Ⅱ・追憶(1)
愚かな事を――…。彼はその双眸に憐れみすら浮かべ、そう呟いた。
何という愚行をするのか、お前まで正気を失ってしまったのか、と。
血溜まりに沈んだ自分。その周囲を囲む兵達は怒りと困惑が混ざった様子で、すでに彼の手により瀕死の傷を負った自分に剣先を向けている。すぐ傍にある刃先に恐れを抱く事ももはやない。まるで痛ましいものを見るかのように自分に憐れみの眼差しを向ける彼をむしろ痛ましく思い、自分はただただ彼を見上げていた。
その視線に気付いたのか、彼は困惑の表情を浮かべている。この視線の意味がわからないのだろう。
…それが痛ましく思う原因だというのに。
背後で慌ただしい足音が複数響いた。有り得ないはずのこの異様な光景に息を飲み、彼らもまた口々に呟いている。何という愚行を、何故司教が、と。
自分がこの愚行を起こした動機がすぐ背後に――。なんとか声を出そうと、口を開いた。彼に再度の諌言をするために。
…あぁ、駄目だ。失った血の量が多い。呼吸をするのも苦しい。
たとえ今この場で声が出せたとしても反論するつもりなどない。伝えたい事はただひとつだけなのだから。
――…いや…、再びこの場で彼に言ったとしても…、もはや意味などないか…。
薄れゆく意識。霞む視界の向こうで、彼が壇上から降りてくるのが見えた。兵達を下がらせ、己の服が血に染まるのも構わずに自分の傍らに膝を突き、惜しむように自分の頬と髪を撫でていく。感覚も感情もなくなりつつあるというのに、その手を、心地良いな、と感じた。
…瞼が閉じられたのを見届け、彼は血で汚れた長い指を頬から額へと滑らせる。
――我が真名において汝を永遠の生へ沈める。
意識が深い闇へと飲まれていく中でその呪言を聞き…、口元で苦笑した。…絶望を、感じた。
声にはならぬとわかっていた。それでも無意識に声が漏れた。いや、それももはや出来なかったかもしれない。暗く深い眠りに沈みゆく自分に確認する術はなかった。
だが――言わずにはいられなかったのだ。
――…だからお前は駄目なんだ…、と。