手にした商売で成り立っていた。


 村には、宿屋、武器屋、防具屋、道具屋、薬屋、治療院、魔術師ギルド出張所、冒険者ギルド、銀行、食料品店、と冒険に必要な施設は、たいがい揃っていた。それぞれの店に商品を卸す工房も多い。


 ステの家は村の外れにある。広さは二百㎡と、村の中では小さい家だった。家の傍には百㎡のとても小さな菜園を三つ備えていた。


 菜園の傍では一人の男が寛いでいた。ステの育ての親であり名前はオンジ。

 オンジは四十二歳。小太りで丸顔、髪は赤毛で、優しい顔をしている。


 恰好は茶の野良着を着ている。

「ただいま、父さん。ちょっと冒険に行ってきた」


 オンジは明るくステを迎えた。

「そうか、冒険か。若いうちは色々とやったほうがええ、飯にしようか」


 ステとオンジは昼食を摂る。その後、畑に生っていた薬用人参を収穫する。

 午後は魔法薬を調合するので、ステも手伝った。


 ステは慣れた手つきで作業をしながらオンジに尋ねる。

「ねえ、父さん。魔法の調合って、錬金術師や薬師の仕事だけど、よくやり方を知っているね」


「うちは代々百姓やからな。ある程度、なんでも自分でできんと、あかん。生命の霊薬は金になるからのう。錬金術をちょっと知っておけば、凶作でも困らん」


 農業は自然任せの側面があるからな。こういう副業の技術も必要か。でも、父さんの薬って、どこに流れて行くんだろう。


 オンジは薬を時々、作る。だが、村で売ると競争になるからとの理由で、村では売っていなかった。薬は村に買いに来る謎の商人に売っていた。


「大鎌術も父さんから教えてもらったけど、大鎌術は戦士の技だよね。どうして知っていたの?」


「畑を守るためやで。ここは、まだええ。でも、僻地に畑を持ったら、畑を魔獣から守らねばならん。百姓たるものベヒーモスくらい斬れんと畑は守れん」


 ベヒーモスがどんな魔獣か詳細は知らない。ただ、とても大きな獣だとは、知っている。

 そんな大きな獣が畑を荒らしに来ても、一人前の百姓なら斬れて当然なのだろうとステは思う。


「そうか、百姓だもんね。でも、対人間用の剣術や兵法を教えてくれるのはなぜ?」


「百姓はいつ徴兵されるかわからん。戦場に着いてから剣の使い方を学んでいたら終わりや。神速無双くらい使えんと戦場で死ぬ。兵法は知っていたら戦場で予測が立つ」


 オンジには剣術も教えてもらっていた。だが、大鎌でも剣でも、オンジに一度として勝てた例がなかった。


 また、オンジは有名な兵法書の中身を暗記している。本を見なくても、すらすらと語ってくれた。

「魔法は賢者や魔法使いの技だけど、魔法を教えてくれたのはなぜ?」


「百姓の敵は自然や。弱い百姓は死ぬしかない。せやけど、大震界があれば、津波や地震を波動で打ち消せる。神界結界があれば、隕石が降って来ても死なずに済む」


 ステにはまだ大震界や神界結界クラスの超極大魔法は補助なしでは使えない。だが、大津波にも大地震にも隕石にも遭遇した経験がないので、幸運だと思っていた。


「そうか、百姓だもんね。なら、死者蘇生や奇跡の願いを知っているのはなぜ?」


「百姓やからや。家畜が死んだら大損や。それに、百姓は弱い。世の中、生きていたらどうにもならない事態は多い。そんな時、奇跡の願いを知っていたら神様が助けてくれる」


 ステには死者蘇生や奇跡の願いは、道具なしでは使えない。だが、ステは使えないのは、ステ自身が未熟な百姓だから、との思いが強かった。


 オンジは両方とも使えるとの説明だった。だが、死者蘇生をすると治療院と競合するのでしない。

 奇跡の願いは神様に頼むような大それた願いはない、との話だった。


「そうか。父さんの訓練は立派な百姓になるための修行なんだね」

 ステは純真を通り越して、馬鹿だった。だが、無理からぬことだった。


 オンジの実力は最も神に近い人間と評価できた。だが、オンジは普通の人間として振舞う。ステもまた自分をオンジと同じ人間だと勘違いする。


 オンジが百姓はこうだと主張すれば、そんなものかと思う。


「わいはステに立派な百姓になってほしい。でもな、ステがもし、百姓が嫌だったら。違う道を行っても、いいんやで」


「他の道か。百姓以外は考えたことがないや」

「ただし、これだけは忠告しておく。どんな道を行っても苦労はあるで」


 ステは自分の将来を漠然と、オンジと同じ百姓になるのだと思っていた。また、それ以外に道は、ないように感じていた。


「いいよ、おれは父さんみたいな立派な百姓になる」

 翌日、騎士がステの家を訪ねてきた。騎士は改まった顔で告げる。


「ステよ。王女は、この度のステの働きを大変に喜ばれた。よって、ここに金貨百枚の褒美を取らせる」


 金貨百枚か、悪夢に囚われた人々を助けたかっただけ、だったんだけどな。随分と貰えたな。何に使おう。


 ステは、報酬が安すぎるとは考えなかった。

「ありがとう、ございます」


 ステは素直に礼を述べる。騎士が帰って行った。

 ステはオンジに金貨の入った袋を差し出す。


「父さん、お礼に金貨百枚、貰ったよ」

 オンジはステから金を受け取らなかった。


「それはよかったな。金貨はお前が努力して稼いだ金や。お前が好きに使ったらええ」

 ステは纏まった収入に心が華やいだ。


「金貨百枚か、何に使おうかな。そうだ、父さん、新しい農具でも買おうよ。または畑を拡げよう」

 オンジは優しい顔で指示した。


「お金はステのために使いなさい」


 ステのために使えと言われても、困った。

「自分のためか。でも、属性大鎌は手に入れたからな、欲しいものはないな」


「お前も、もう十七や。なら、ステは、その金で世界を見てきたらええ。金貨百枚もあれば、けっこう広く旅ができる」


「わかった、なら、立派な百姓になるために見分を広げてくる」

「そうだな。ステの将来を決める旅になると、ええのう」


 ステは浮き浮き気分で旅の準備を進める。

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