チョコレート・イースターエッグ
「よかったら、息子さんにどうぞ」
可愛い模様のアルミにくるまれてる卵のようなものを、渡された。
休日出勤の帰り、教会の前でのことだ。
「イースター・エッグです。といっても、これは子供むけに、
卵の形をしたチョコで、中は空洞で、小さなオモチャが入ってます」
神父さんはニコニコしてる。今日は、オメデタイ日なんだな。
家に帰り、息子の位牌のある仏壇にそなえた。
キリスト教のお祝いのものだけど、いいのだろうか?と思いつつ、子供用のチョコだからと、息子の写真に話しかける。
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私の結婚生活は、息子が3歳の時に、突然、終わった。
妻が、離婚届と手紙を置いて、出て行ったのだ。
”ごめんなさい。パパとは短かったけど、楽しく幸せでした。
でも、私、他に好きな人が出来たの。私は、自分の気持ちに正直に生きます。”
手紙には、自分の息子の、渉の事は、一言も書いてなかった。
妻の家出より、”そんな母親もいるんだ”という事に、私は驚いた。
その日から、私のイクメン生活(地獄付き)が、始まった。
父母に頼ろうとしても、父が脳梗塞で倒れた後、母はつきっきりで父の介護をしてる。
とても頼めなかった。
妻の両親には、意地でも頼りたくない。
学校にあがるまで、保育所通いでなんとかやってきた。幼稚園の行事は、ほぼ
不参加、私の母が無理をして行ってくれる時もあったが。
渉が小学生になると、少し楽になった。渉は放課後は児童館で過ごし。
終わると、短時間なら一人で留守番出来るようになった。
私も、イクメンになった時から、仕事では、不規則で忙しい営業から、
比較的、定時に帰る事のできる総務に、部署をかえてもらった。
それでも、病気で熱を出した時は、欠勤や早引け等で、同僚に迷惑をかけたと思う。
会社というのは、それなりに事件もあって、3年前の12月、会計担当が会社の金を横領してたのがわかった。
その日は一日中、大騒動で私も対応に追われた。
遅くまで残業した。運悪くその日は渉の誕生日で、ヒマを見て自宅に電話はした。
渉は、がっかりしたようだったけど、
”お仕事、頑張って”という言葉をもらい、私は必死に仕事をこなした。
慌てて家に戻ると、渉が私にとびついてきた。
「パパ、ちゃんと新型携帯ゲーム機と”雷獣の冒険”のソフト、買ってきてくれた?」
しまった・・プレゼントを買うのをすっかり忘れていた・・
前日までは、覚えてたんだけど。
私は、”これから買いにいってくるから”と、電気屋に飛び込んだ。
ソフトは、手に入れたものの、新型の携帯ゲーム機は、
”メーカーでも品切れで、今、予約しても、いつ入荷になるか”
と、店員に言われ、落ち込んだ。
今回は大ポカだ。息子になんて言い訳しよう・・
渉の事を、大事に考えてるつもりで、仕事で頭が一杯になったんだ。
家では、息子と大喧嘩になってしまった。
「パパ、約束したよね。誕生日に買ってくれるって。」
「悪い。すぐ買えるもんだと思ったら、メーカーにも在庫がないそうだ。
予約したから、ちょっと先にはなるけど、かならず買ってくるから。」
「・・・早めにヨヤクすれば買えた・・。そうでしょ?僕は誕生日に欲しかったのに」
小3になってから、頭がまわるようになったのか、ごまかせなかった。
新型発売の事を考え、早めに予約すればよかったんだ。
「あまり我儘いうもんじゃない。メーカーにもないから、どうしようもないんだ!」
私も、カっとして口調がキツくなったかもしれない。
「パパなんて、大嫌いだ」
渉は、大声で私にたたきつけ、泣きながら家を飛び出した。
私は、あわてて追いかけたけど、かえってそれが裏目にでたのかもしれない。
息子は、そのままの勢いで道路に飛び出し、車にひかれた。即死だった。
私は、自分を責めた。プレゼントを早めに予約すればよかった。
しかも、当日になって思い出すなんて自分なんて最低の父親だ。
だいたい、在庫品のないメーカーの見通しが悪い。
メーカーを恨み、残業の原因になった”会社の金を横領した人”を恨んだ。
周りを恨み、自分を責め、子供連れを見ては妬む、私は、3年たった今も、そんな真っ暗な日々を送っている。
渉が死んで、4か月もたって、やっと予約したゲーム機を手にいれた。
在庫切れのお詫びとして、子供用の小さな”雷獣ハンカチ”がついていた。
さっそく、ゲーム”雷獣の冒険”をやってみた。
内容は、雷獣と友達の亘が、冒険しながら雷獣の仲間を助ける。
という、ほのぼのストーリーだった。
ゲームの主人公の亘と、息子の名前の渉が重なって、
泣きながらゲームをつづけた。
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今は、ゲーム機とソフトは仏壇においてある。
天国で存分に遊んでくれてるといいんだけどな。
もらったチョコエッグも、喜んでくれるといいな。
息子が死んでからというもの、寝る前に飲む酒の量が、倍以上になった。
私も死んでしまいたい。早く、渉のいる所へ行きたい。
気がつくと、薄暗く、白いモヤがかかる場所に立っていた。
どうやら、飲みすぎて、フラフラ外に出たらしいが、頭が痛くて覚えてない。
前のほうから、泣き声が聞こえる、
「エ・・エエン・・ウグ・・僕が我儘だったから。。」
息子の声だ。
私は、よろけながら、急いで走っていった。
息子は、地べたに座り、膝を抱えて泣いていた。
息子は天国で幸せに暮らしてるんじゃなかったのか?
「渉!!」
「パパ。パパ、やっと会えた。パパ、ごめんなさい。我儘言って。
パパの事、大好きなのに大嫌いなんて言ってしまって・・」
私は 渉の手をとり、家に帰ろうとしたけど、渉は動けなかった。
「ごめん。パパ。パパと一緒には行けないんだ。会えてうれしいけど。」
「じゃあ、パパもここにいるよ。」
息子は頭を横にふった。”パパは長くはいられない。卵の力が消えるまでだ”ってつぶやいてる。
渉の顔が涙と鼻水でグシャグシャになっていたので、私はズボンのポケットから
ハンカチをとりだした。あの、雷獣の小さなハンカチだ。
顔をふいてやった。
息子はハンカチの両端を広げかざしてみてる、
嬉しそうだ。
ともかく、渉は泣き止んでくれたんで、私はホっとした。
そうだ、チョコエッグも、持って来ればと思ったら、ズボンのポッケに
なぜか入っていた。
「はいこれ、イースターエッグ、チョコで出来てて、中にオモチャが
入ってるんだって」と、差し出した。
息子は不器用にアルミの包みをとり、卵型のチョコを割った。
中から、雷獣のミニチュアがでてきて、息子は大歓声をあげた。
「これで、寂しくない。雷獣と一緒だ。」
「寂しくない、パパも、誰が何と言おうと、ここにいるから」
息子は、寂しそうな顔をして笑った。
「パパは、ここにはいられないよ。もう帰る時間がせまってる。」
帰る時間って、ああ、仕事か?会社なんてやめる。
「パパは、”雷獣の冒険”のゲームで、お前を存分に遊ばせてあげたいよ。
あれは、楽しくておもしろいゲームだ。
持ってくるから待ってろ。これから一緒にやろう」
私は、家へと走りかけようとすると、
「電気ないし、それにここは。。」と息子は口ごもる。
ここは?電気がない?私は、頭が回らない。酔ってるんだな、まだ。
息子は、フウっと息をつくと、
「パパは僕に”ゲームをしてほしかった”っていってくれた、僕、うれしいよ」
途端、周りの世界が、パァっと明るくなった。
空は、青くすんでいた。そして立っている場所からは、森と丘と平原が
広がっているのが見渡せた。これは、どこかで見たことがある。
そう、ゲーム”雷獣の冒険”の冒頭部分の景色だ。
「パパ、さよならの時間だ。ありがとう。パパが、僕を雷獣と一緒に、
冒険出来るようにしてくれた」
すると、ハンカチは絨毯のように広がり、ミニチュアの雷獣は、
息子より、ちょっと小さいくらいの大きさの生き物になった。
息子と雷獣が絨毯にのると、宙に浮きあがった。
あわてて、私ものろうとしたけど、もう手の届かない高さまであがっていった。
「さよなら、行ってきます。パパ。・・・遠い先であえるかも・・」
息子の声が 空から聞こえた。
まってくれと、追ったが、走るその先は崖だった。そのまま私は、真っ逆さまに落ち、
頭を打った。
「痛い・・死んだのに痛い」
なんの事はない、私は、酒を飲んで、ねこけて夢を見てたんだ。
そしてベッドから転げ落ちた。ボードにでも頭を打ったんだろう。
とても幸せで少し寂しい夢。
夢でも渉の楽しそうな顔を見る事が出来た。
仲直りもできた。
私は、随分、お酒を飲んだようだ。ズボンもはいたまま寝てたんだ。
あれ?と思ってズボンのポケットに手を入れると、ハンカチがなく、チョコレート・エッグの包みだけが、クシャっと丸まって入っていた。