狐の大団円
ワイワイガヤガヤ、笑い声が響く。とても楽しい、安心したと言った感じの声が聞こえてくる。今の状況は紫の店で大宴会中。
酒を飲めや、踊れやと楽しむ。飲みすぎて吐く者もいた。正直、宴会が凄すぎて狂乱的な宴会だ。
「スゴイネー。コンナのアニメの世界だけカト思ったヨ」
未成年である兎姫は酒は飲めない。飲むのはソフトドリンクだ。勿論、蛇津もだ。だが蛇津はバカ騒ぎをしていない。できない。
蛇津は布団に包まり状態だ。それは重症なのだから仕方ない。そもそも動けない。なぜなら白羅の尻尾でぐるぐる巻きにされて拘束されているからだ。
拘束されて療養できるのかと言われれば『はい』とは言えない。
「離セ、ハクラ。ユウユウが苦しんでル。ソシテ介抱はワタシに任せロ!!」
看護の定番のリンゴと包丁を持つ。そしてナースのコスプレで準備は完了していた。一方、白羅は巻き付きを解放せずにいた。そしてなぜか蛇津の身体に紋様を描いている。
「何ですかコレ?」
「これは治療よ」
「治療に見えないです」
「黙りなさい兎」
「卯月の言う通りよ。治療に見えないわ」
「黙りなさい女狐」
スルスルと蛇津の傷に紋様を描き終える。理由は分からないが塗り薬のようなものだと思う。だがそれよりも妖狐や稲荷たちが元の姿になり、笑顔で宴会をしているのを見ると心が穏やかになる。
皆が助かり、良かったと心から思う。身体は痛いが彼女たちを見ていると痛みも気にならなくなる。
「と・こ・ろ・で」
「どうしたです?」
「そこの女狐である美艶に聞きたいのだけど・・・千里眼について」
「何かしら?」
「貴女は千里眼で数秒先の未来を見たのよね。なら優君が重症を負う未来を見た。それを黙認していたのよね?」
怒気を孕む声で白羅は美艶に伝える。なぜ大事な大事な蛇津を傷つける未来を選んだのか、と迫るように聞き出している。
「・・・私が見た未来で最善の未来だったからよ。私も優君が傷つくのは嫌だったけど九怨を討伐する為に必要な負傷だと思っているわ」
「へえ・・・。まぁ、九尾の狐である九怨を討伐に成功。そして優君は命に別状無し。結果的にはある意味大団円かもね。だから私はそんなにとやかく言うつもりは無いわ」
終わった事だからとやかく言うつもりは無い。だが美艶から何かしら誠意のある謝罪が欲しいと思っているのだ。大事な人を傷つけられた気持ちは中々収まらない。大事な人に対する思いの強さによってだ。
「私は優君を心配しているわ。嘘偽り無し。でも謝る事はしない。悪いとは思ってないから・・・仲間を救う為だから」
「ふーん。ま、謝らないのね」
「白羅さん。オレは大丈夫ですよ。せっかくの宴会でそんな雰囲気は似合いません」
ピタリと宴会に相応しくない雰囲気が消える。
「あの未来が最善だと言うならオレは何も気にしないし文句も無いですよ。未来なら、運命ならオレはその流れに逆らわずにいますよ。それがオレの心情だから」
「・・・・・優君がそう言うなら私は何も言わないわ。悪かったわね女狐。いや、美艶さん」
「軽いわね。もっと責められるかと思ったわ。それに優君からもね」
「責めませんよ。九怨討伐作戦に参加した時から怪我をするなんて覚悟しています。それに・・・よ、っと、ちょ・・あれ?」
白羅の尻尾拘束から抜け出そうとして、抜け出せない。寧ろどんどんと尻尾が絡まってくる。とりあえず重傷者にする行為ではないだろう。
布団と尻尾から抜け出せない蛇津。
「ちょ、は、白羅さん!?離して下さいよ!?」
「怪我人は安静第一よ」
「ソウダネ」
正論過ぎてぐぅの音も出ないのであった。仕方ないので布団で横になりながら美艶と話す。
「せっかくの大団円なんだ。ゴチャゴチャと終わった後からの言い合いは似合わないよ。オレは気にしませんから美艶さんも気にしないでください」
「・・・そう。優君が気にしないと言うなら気にしないわ」
ニコリと微笑む美艶。
「でも褒美は必要よ。九尾の狐である九怨を討伐した貢献は計り知れない。褒美も無しにこんな危険な事はさせないわ」
「そのとおりでありんす」
紫も近づいてきた。酔っているのか顔が少し赤い。宴会なのだから予想出来る状態だ。
「褒美ですか?」
「ええ。そ、ご・ほ・う・び(はぁと)」
「何で着物を肌蹴させてるんですか?あと(はぁと)って」
「だって褒美・・・私たちからあげられる褒美は身体くらいなのよね。やっぱ遊郭だから」
遊郭だから身体を売る。間違った事ではないだろう。だが蛇津は少し混乱している。
「もう1度言うけど今の私たちが優君に与えられる褒美は私たちの身体よ。安心してね。気持ち良くしてあげるから」
「ええ!?チョット待ってください!!」
「任せてね」
美艶と紫が艶かしく、這いずる様に蛇津に迫る。このまま大人の階段を登るかとドキッとしたが現実はそうでないらしい。
白羅と兎姫が凄い形相で蛇津を守る。
「ナニをシヨウとシタ!?」
「ナニよ」
親指をグッと突き立てて見せる。顔は白羅たちと違って凄い笑顔だ。
美艶たちの言い分はこうだ。危険な九怨討伐作戦に参加させたのだから蛇津たちに褒美を与えるのは当たり前。だが遊女として与えられるものは限られている。
遊女として最高のものを与えるとしたら身体しかないとの事に結論ついたらしい。
「遊女として良い案でしょ?私も優君も気持ち良くなって最高でしょ」
「そんな事は絶対にさせないわ!!」
白羅は蛇津に巻きついて巻きついて守るのであった。
「でも貴女はズルイわよね。だって優君とキスしたのだから。あとママも」
「ドーイウ事ダ!!詳しく話セ!!ユウユウ!!」
「え、オレなの!?」
兎姫の鋭い目が蛇津を捕らえる。なぜか何も言い返せない。いや悪くないはずだから大丈夫だと有りのままの事を懇切丁寧に説明する。
そんな中、白羅と紫はうっとりとした顔で蛇津を見つめる。違う視線が突き刺さる。
「あんな状況だったけど最高の至福だったわ」
艶かしい吐息を吐く。
「そうねぇ。最高だったでありんす。ところで優様、子作りしませんかぁ?」
直球が来た。
「優殿とキスしたのが忘れられないでありんす。お胸がドキドキでありんすよ。久方ぶりに恋をしてしまいました」
恋したのならいきなり子作りとは過程が飛び過ぎではないかと思う蛇津であった。
「花南が妹か弟が欲しいと前に言ってたでありんすからなあ。娘の為にワガママは叶えてあげたいありんす。優殿ぉ相手をしておくんまし」
スルスルと着物を脱いでいる。正直際どいところまで見えてくる。
カッと目を見開いた瞬間に誰かの手が両目に当たる。痛くて見えない。
「見ちゃダメダメ!!」
犯人は兎姫であった。ギリギリと強くなっている。身体がギシギシと絞まっている。これは白羅が縛り付けているからだろう。
2人は蛇津が重症だというのを忘れているだろう確実にだ。
「まずはママからかしらね。2番目は私で良いわよねママ♪」
「ソンナ順番アルカ!!」
「そうよ!!女狐なんかに相手させるもんですか!!」
「じゃあ先に貴女たちが優君が相手をする?」
「「エ・・・?」」
雲行きがおかしくなってきた。
「それにまだ後ろにアノ子たちがいっぱいいるのよ」
「え?」
さらに雲行きがおかしくなってきた。
「優殿はもうこの美遊郭の英雄でありんす。英雄には女が惹かれるの当然なんし」
美艶の後ろをチラリと見ると宴会で騒いでいた妖狐や稲荷が潤んだ目で見ている。
貞操の危機とは今の現状の事を言うのかもしれない。だが蛇津は男だ。思春期真っ盛りの男だ。この状況を恐れている場合ではない。
据え膳食わぬ男は何とやら。蛇津は悩みに悩む。今、頭の中に選択のカードが何枚も出てくる。どれを引くか考え込む。
(どうしようオレ。どうしよう!!)
「私が・・・ここでついに優君と」
「白羅さん?」
「ユウユウと・・・ユウユウと・・・ヤル」
「ティア?」
ここにいる全員が獲物を狩る目で見ている。気持ちが負けてしまう。気持ちを強く持たねばならない。大きな覚悟決めるべきだ。
九尾の狐である九怨と戦うときより覚悟を決めている気がすると蛇津は思ってしまう。
「・・・ギンは今頃何をしているんだろうな?」
取り合えず一瞬だけ現実逃避をした。
一方部屋の片隅にてウカが八重と花流羅、百狐乱華のメンバーと話していた。
これからの彼女たちの処遇についての話だ。
「処遇と言っても何も罰はありません。貴女たちも九怨の被害者なのですから」
「ウカ様にそう言ってもらうと助かるわ」
「貴女たちはこれからも美遊郭の警護をお願いします」
「分かったわウカ様。あと優君の専属の部下になっても良い?」
「はい?まあ・・・良いでしょう」
「約束したからね・・・じゃあここにいる全員も優君、いや優様に突撃してくるわ」
「程ほどにしてくださいね」
百狐乱華のメンバーが蛇津の元へと突撃していった。ウカは蛇津の周りに集まる妖狐たちを見て思う。『モフモフ』と。
「あれ?何か人数増えてません。て、八重に花流羅・・・百狐乱華のメンバーまで何で!?・・チョ、待ってください。え、え、え、ウアー!?」
蛇津の叫びが聞こえたがウカは気にせずに笑顔でニコニコ。
「それにしてもこの手紙は何でしょうか?まさか九怨に手紙を出す者がいるとは情報に無かったですね」
九怨の一件が解決したと思われたが、まだ根は深いかもしれない。
それでも今はこの瞬間に安心しよう。美遊郭に平和は戻っただろう。もう一度ニコリと笑顔になり蛇津を助けるためにウカは歩く。
今夜は狐が楽しく啼く。
読んでくれてありがとうございました。
これにて『狐の遊郭編』も終了です。
次回もお楽しみに!!




