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山頂晴れて

作者: 目262

 ジョージ・マロリーの話をしよう。

 マロリーはイギリス人の登山家で、世界初のエベレスト登頂を成し遂げたと思われている男だ。残念ながら遭難してしまったので、確かな証拠は一切ないが、成功を予想させる要素はいくつもある。本当ならば万人が知っていてもおかしくはない偉業であるにも関わらず、彼の名を知る人は多くはない。

 何故山に登るのか、そこに山があるからだ、という名言を残した人物でもある。もっともこちらは誤訳だというが。

 マロリーの身に何が起こったのかは一切不明だが、それ故にロマンを掻き立てられる話でもある。だから作者は稚拙な想像力を駆使して、一つのほら話をしよう。


 ジョージ・マロリーはあと一歩だと思った。既に標高8200メートル、もう少しで前人未到の最高峰、エベレストの山頂だ。しかし、猛烈な吹雪と高度による酸素不足、直角に近い山肌が彼の前進を阻む。

 体力は限界に達している。山男の常識から見ても引き返すべきだ。今が最も危険な状態だ。

 だが、ここで戻る事などできない。世界の頂上がそこにあるのだ。

  何故、山を目指すのか?

 そこにあるからだ!

 かつて、同じ質問を繰り返す記者達に、腹立ち紛れにそう答えたことがある。

 当然の事だ。

 山を、空を、星を目指す者達の理由。

 それがそこにあるからだ。

 だから彼も行く。そこに、それがあるから。

 神よ、私はあなたに最も近づこうとしている男です。願わくば、祝福を賜りますよう。

  牧師の息子であったマロリーは口中でそう呟きながら、徐々に斜面を這い登って行った。

 その時、不思議にも吹雪が唐突に止んだ。そして周囲を濃密な霧が包み込む。

 視界は悪いが、吹雪よりはましだ。マロリーは神に感謝して登攀の速度を一挙に上げた。

 しばらくして彼は妙だと思った。数百メートル先にある筈の頂上が、一向に見えてこない。霧の中を何時間も登り続けている。

 酸素不足が原因の錯覚だ。強引にそう思うようにしたマロリーは、苦闘の末、遂に頂上に辿り着いた。

 山頂は晴れ渡っていた。先ほどの霧は嘘の様に跡形もない。

 夜になっており、マロリーは天を見上げた。

 空は星で一杯だった。これ程近く、強く輝く星々を彼は初めて見た。

 静寂に満ちた大地と、そこに立つ人と、それらを包み込む天。

 月こそ見えないものの、世界の全てがこの山頂に揃っていると彼は思った。まさしく神の御座にふさわしい場所だ。

 空気はほとんどなく、酸素マスクを顔に当てながら、彼は荷物の中から愛する妻の写真を取り出し、 赤い地面に置いた。

「もうすぐ帰るよ。世界最高の男になって」

 マロリーは写真に語りかけると、意気揚々と帰路に着い た。

 1924年6月、イギリス人登山家ジョージ・マロリーはエベレスト山の世界初登頂に挑んだが遭難。遺体は1999年に発見されるも、彼が登頂を成功させたという証拠は今も発見されていない。


「本当に、お前達の悪戯じゃないのか?」

 ヘルメットの中で鬼の様な形相をした隊長の詰問に、部下達は神妙な面持ちで頷いた。

 今回の探検は、莫大な予算と時間を費やし、国家の威信をかけた歴史的な事業なのだ。このような事は冗談では済まされない。隊長も部下達も、重々承知していた。

 隊長は人を殺せる程の怒りを込めて、足元にある物を睨み付けた。それは四隅を小石で固定され、静かに彼に向かって微笑みかけている。

 では、これは何だ?標高26000メートル、太陽系最高峰である火星のオリンポス山に、人類初の探検隊である我々を先んじて、一体誰が若い女の白黒写真などを置いていったのだ!


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