六、花のある日々
すごーく間が開いてしまいましたが…第六話です。
ここから少しずつ、運命が交錯していく…!予定です。ですが、これは泥沼不倫ものではありませんので悪しからず……
『研究室にお茶でも飲みにおいで』
締め切り破り常習犯、改め、杉元先生からそんなメールを受け取ったのは、締め切り騒動が起こった2週間ほど後のことだった。
こういった類のメールを受け取るのは、実は初めてでは無かったりする。というか、もう数えきれないほど受け取った。
杉元先生は寂しがり屋なのだ。研究室に人が居ないのが耐えられない、と常々ぼやいている。
普段なら学生がひっきりなしに出入りしているけれど、テスト期間や長期休みなどはさすがに研究室に学生は寄り付かない。
そんなとき、寂しくなって担当編集の俺に連絡をしてくるのだ。
もちろん俺だって暇ではないから、本当に会いに行けるのは半分くらいの確率なんだけれど。会いに行くと『本当に来たんだ』と素知らぬ口調で言いながら、先生はどこか嬉しそうに迎えてくれる。
「アレ? でもまだテスト期間には早くないですか?」
先生が手ずから淹れてくれたインスタントコーヒーを飲みながら、壁にかかったカレンダーに目を向ける。
今は6月の下旬。『もう少し梅雨は続きます』という台詞を出掛け際に見たニュースで聞いた。
しとしとと雨が降り続く、今日はそんな日だった。
「君は、僕のことを何だと思ってるんです?」
「寂しがり屋の、締め切り破り常習犯」
「心外だ」
ギシギシと椅子を揺らして、先生はコーヒーを啜った。まるで『気分を害しました』とでも主張したげだ。
「君と話をしたくなったんですよ」
「へぇ、それはまたどうして」
少し、驚いた。
俺と杉元先生は、確かに仲は良好だ。けれど、あくまでそれは仕事上のパートナーとして。
今までだって、個人的な話は殆どしてこなかった。
「世界が狭いな、と思ってしまって」
「世界?」
呟くように言った言葉を聞き返す。
世界とはどの世界を指すのか。
「僕の世界だよ。大学の研究室と、学生達。それから、彼女。それらが僕の世界を構成する全て。そう思ったら狭いなぁって思ってしまって。友人と呼べるような人があんまりいないから」
世間一般とズレていくのが、怖くなったんだなんて薄く笑う先生の姿に、俺はなるほどと頷いた。
「婚約者さんがいるじゃないですか」
「彼女だって研究者だから。やっぱりちょっと違うだろ」
照れたように嘯く彼の姿に、あれ? と思う。
「婚約者さん、研究者だったんですね。俺はてっきり……」
「OLかとおもってたって? 残念、化粧品会社の開発部勤務だよ」
今が山場らしくて。今日も泊まり込みなんだ。
「へぇ、それはそれは……」
大変ですね、と言いかけて口を噤んだ。
ああ、やっぱりこの人は。
「色々もっともらしい理由を付けて結局寂しいだけじゃないですか」
「うへぇ、ばれた」
だって今日で3日目なんだもの。
マグカップを手にため息をつく彼は傍から見たら画になるが、口にする内容は子供の戯言だ。1人の家が耐えられないなんて、そんな。
「アレ?先生っていくつでしたっけ?」
「……それ、彼女にも同じこと言われたんだけど。どういう意味?」
ムッと口を尖らせて、不満げな表情をする彼に知らず笑いがこみ上げる。先生の婚約者さんもこんな気持ちなんだろうか。気が合いそうだ。会ってみたい。
「そうだ、そんなに寂しいなら今日家に遊びに行ってあげますよ」
「……なんでちょっと偉そうなの?」
俺の言い方が気に食わなかったのか、先生のムッとした顔にジト目が加わった。
「だってなんか、面白くて」
「ムカつく」
今にも笑い出しそうな俺とは対照的に、完全にヘソを曲げたらしい先生は椅子ごと背を向けてしまった。
ああ、からかい過ぎたか。仮にも10コ年上の人だしな、なんて俺が考え出した頃。
「ムカつくけど、家に来るなら歓迎する」
聞き逃しそうなほど小さい声がして。俺は耐えきれずに噴き出した。
「じゃあ、お邪魔します」
なんだ、このからかいがいのある人は。すごく、楽しい。
これからは今まで以上に、仲良くやれそうだ。