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24...リセット

 不幸、というものは立て続けに起こる代物のようだ。

 扉の外でしばらく待たされ、やっとのことで部屋の中に入れてもらったエレオノーラは、それを痛感していた。


「陛下?」

「エレオノーラ?」


 互いに姿を見とめた二人の戸惑いの声がかぶさる。

 偶然とはいえ見事な二重奏には、それを奏でた張本人たちも驚いた。

 両方、先を譲ろうと口をつぐみ、どちらが先に口を開くか、タイミングを図る。


「どうしてここに?」

「なぜここに?」


 声はぴったり重なるのに、意志疎通は上手くいかない。

 結果として、再びきれいな二重奏が響いた。


「すごい、ぴったりだわ」

「よく息が合いますね。仲がいいからですか?」


 事の次第を傍観していたアデルとエリザが、それぞれ勝手な感想をもらす。

 まるで他人事といった様子だ。


 しかし、当事者であるエレオノーラは内心穏やかでない。

 レオンハルトから訝しむような視線を受けると、思わず目をそらしてしまった。

 これでは自らやましいところがあると認めているようなものだが、ほかにどうしようもない。

 途方に暮れるエレオノーラに追い打ちをかけるように、レオンハルトが口を開いた。


「エレオノーラ」

「……はい」

「お前、侍女から、部屋から出ないように言われてなかったか?」

「…………」

「ちがうのか?」

「……違いません」

「ふうん」


 目をそらしているにもかかわらず、エレオノーラはその時、王がどんな顔をしているか、ありありと想像がついた。

 目を細めて、冷ややかな無表情をしているに違いない。絶対にそうだ。

 経験上、レオンハルトが他人を咎めるときの表情は、いやというほど知っている。

 エレオノーラは、レオンハルトのそういう表情が苦手だ。純粋におそろしいと思う。

 でも、それは、つい先ほどアデルに感じた恐怖とは質が違うものだ。

 アデルに対して感じるものが魂を侵食する恐怖だとすると、レオンハルトへのそれは、親鳥に見捨てられるのを恐れるようなものだ。

 嫌われたくないという感情に近い。


「――で、謹慎中のはずのエレオノーラが、どうしてここにいるんだ?」

「窓が、開けたので……逃げました」


 一瞬、沈黙が落ちた。

 レオンハルトが信じられないと言うように目を見開く。


「窓から!? 嘘だろ、あそこは三階だぞ!」


 たかが三階、されど三階。

 割合高くない階層とはいえ、それなりに地面からの高さはある。

 そこから脱走するのは、訓練を積んだ者ならばともかく、一少女が行うには危険すぎる。

 エレオノーラの無鉄砲さには、レオンハルトも絶句するしかない。

 彼は乱暴に髪を掻きあげると、苦悶のうめき声を上げた。


「どうして俺の代の後宮は、こうも人騒がせな輩ばかり揃っているんだ……!」


 やけに切実な叫びだった。

 アデルは薄笑いを浮かべながら王に茶々を入れる。


「人徳のなせる業でしょう。陛下の行いが悪いのでは?」


 レオンハルトの眉が微かに動き、鋭い眼光がアデルを射抜く。

 金色の瞳には、あからさまな非難の色が浮かんでいた。


「冗談です、冗談」


 肩をすくめたアデルが、エレオノーラに視線を向ける。

 感情の読めない瞳に見つめられ、エレオノーラは反射的に身体をこわばらせた。


「な、何?」


 思わず攻撃的な言葉になった。

 アデルは目をそばめつつも、唇のはしに形だけの笑みを浮かべる。


「お気に触ったならば申し訳ございません。お客様に椅子を用意しなければと思いまして」

「椅子? いいわよ、気にしなくて。長居する気はないもの」


 レオンハルトに出くわした衝撃が大きすぎてすっかり忘れていたが、もとはといえば、エレオノーラは謝罪に来たのである。

 なおも椅子を用意しようとするアデルを止めつつ、エレオノーラはエリザに向き直った。


「エリザ様」

「はい?」


 先を促すように、エリザがわずかに首をかしげる。

 その目の前で、エレノーラは両手を胸に当てて跪いた。

 エレオノーラのような上位貴族はめったにしない、最敬礼の体勢だ。

 突然に始まった予想外の出来事に、エリザは当然慌てふためく。


「エレオノーラ様!? 何を突然、そんなめったなことを……頭を上げてください!!」

「いいえ、させてちょうだい。あなたにちゃんと謝りたいの」


 沈黙が落ちる。

 跪くエレオノーラの頭上で、「帰る」と告げたレオンハルトが静かに席を立つ。

 彼なりに気を利かせたらしい。

 背後で扉が開き、閉まる。

 やがて再び静かになった部屋の中で、エリザが深く息を吐いた。


「顔を上げて。いいえ、立ってください、今すぐに」


 優しくも有無を言わせない声に、逆らえるはずもない。

 エレオノーラはしぶしぶ立ち上がる。

 言われた通り顔も上げると、紫色の瞳と目があった。

 微笑んだエリザが、そっと手を伸ばし、エレオノーラのそれを握る。


「もちろん許します。許していますよ。だから、気にするのはこれで最後にしてください」

「エリザ様……」

「手紙を頂いただけでも十分なのに、こんなことまでされては、私も困ってしまいますよ」


 ね、と念を押すように微笑まれて、エレオノーラはうなずく。

 その拍子に、ぽろりと一粒、眦から涙がこぼれた。


「ありがとう……」


 許されたことで緊張の糸が切れたのか、涙が後から後から溢れてくる。

 涙をぬぐいきれずに嗚咽するエレオノーラの背を、エリザがやさしく抱き止めた。






「――――で、それからずっとこの調子なのですね」


 エレオノーラに遅れをとること約十分。

 鬼気迫る様子で部屋を訪れたエレオノーラの侍女シェリルは、状況説明を受けるや否や、至極冷ややかな視線を主に向けた。

 この調子、と彼女が皮肉たっぷりに言ったエレオノーラは、エリザに抱きついたまま、寝台の上でめそめそと泣き続けている。


「甘ったれが。エリザ様にご迷惑をかけてはいけませんよ」


 シェリルが眉をひそめる。

 対してエリザは、エレオノーラを庇って口を開いた。


「構いませんよ。エレオノーラ様がこうしてお泣きになっているのも、もとはといえば私のせいですし」

「とは言え、結局は我が主の自業自得ですわ」

「あら、手厳しい」


 エリザは苦笑しつつ、エレオノーラの背中をなでる。

 しかし、エレオノーラは無言で首をふるだけだ。


「ずいぶんとエリザ様になついておいでですね」


 呆れ混じりに言いながら、シェリルは己の主の腰を両手で掴んだ。


「失礼します」


 申し訳程度の断りを入れたのもつかの間、エレオノーラを容赦なく寝台から引き剥がす。

 そして引き離した主本体を、無造作に床に転がした。


「きゃあああっ!?」


 叫びながらも、ぬかりなく受け身をとるエレオノーラは、さすが王国きっての武道派貴族の一員である。

 厚手の絨毯も、衝撃を吸収して身体への負荷を和らげる。

 とはいえ、痛いものは痛い。

 エレオノーラは涙目でシェリルを睨み上げた。


「痛いじゃない、なにするのよ!」

「何をする? それは私の台詞です」


 暗黒のオーラさえ見えそうな気迫を背負うシェリル。

 彼女がひどく怒っているのが一目瞭然だ。

 やっと侍女の怒りに触れたことを悟ったエレオノーラは、ひっと細く悲鳴をもらした。


「まあ……そんなに怯えなくても、怒ったり致しませんのに」


 微笑むシェリルだが、目は相変わらずのブリザードで、言葉とまるで調和していない。

 ゆったりした猫撫で声も、エレオノーラの恐怖に拍車をかけてくる。


「ご用はお済みになりましたか?」

「……終わったわ」

「それは重畳」


 シェリルはにこりともせずにうなずいくと、見かけだけは丁重にエレオノーラを立たせた。

 

「では、これ以上長居してエリザ様にご迷惑をおかけしないよう、今すぐお暇いたしましょう」

「……ええ」


 言外に「お説教は部屋に帰ってからだ」と言われ、エレオノーラは目をそらした。

 お説教はいやだ。帰りたくない。

 しかし、そうも言ってはいられないのも分かっている。

 これ以上エリザに甘えて困らせると、シェリルの怒りはいや増すだろう。

 それだけは断固避けねばなるまい。

 エレオノーラは、未だ頬を濡らす涙を強引に手の甲で拭ってエリザに向き直った。


「そういうことで、もう帰るわ」

「こら、まずはごめんなさいでしょう」

「ご、ごめんなさい」


 シェリルにどつかれ、エレオノーラがおじおじと言い直す。

 しばらく呆気にとられていたエリザは、やっと我を取り戻し、慌てたようすでうなずいた。


「いいえ、気にしてませんよ。もう落ちつかれましたか?」

「ええ、ありがとう。じゃあ、ごきげんよう」


 ドレスの裾をつかんで、ちょこんとお辞儀をする。

 それを受けて、エリザも微笑みを浮かべて手を振った。


「ごきげんよう。また来てくださいね」

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