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魔法のオムレツ

作者: 境 陽月

とある国の海辺、陸から少し離れた小島に古い修道院がありました。

そこは大天使ミカエル様に守られた聖なる島だったので、国中から大勢の人が巡礼にやってきました。

遠浅の海に囲まれたこの島は潮が引くと砂浜づたいに陸地から渡れるようになりますが、潮が満ちれば離れ小島になって巡礼の人たちは帰れなくなってしまいます。

そこで島には巡礼者を泊める宿屋がいくつも建てられていました。

その一軒に料理の得意なおばさんがいました。

この島は船も人も近寄りにくい場所だったのでお肉も野菜もお魚も手に入りにくくて、いつも苦労して料理をつくっていました。


ある年のことです。

夏だというのに冷たい風が吹いて国中の畑がみんな枯れてしまいました。

その年の暮れに若い夫婦の巡礼者がおばさんの宿にやってきました。

年の初めに赤ん坊を授かって喜んでいたのにすぐに死んでしまったので冥福を祈りにきた、ということでした。


―不作で食べ物がなくてね、妻のお乳が出なくて弱っていったんです―


おばさんは少ない野菜をかき集めてスープつくって夫婦に出しました。


―ありがとう、とてもおいしかったよ―


スープを食べ終わると若い夫婦は故郷に帰るために旅立ちました。

翌日、浜辺に冷たくなった夫婦の亡骸がうちあげられました。

飢えと長旅で弱った足では満ち潮がくる前に向う岸に渡ることができず、溺れてしまったのです。

道端に咲いていた一輪の花を抱き合ったままの夫婦の手に握らせて、おばさんは仕事に戻りました。


またある年は伝染病が流行って大勢の人が亡くなりました。

その年の暮れに疲れ切ったお婆さんが宿にやってきました。

一緒に暮らしていた息子一家が伝染病で全員死んでしまって独りぼっちになってしまった、ということでした。


―罪深いことに、一番あの世に近いと思っていた私が生き残ってしまいました―


なんとか手に入れた小さな魚が入った鍋をおばさんはそっと差し出しました。


―ありがとうございます、とてもおいしかったわ―


お婆さんは帰りを待つ人もいない故郷に旅立ちました。

翌朝、お婆さんは門の傍に座ったまま冷たくなっていました。

夜の間、引き潮を待つ間に体が凍えてしまったのです。

安らかにほほ笑んだままのお婆さんの手に一輪の花を握らせて、おばさんは仕事に戻りました。


そしてある年は戦争が起きて大勢の兵隊さんが遠い戦地へ送られました。

戦争が終わってしばらくして小さな男の子を連れた母親が巡礼にきました。


―お父さんは仕事が忙しくて戻ってこれないから、早く帰ってこれるようミカエル様にお願いしに来たんだ―


でも母親は黙って、悲しそうに首を横に振りました。

厨房に戻ったおばさんでしたが残っていたのは卵だけ。

これでは小さなオムレツをつくるのがやっとです。

とにかく卵をフライパンに入れようとしておばさんは手を止めました。

あの男の子が少しでも元気になるようなお料理はないものだろうか?

少しだけ考えてからおばさんは卵を泡立てはじめました。


―うわぁ?すごく大きなオムレツだ!―


男の子は驚いて声をあげました。

皿からはみだすほど大きなオムレツが湯気を立てていました。

母親もびっくりしてオムレツを返そうとします。


―こんな大きいオムレツを食べられるほどのお金がないんです―


おばさんは笑って手の平の上の卵の殻を見せました。


―え?卵を二つしか使ってないって?そんなはずは―


おばさんは少ない卵でも大きく見えるように、泡立てて空気をたっぷり含ませたのです。

それ以上は何も言わずにおばさんは厨房へ戻っていきました。


―すごいよ、ふわふわだよ。とっても暖かくてお口の中で溶けていくよ―


嬉しそうな男の子の声を背中で聴きながらおばさんはフライパンを片付けました。

翌朝、元気な男の子が先に立ってふたりは故郷へ旅立ちました。


次の年の春、あの親子からおばさん宛に手紙が届きました。

手紙にはいろいろなことが書かれていました。

途中で山賊にあったけど大天使ミカエル様の守護のおかげで助かったこと。

父親の死を男の子に告げたこと。

男の子と一緒に一晩中泣いたこと。

今は男の子と二人で畑を耕してがんばっていること。

手紙の最後は子供の字でこう結ばれていました。


―魔法のオムレツ、すごくおいしかった―


おばさんは手紙を大事そうに箱にしまいました。

それからテーブルの小瓶に花を一輪かざって、仕事へ戻りました。


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