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私と蛙に毎日ひとつ

私と蛙に毎日ひとつ

作者: 小林晴幸

題材が『結婚』なのでジャンル:恋愛にしてありますが…内容的に、詐欺かもしれません。

取り合えず育ちが悪いせいか、主人公の口が悪いです。




「だ・れ・がっ 貴方達なんかと結婚なんてするものですか!!」


 年頃の娘としてははしたなく、激情に駆られて叫んだ私。

 そうして私は勢いそのままに、持てる全力で自分の屋敷から逃げ出した。

 取りすがる、三人の男共を振り切りながら。



 私は所謂、跡取り娘というヤツでして。

 こんなんでも貴族の御令嬢な訳ですが。

 間違っても「深窓の」という訳でもなく。

 八歳のみぎりまで諸事情あって実家を離れ、市井で育ってしまったのですが。

 実家に戻ってみれば父もビックリ仰天。

 私は到底お貴族様のお嬢様には相応しくない成長を遂げていました。

 自分が貴族だということすら知らなかったのですから、当然ですけど。


 実家に戻り、自分はお嬢様だと教えられて。

 私は戸惑いました。

 でももっと戸惑ったのが、実家の人々。所謂私の『家族』さん達。

 私があまりにも市井に染まっていたので、大慌てで一から教育する事にしたそうです。

 教育を受けると聞いて、最初は微妙に喜びましたよ?

 だって、教育を受けられたら将来の幅が広がると思ったんです。

 でも現実はそんなことなく。

 私の将来は、お家の跡取り一択でした。

 私の意思は何処いった? 意思確認さえされませんでしたよ。

 おまけに楽しみにしていた教育は、受けてみれば何てこと無い期待外れ。

 世に言う、「お嬢様教育」というもので。

 私の望んでいた物とは、大幅にずれておりました。

 それでも私は頑張りましたよ? 頑張るしかなかったんです。

 だって、衣食住の全てを握る、御当主(おじい)様の命令だったんですから。

 流石に八歳児を放り出したりしないと、今なら思う訳ですが。

 この頃は期待に応えられなければのたれ死ぬと本気で危機感を抱いておりまして。

 そんなこんなのそう言う訳で、必死にお勉強した訳です。

 所詮、付け焼き刃ですけど。

 でもそのお陰でほら、私は変わったのです。

 立派に、お嬢様らしく振る舞えます。

 その外面を覆う振る舞いの全ては、実はメッキに他ならないのですけれど。

 

 実家に連れ戻され、あれから八年。

 私の人生、市井と貴族で丁度半々になる、今年。

 私の人生をガッチリ握っていた御祖父様がお亡くなりになりました。

 よし、これで自由だ!

 …と、そう思った時もありました。

 でも、それも全て私の勘違い。

 私の自由、選択の余地は相変わらず取り上げられたまま。

 それもこれも全て、御祖父様のせいです。

 

 --あのクソ爺…私の婿を跡継ぎにするなんて、厄介な遺言遺しやがった…!!


 御祖父様…いえ、クソ爺はどうやら私の本性も、外面のメッキ具合も見抜いていたようです。

 私に後を継がせるのは不安だと感じたのでしょう。私も大人しく継ぐ気はありませんでしたが。

 そこで爺は、立派な婿がねを私に宛がう様、父に厳命なさって世を去られた訳です。

 私に期待できないので、有能な婿を探せとのお言葉が、爺の最期の言葉でした。

 おのれ爺め、返す返すも最期まで忌々しい…。

 私にとってはいい迷惑でしかありません。

 今度こそ自由に、解き放たれて生きようと思っていたのに。

 爺の死を指折り数えて楽しみにしていた私の八年間を、返してください。

 おまけに爺の遺言は国王様にまで奏上されており、情報は口から口へと伝聞していき。

 あっと言う間のことでした。

 人の口に戸は立てられないって、本当ですね。

 私の関知せぬ所で、勝手に情報が出回り、気付いた時には庶民にまで知れ渡っていました。

 私と結婚した相手が、王国随一の所領を誇る、アデライト公爵家の全てを継ぐということが。

 更に私の絵姿まで出回ってしまったらしく、行く先々で顔が売れている事実に絶望しました。

 おのれ…逃げることさえ、私には許されないのか。

 本当に、逃げ場がありません。

 なんで町の子供まで、私の顔を知っているんですか。

 逃げ道という逃げ道を用意周到に死んだ爺に塞がれ、私は正に立ち往生。

 望む望まぬに関わらず、無駄に馬鹿広い領地を継がなければならなくなってしまったのです。

 誰か、私に逃げ場をちょうだい…!!


 そうやって軽く絶望の日々を過ごしていた訳ですが。

 気を取り直して、面倒は全て旦那見つけて其奴に押しつければいっか♪

 …なんて考えを思いついて、気分も浮上し始めた頃のこと。

 私の敵は、爺だけではなかったようです。

 そうです、家中にもう一人、私の敵がいたのです。

 それは爺に私の今後を頼まれた、私の父でした。

 …実家に戻って以来、私の教育方針や生活の全てを祖父の一存で掌握されて、父は関与できませんでした。父の与り知らぬところで、私は成長を遂げた訳です。

 私がお嬢教育でストレスを溜めていた頃、父は祖父の厳命で王都に単身赴任していました。

 一年に一、二回顔を合わせればいい方の、清々しいほどに最低限の接触しか父には許されず。

 これもう、他人って言っていいんじゃ? なんて私は思っていた訳ですが。

 父の方は違ったようです。

 彼はある意味、私以上に鬱憤を溜めていたのでしょう。

 赤児の頃に生き別れた愛娘(笑)を取り上げられる日々に、独裁的な祖父への反抗心に。

 それでも入り婿という立場故、大人しく従わざるを得ない毎日に。

 考えてみれば父は、私よりもずっと長い時間、あのクソ爺に振り回された訳です。

 それは鬱憤も溜まりますよね。分かります。

 ですがその鬱憤の解消と、自信回復に私を使うのは止めてください。

 色々画策したり、祖父の意向を汚す暗い喜びに耽るという楽しい趣味に、私を巻き込むのは止めてください。正直、心の底から迷惑です。親子の情はどうでも良いので、人情をください。

 私ははっきり言って、物凄い薄情な娘だと思います。

 ですが自分の心に正直になると、そんな感想しか浮かばない訳で。

 はっきり言ってしまうと、父親の顔を覚えたのも祖父が死んだ後です。

 というか、私の両親はとうに死んだものと思っていました。

 祖父が全く話題にしませんでしたし、爺が最初に「親は死んだ」と一言いったきりだったので。

 後で知りましたが、死んでいるのは私の母(祖父の娘)のみで。

 父は思いっきり生きていた訳ですが、祖父の画策によって接触の機会は悉く奪われ。

 …本人には言えませんが、私、父のこと親戚のおじさんかなんかだと思ってましたし。

 心の中に何を含んでいたのか知りませんが、婿舅間の確執に私を巻き込むのは本当、止めて。

 それが私の正直な願いです。


 忌々しい爺への憎悪に彩られた親父様は、私にとって面白くないことばかりします。

 傍目に見る分には、きっと愉快なことばかり。

 でも、間違っても当事者ではいたくない。

 クソ親父が手始めにやったのは私の婿を操作し、領地を掌握しようと言う、ありがちなものでした。自分の手駒となりうる青年…自分の出身一族の若者を、私に宛がおうというのです。

 巫山戯るんじゃありませんよ?

 ただでさえ、クソ爺のせいで私の身辺は大変な大騒ぎ状態です。

 この上更に、お家乗っ取りだのなんだの、変な彩りを加えないでください。

 どんな利権が絡むのか知りませんが、欲にまみれた人間はお近づきになりたくありません。

 その上、婿まで陰謀まみれなんて真っ平御免です。本当にもう勘弁してください。



 ある日のこと、父がマジギレしました。

 父の選んだ欲得ずくの婿なんて冗談じゃないと、頑なに拒否しまくっていた日のことです。

 父の提示した三人の婿候補(それぞれ有能だが、父の息がかかっている)。

 彼等と結婚するくらいなら家を捨てると言った私(むしろ望むところ)。

 融通の利かない、頑固な父は激怒のあまり私に詰め寄っていったのです。

「お前には絶対に家の為、結婚して貰う。私の選んだ男が嫌なら、蛙とでも結婚させるからな!!」

 そう怒鳴り捨てて、憤慨そのままに父は部屋を出て行ったのですが…

 彼は知りません。

 私がその後、部屋の中で快哉を叫んだのを。

 よっしゃ! そっちがその気ならこっちだって大・歓・迎! ある意味言質確保!!

 …と、秘かに叫んで拳を握って天に突き出していたことを。


 下らない野郎と愛のない結婚をするくらいなら、蛙と愛のない結婚をします。

 どっちも結婚相手としては論外な感じがしますが、その位の心持ちです。

 欲深く、業深そうな野郎の言いなりになるくらいなら、私は人外に走りますよ。

 例え相手が蛙でも、欲も権力も企みもない分、蛙の方がマシです。

 むしろ可愛げのない野郎共よりも、愛嬌があって良いかもしれません。

 私も実家に引き取られる前は、よく蛙()遊んだものです。

 可愛いですよね、蛙。小さい頃は良く、沼に釣りに行ったついでに捕まえました。

 懐かしい子供時代の思い出に、結構良い選択に思えました。

 どちらも愛のない結婚ですね。

 でも、私は本当に望むところだと思ったのです。

 例え相手が蛙であっても。

 それでも、私に選択の余地が初めて残されたのです。

 実家に戻って以来の八年間で、初めて。

 私の侍女は顔面蒼白で思い止まって! 早まらないで! と懇願してきましたが。

 私の望みは、もう決まってしまいました。

 相手が人外の両生類であっても、ぬめぬめした蛙であっても。

 それでも重要なのは、「私が選んだ」ということ。

 それが自分の選んだ、選ぶことのできた道なれば。

 そこに悔いはないと本気で思えたのです。 

 殆ど、勢いのままにでしたけれど。


 そのままの勢いで私は婚約者候補共のいるサンルームへ乗り込み、宣言しました。

「私、貴方達の誰かと結婚するくらいなら蛙の方がマシだと思うの」

 だから、蛙の王子様を探しに行くわ…と。

 …後から思えば、結構痛い発言ですよね。

 頭の病気ですか? どこかの螺子が緩みましたか? むしろ花でも咲いたんですか?

 見事なまでに私らしくない、メルヘン発言。

 私にとっても親戚に当る野郎共は、私の痛い宣言に唖然としていました。

 ですが直ぐさまに冗句だと取ったのでしょう。

 ご機嫌取る様な麗しの笑みで、私を宥め賺そうとします。

 その態度に腹が立ってしょうがなく、常日頃からの鬱憤も限界で。

 実家に戻って以来、初の暴力行為に及びました。

 まず婚約者Aの鳩尾に肘を叩き込み、怯んだ婚約者Bの足を払い、婚約者Cの足の甲をヒールで踏みつけました。完全に油断してくれちゃってた野郎共は、チョロかったです。

 私は自分の行いに満足し、痛みを堪える野郎共にできるだけ優雅に微笑んで言いました。

「ちょっと半年ほど、留守にさせて頂きます。探さないで下さいまし。皆様御機嫌よう」

 そうして、冒頭に戻る。




 最後の最後、これが言いたいことの言い納めだと思いました。

 今まで被った猫の毛皮と建前で言い繕っていた本音を言い放ち、私は兎になったのです。

 脱兎という、兎に。

「アデリシアお嬢様! 本当に行かれるんですか!?」

「そうよ、ニーナ。後はお願いね?」

 腹心の侍女から予め用意していた旅行鞄を受け取って、私は意気揚々と逃げ出しました。

 家出の目的は、婿捜し。

 私の婿にぴったりな、ちょっと変わった蛙の婿を探しに、いざ行かん!


 …と、そんな訳で家出を敢行しました。

 どうせ直ぐに追っ手がかかると思ったので、もたもたせずにすたこらさっさと。

 予め当たりも幾つか付けてあります。

 流石に、そこら辺の何の変哲もない、ただの蛙を婿にする訳にはいきません。

 何故って?

 彼等も可愛いとは思いますが…ただの蛙じゃ、直ぐに寿命が来てしまうでしょう?

 流石に結婚間もなく未亡人、なんて嫌ですからね。

 そんなことになったら、今度は再婚しろという声が五月蠅くなるでしょう。

 だから私は、間違っても先立たない様な、太々しくて常識外れの蛙を探しに行くのです。

 今のところ一番のお目当ては、白鳴沼に住むという「妖怪蛙」でしょうか。


 今だから言います。

 この時の私は、巡り巡った絶好の機会にちょっと頭がおかしくなっていました。

 普通に考えて、誰が蛙との結婚を素直に認めるでしょう。

 少なくとも私の父は容認しないに違いない。

 でもこの時は、言い出しっぺは父だから! という言葉をお題目に掲げてまして。

 誰憚ることなく、望んだ道を辿るのに問題はないと思いこんでいたのです。

 …やっぱり、私の頭はちょっとおかしくなっていたみたいです。




 私は蛙を求めて放浪しました。

 気分は指名手配されている犯罪者。その気分は、私の現状ときっと大差ありません。

 実際、道々で会う人が私の顔を知っているものだから、随分と苦労しました。

 今では人目を避け、人里を外れと半ば獣道を突き進む様な道行きです。

 むしろ「私の前に道はない。私の後に道は出来る」状態なんですが…。

 これも「我が道を行く」と言って良いんでしょうか?

 自分で作った獣道を振り返りながら、何とも微妙な気持ちで二ヶ月。

 方々変わった蛙を尋ねながら、行く先々で肩すかしの日々です。

 変わった蛙っていっても、蛙の範疇にちんまり収まっていて、期待外れですよ。

 もうちょっと枠を逸脱してやろうっていう男気溢れる蛙はどこかにいないものでしょうか。

 そこで最後の期待を込めて、本命中の大本命!

 やって来ました、「白鳴沼」!!

 わぁ、どんより! これぞ沼って感じのおどろおどろしい沼が目の前に!

 全然白くない! 白鳴沼なのに全然白くない! むしろ濁った鼠色!

 …なんだろう。幼少期に培った、冒険魂が疼きます。

 ですが私の目的は冒険ではなく、蛙! 蛙です!!

 目的地にようやっと到達できたおかしなテンションのまま、私は沼に向かいました。

「蛙さん、蛙さーん! 白鳴沼に住む噂の妖怪蛙さん、いませんかぁー!?」

 沼に向かって、蛙、蛙と叫ぶ私。

 …別におかしくなった訳じゃありませんよ?

 ここに住む蛙は、何十年と生きて人語を解する妖怪だと評判の御方です。

 その評判が真実本当のことならば、呼びかける声にも答えてくれるかも知れない。

 そう思っての行動ですが、無視されたらどうしよう。

 今更ながら、物凄く胸がドキドキしてきました。

 だって私、今これから、プロポーズするんですよ!?

 今まで恋愛一つしたこと無いのに、生涯の伴侶になって下さいってお願いするんですよ!?

 例え相手が蛙でも、私だって花も恥じらう十六の乙女。

 今まで深く考えていませんでしたが、この土壇場になって緊張と不安が。

 …胸が高鳴りすぎて、気持ち悪くなってきました。

 こんなにドキドキするのは初めてで、手足の先まで得体の知れない動きづらさを感じます。

 軽く痺れた様な感覚。

 どうしよう。何だか物凄く、出直したくなってきました…。

 そんな訳にも行かないというのに。 

 そして今となってはもう、既に時も遅かったのです。

 私はもう、呼びかけてしまいました。

 ここでこのまま引き返してしまえば、私、ただ悪戯に来ただけの迷惑な客じゃないですか!

 緊張しすぎて、胃が痛いです。

 期待外れだとがっくりするにしても、予想通りの妖怪に遭遇できるとしても。

 このままその時を待ち続けることの、この辛さ。

 できるだけ早く、引導を渡して欲しくてなりません。

 お願い、蛙さん。早く出てきて。

 心の底から、私は未だ見ぬ求婚相手(かえる)に願いました。


「私を呼ぶのは、誰だ…?」


 私の声が天に届いたのでしょうか。

 私以外に誰もいないはずの沼のほとりで、無駄に美々しいお声が響きました。

 何となく涼やかな、若い男性の声。

 待ち望んだ筈のその声に、驚くより先に、私は一つもの申したい。


 ………一体どこの怪談だ?


 ある意味あまりにもポピュラーすぎる応答の声に、私は全力でもの申したい。

 でも堪えた! 堪えられた! 偉いぞ、私!!

 ここでツッコミなんかしちゃったら、話が全然前に進まなくなってしまう…!!

 私は自分へ最大限の忍耐を課し、それに打ち勝ちました。

 打ち勝てたという爽快感に頬を染めながら、きょろきょろと目線低く目的の蛙を探します。

 相手は蛙ですからね。きっと低い位置にいるでしょう。


「こちらだ」

 

 一向に蛙さんを見つけ出せない私を見かねてくださったのでしょう。

 親切な蛙さんが、私の目線を声で誘導してくれます。

 …しかし、本当に無駄に良いお声で。蛙のものとは思えませんよ。

 キラキラしたお声を蛙が発していると言うだけで、なんとなく残念な気持ちになりました。


 やがて見つけた蛙は、沼の上。

 大きな蓮の葉の上にいらっしゃいました。

 妖怪蛙と聞いて、何となく巨大な蛙を連想していたのですが…

 其処にいたのは、私の予想よりもずっと小さな蛙。

 私の手の平で、包み込めてしまいそうな大きさです。

 下手したら私の親指よりも小さいかも…なんてミニマム!

 外見は雨蛙に似ていましたけれど、色はうっすら水色でした。

 …毒、ありませんよね?





 不思議な沼での、少女と蛙の邂逅。

 これが王国に物議をかもした夫婦…互いに生涯の伴侶となる、アデリシア・アデライト公爵令嬢と200年モノの妖怪蛙セイクリッドの運命の出会いだった。






「――という訳で父の鼻をあかす為、何より私の未来の為、私と結婚してほしいのだけど」

「清々しいまでに直球だな…」

 

 蛙を前に、己の事情を何と説明したものか…

 私が悩んだのは、ほんの数瞬のこと。

 ここは誤魔化しても意味はないだろうと、直球ど真ん中でいかせて頂きました。

 心なしか蛙に呆れた目で見られているような気もするけれど、気にしない。

「それで、私と結婚してもらえる?」

「うら若き乙女が、それで良いというのか…? 私は見ての通り蛙なのだが」

「あら、ここにこうして立ち、貴方を口説いている時点で百も承知よ?」

「………口説かれていたのか?」

「誠心誠意をこめ、精一杯口説いているわ」

「……………」

「乙女の精一杯に対して、その沈黙は何かしら」

「いや………そなたの口調からして、取引でも持ちかけられているのかと思っていただけだ。まさか、口説かれていたとは」

「あら、取引でも良いわよ? 私と結婚して生涯を共にしてもらえるなら、私は貴方に報いるためにあらゆる努力をするわ」

「ほう?」

 私は我ながら、ここまで必死になりふり構わず、誰かを求めたことはないのだけど。

 この半年の放浪すら、この時の為だったのに。

 だけど蛙にはそれは伝わっていないのかしら…。

 蛙がなんと答えてくれるのか。

 私は胸の高鳴りにはらはらしながら答えを待ったわ。

 果たして、蛙は言った。


「私は、交換条件…平等な取引が好きだ」


 ………もう少し、わかりやすく言ってもらいたかったのだけど。

 それってつまり、こういうことよね?

 結婚に同意しても良いと思える交換条件を提示できたら結婚しても良いってことよね?

 そう解釈して、私は『条件』を提示した。


「それでは、蛙に毎日一つ。結婚によって拘束している間、毎日一つ貴方の願いに応えるわ」

「ふむ。面白いことを言い出したな。拘束期間の日数と同等の願い、か…」

 

 考え込むような顔をして。

 だけど蛙は興味深そうに目を光らせる。

 わざとらしく黙りこむ蛙。

 水色のその顔を見て、私は聞くまでもなく答えが是か非か知れたように思えてくる。

 そうして、蛙は答えた。 

 私の予想通りの答えで。

「………面白い。よし、私はお前と結婚し、円満な家庭を築くとしよう!」

 蛙の顔は、最高に面白い娯楽を見つけた子供のように嬉々と輝いていました。

 小さな蛙は思わず感心するような跳躍を見せて、私の足元まで接近してきます。

 これから旦那様となる蛙を、私は両手で掬って顔の近くまで寄せました。

「ありがとう。これから宜しくね、蛙の旦那様」

「ああ。蛙と結婚しようなどという酔狂な本気を見せてくれたそなたに、私も報いよう」

「あら、新婚生活に期待しても良いのかしら?」

「私は良き夫として勤めよう。また先にも言った通り、私は平等な交換条件が好きだ」

「良夫になってくれるの? 蛙の良夫…それは凄く楽しみだわ!」

「うむ。毎日そなたが私の願いに応えるのであれば、夫して同じ誠意を見せねばなるまい」

「それは?」

「ああ…そなたへの返礼として、私もそなたの願いに毎日一つ、応えることとしよう」

「あれはお願いの代価として提示した条件なのに…良いの?」

「そなたの豪胆さが面白かったから、良いのだ。差し当たって初日(さいしょ)に当たる今日の願いを婚姻として、そなたの願いは何だ?」

「それじゃあ…――」

 

 新居は私の所領の屋敷にしてほしい。

 その願いに応えてくれた蛙を連れて、私は実家へと帰りました。

 待ち受けていたのは、娘の失踪に直面して幾分やつれた親父。

 私のことを心配していたみたいだけど、それ以上に怒っていた。


「嫁入り前の娘だというのに、お前は一体何処で何をしていたんだ!」


 一時は誘拐を疑い、王国を上へ下への大騒ぎだったらしいけれど。

 夫に相応しい蛙を求めて僻地の沼やら川やらを移動ばかりしていた私は全くその騒動に気付くこともなく。

 こうやって呑気な顔で帰ってきて、憔悴していた父親の大きな雷に直面する。

 だけど私はへこたれることなく、新妻らしく頬を染めて夫を紹介してやることにした。

 そう、物凄く恋する乙女ちっくな、ガラにもない恥じらいを前面に押し出しながら。


「ところでお父様、私、夫を見つけてきましたの」

「はぁ!?」

「素敵な旦那様を見つけましたのよ? お父様のお言葉通り………私、蛙の夫に嫁ぎます」


 そう宣言した瞬間の父の顔は、今まで見たことのない類の表情でした。




 取り乱した父が落ち着くまでに所要した時間、十九時間。

 途中で夜になったので、就寝した間の時間を差し引いての時間です。

 私は使用人に押さえつけられながら暴れる父を放置して、自室に下がりました。

 勿論、夫となったからには蛙の旦那様と一緒です。

「旦那様、今日からここが夫婦の寝室よ」

「いや、その………父君のことは良いのか…?」

「あら、旦那様は気遣い屋さんですわねぇ」

 気の毒ではあるけれど、言質は既に取ってあります。

 蛙に嫁げと言ったのは父なのだから、自分の言葉の責任は取ってもらわないと。

「明日にでも改めて話し合えば大丈夫よ!」

「果たしてそうだろうか…」

「今日はもう寝ましょう。これから結婚式の準備や入籍の手回しで忙しくなるんだもの」

「そういえば、私の戸籍は残っているだろうか」

「………妖怪蛙に戸籍があるの?」

 これから偽z………作ろうと思っていたのだけれど。

 もしも既にあるというのなら、それを流用すれば楽でいいわね。

「以前、気まぐれに妖怪仲間と連れ立って作ったことが」

「それ、どんな状況?」

「王都観光をした際の記念だ。あれから100年以上が経つが、死亡届を出していないし残っているかもしれない」

 ………妖怪が連れ立って、王都観光に戸籍の作成。

 ちょっと見たかったわ。

 そう思いながら、その夜は旅の疲れもあってぐっすりと眠りに落ちました。

 

 取り乱した父の叫びを、子守唄にして。






読んでいただき、ありがとうございました!

なお、入れるには収まりが悪かったため、↓に翌日を書いたss『明るい家族計画』をのせます。

以前は活動報告に載せていたのですが、結構な時間が経ったのでこちらに移動させました。


【明るい家族計画】


 自分で蛙と結婚しろと言っておきながら、父の猛反対と抗議の嵐。

 煩わしいので、もう先に婚姻届を出してしまおうか。

 そんな私の考えを見抜いた訳じゃないだろうに、父は唾を飛ばしながら、父曰く『最大の問題』を声高に叫ぶ。


「だ、大体! 子供はどうするつもりだ!? 跡継ぎが生まれないだろうが!!」


 言われて、私は肩の上に乗った蛙の旦那様と顔を見合わせた。

 蛙の旦那様は、何やらわくわくと期待したような目で私を見ている。

 …これは、私がどんな反応を返すか面白がってるのかな?

 その期待に応えられるかはわからないけれど、私はとりあえず思いついた方法を提案してみることにする。

「ねえ、ダーリン」

「何かな、My honey」

 ちょっと首を傾げて、それでものってくれる。

 良い旦那を捕まえたわー…そう思いながら私も首を傾げてみた。


「ちょっと卵産んでくれない? その中に私の血か何か混ぜたら、私と貴方の血を継いだ子供が生まれないかしら」


「………妻よ、私は雄なのだが」

「そうね、雌だったら『旦那様』にはなれないわね」

「雄に卵を産めとは、また斬新な提案だな…!」

「あら、無理なのかしら?」

「そもそも子供を孕むのは妻の領域ではなかろうか」

「蛙は両生類って聞くから、いけるかなと…」

「うむ。両生類であって、 両 性 類 ではないからな? 意味が全く違う」

「じゃあ私が生まないといけないのね。………卵なんて産めるかしら」

「ただの人間であるそなたに、蛙の生殖に合わせるのは至難の業ではなかろうか」

「だったら、旦那様が私に合わせてくれるの?」

「……………そなたが知っているかは知らぬが、妖怪の世界では子の種族は父親に準拠するというのが通例なのだが」

 それつまり、生まれてくる子はもれなく妖怪蛙似の子ばっかりってこと?

 それは……庭に急遽、居心地の良い沼地を形成しないといけないわね!

 子供の過ごしやすい環境を整えるのは、親の責務だし!

 ああ、でも子供部屋を屋外って訳にはいかないし………オタマジャクシに適したベビーベッドってどんな風にしたら良いのかしら?

 そもそもベッドで寝れるの? 桶か盥に水を張って、そこで育てるとか?

 ああ、蛙の子に使える使用人も水棲生物を嫌がらない子を探さないと…


「とりあえず、女の子を沢山作りましょ。そうしたら一人くらいは家を継いでも良いって酔狂な蛙がいるかもしれないし、探せば蛙の嫁でも構わないって酔狂な人間も見つかるかもしれないわ。そうやって人間の男と結婚して子供が生まれたら、私達の孫は人間ってことになるわよね? それなら苦情が出ても封殺できるでしょう」

「そなた、清々しいまでに前向きで豪胆だな…」



 その後、彼らの家族計画がどのような形で落ち着いたのか…

 それを知る者は、此処にはいない。





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― 新着の感想 ―
[一言] 語り手のお嬢様のぶっ飛んだ思考回路と発想と行動力がとても好きです!w
2016/01/15 20:50 退会済み
管理
[一言] 一人称視点書き方で キャラがしっかりできていて面白かったです(・∀・) 最後まで読み 蛙が人になるのか、幸せになれるのか考えさせられました。 と言う事でポイントあげます!
[一言] 物凄く楽しく読ませて頂きました。 いくら庶民育ちの女の子でも蛙の夫は‥‥(笑) でも、幸せな結婚生活しか想像出来ない二人(一匹と一人)のその後もぜひ読んでみたいです。
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