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22...君子は豹変す?

 拙いながらも丁寧な筆跡でつづられた手紙の、最後の一字まで目を通し終えるまでに、そう時間はかからなかった。エリザはひとつ息をつくと、品の良い薄紫の便せんをそっと畳み、繊細な透かし彫りが美しい封筒に再びしまう。

 フラップを押さえていた蜜蝋には、ブライトン公爵家の紋章が刻印されている。それを指でなぞりながら、エリザは顔を上げた。

 彼女が臥せっている寝台の横で、椅子にぞんざいに腰かけているレオンハルトと目が合う。瞬間、ついと細められた彼の緑色の瞳は、無言のうちになにかしらの言葉を求めているようであった。


「とてもかわいらしいお手紙でしたわ」


 要求に応えて、エリザがぽつりとつぶやく。

 その言葉に嘘がないことは、彼女の微笑みと真っ直ぐな視線が証明していた。


「そうか。なら、いい」


 そう返したレオンハルトの声には安堵が滲んでいた。表情もわずかに柔らかい。

 平生冷ややかな彼がそういう感情をみせるのはめずらしいことだ。

 エリザが思わず目を瞬かせると、その反応を目ざとく見つけた彼は、すぐにいつもの鉄面皮に戻ってしまい、居心地悪げに髪を掻き上げた。

 その様子がなんだかおかしくて、エリザはくすりと笑みを漏らす。


「……何か?」

「いえ。陛下がすぐに無表情になってしまうのが、なんとなくおもしろくて」

「は?」

「わたしが相手だからでしょうか。陛下はいつも、無表情かしかめっ面の、どちらかですわね」


 口をついて出た言葉で、挑発する意図はない。ただ、少々嫌味ったらしい言い回しになってしまったため、これはすぐにレオンハルトから嫌味の応酬があるだろうと、エリザは身構えた。

 しかし、予想に反して彼の口から棘のある言葉が吐き出されることはなかった。

 いくら待てども、彼はややうつむきがちに黙すのみである。


「……陛下?」


 いつまでたっても反応がないので、エリザは恐る恐る声をかけた。返事はない。

 もしや、言葉も交わしたくないほど怒っているのだろうか。エリザは息をのむ。

 ふと、不敬罪の三文字が久々に脳内をちらついた。

 断頭台だけは避けたい。エリザは先刻の失言を悔やみつつ、なんとか王の機嫌をとろうと口を開く。

 その矢先である。


「たしかに、お前が相手だから、かもしれない」


 ふいにレオンハルトが顔を上げた。目は真っ直ぐにエリザを射ぬいている。

 たいして当の彼女は、王の口から出た不穏な言葉に、いよいよ顔を青くしていた。


「わ、わたしは、そんなに不快ですか!?」

「ああ」

「ああ、って。はっきりおっしゃいますね……」


 たしかに、思うところは色々とあるが。あり過ぎて泣きたいほどだが。

 そもそも出会いからして、王であるレオンハルトを、あろうことか騎士や宦官に間違えてしまったのである。もちろん第一印象は最悪だ。

 そんな二人が良好な関係を築けるはずもなく、それからというもの、彼と顔を合わせるたびに何かと険悪な雰囲気が形成され続けた。常識の範疇で考えれば、とても好かれているとは思えない。

 適当な理由をつけて、後宮を追い出すなり、処分するなりされても驚かない状況ですらある。

 そして今、とうとう引導を渡されたのかと、エリザはうなだれた。


「わかりました。わたしとて貴族の端くれ。こなったら潔く腹をくくりますわ」

「は?」

「覚悟ならたった今きめました。断頭台でも絞首でも、お好きなようになさいませ」

「いや、意味が分からないんだが。お前、なんか誤解していないか?」

「えっ、不敬罪の話ですわよね?」

「そんな話をした覚えはない! 思考が飛躍しすぎだ!!」


 少しばかり声を荒らげたレオンハルトは、疲れたように椅子にもたれかかった。

 はあ、とため息をついて、顔を手で覆う。


「お前といると調子が狂う。だから嫌なんだ。本当に不快な奴……」

「あっ、不快ってそういう意味ですか!」

「今ごろ? 馬鹿みたいに気づくのが遅いな」

「失礼を承知で申し上げますが、今のは陛下の言葉が足りなかったせいですわ。従って、わたしではなく陛下の頭の出来が原因だと考える方が正しいかと」

「……今さらながらに断頭台に送りたくなってきたんだが」

「失言でした申し訳ありません!!」


 エリザが青い顔で頭を下げる。ほぼ土下座の体勢である。寝台の上で臥せっている人間にしては、やけに俊敏な動作だ。

 それを見下ろす形になったレオンハルトは、数秒の間、呆気にとられた様子でエリザの背中を見つめていたが、やがて耐えきれないと言う風に噴き出した。


「本当、変な女だな……!」


 いったい何が彼の琴線に触れたのか、腹を抱えて笑うレオンハルトの目には涙さえ浮かんでいる。

 普段の冷徹な無表情の面影はどこへやら、心底面白がっている様子だ。

 彼もこんな風に笑えるのだ。偶然発見した彼の新しい一面に、エリザは唖然とするよりほかにない。

 そんなとき、入り口の方で控え目なノック音がした。






「やけに騒がしいと思ったら……この状況はいったい何?」


 ノックの音源は、間をおかずに入室したアデルだった。

 礼儀を重んじる彼も、この時ばかりは臣下の礼を忘れ、開口一番つぶやいた。呆れと驚きが同居する顔で、未だくつくつと笑い続ける王を見つめている。

 彼の気持ちが良く分かるエリザは、少し唇を尖らせて肩をすくめた。


「よく分からないわ。さっきからずっとこの調子なの」

「ふうん……。珍しいこともあるものだ。まあ、仏頂面よりはましか」

「これはこれで困るけどね」

「確かに」


 顔を見合わせうなずく二人。

 その様子をうけて、ようやく笑いが収まってきたレオンハルトは、不満そうな顔で二人を睨んだ。


「おい、全部聞こえてるぞ」

「聞こえるように言ったんです。なに馬鹿笑いしてるんですか陛下。外まで全部筒抜けですよ、みっともない」

「あ、アデル? それは言いすぎじゃない?」


 普段物腰穏やかな友人アデルが珍しく辛辣な言葉を吐くので、エリザはうろたえた。

 しかも、その放言の相手は国王陛下なのだ。下手をすると不敬罪ともとられかねない。

 エリザはおそるおそるレオンハルトの表情を伺う。

 幸いなことに、彼はさほど機嫌を損ねていない様子だった。いや、それどころか、唇を笑みの形に緩めて、楽しそうですらある。

 目を白黒させるエリザに気づいた彼は、わざとらしく肩をすくめてみせた。


「これはいつもこうなんだ。口を開けば諫言と説教ばかり。まったく、王をなんだと思っているんだか」

「そういうことばかり言わせる陛下も陛下です。言う方の身にもなってほしいですよ」

「よくもまあ、ぬけぬけと……。そろそろ本気で不敬罪を検討する必要があるな」

「よく言いいますね。そうなって困るのはあなたでしょうに。ねえ、エリザ」

「は、はあ……」


 返答に困ったエリザは曖昧に笑った。

 内心で話題を振ってきたアデルを恨む。いったい、どう答えろと言うのだ。

 案の定、レオンハルトは面白くなさそうにエリザを見やった。


「エリザはこれの味方なのか?」

「え、えっと、」

「当然でしょう。これまで散々無体を働いてきたあなたより、友人である僕をとるのは道理にかなっています」

「友人? おまえと? 嘘だろ、そんな性格で? もしや、まだ本性を見せていないのか?」

「失礼なこと言わないでください。僕はいつだって品行方正で温厚篤実ですよ」

「馬鹿言え」

「本当です。――あなた以外には、というだけで」

「アデル、おまえな……!」


 レオンハルトは若干の怒気を滲ませてレオンハルトを睨めつけるが、当のアデルは涼しい顔だ。

 エリザはハラハラしながらそれを見守る。一応、病床の身であるというのに、先ほどから続く予想外の出来事のせいで心はちっとも安静ではなかった。正直、これ以上はもう勘弁してほしい。

 そんな彼女の気持ちを察したのかは定かではないが、ふいにアデルがぽんと手を打った。


「そうそう。陛下のせいですっかり忘れていたけど、実は外にお客様を待たせているんだよね」

「俺のせいにするな! ……とはいえ、待たせ続けるのも不憫だな。俺は構わない、入れてやれ」

「あなたが指図することではないでしょう。決めるのはエリザです」


 レオンハルトの横柄な態度に呆れかえり、冷たい視線を投げかけるアデル。

 エリザは心の中でそうだそうだと囃し立てながら、上辺ではすましてうなずいた。


「陛下がいいとおっしゃるなら、構わないわ。すぐに入れてさしあげて」

「エリザ様の御心のままに」


 芝居がかった仕草で優雅に一礼したアデルは、さっそく件の客人を部屋に招き入れた。

03から05にかけて大幅修正。

陛下の鬼畜度を下げました。※当社比

読まなくても支障はありませんが、よろしければどうぞ。

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