Ⅲ・赫に近い黒の光(5)
◆ ◇ ◆
自分が何年暗闇に在たのか、それは未だにわからない。わかっているのは、かつて自分は自分という存在すら理解していない“モノ”だった、という事だけだ。
そんな自分も、やがては暗闇から引き出され、周囲に多くの者が満ちた時がきた。その大半の者達も、そして自分を暗闇から引き出した者達も、邪な願望を抱く愚かな連中だった。しかし、それは許せた。同じ魔族として、それは魔族の性だと理解できたから。せいぜい悪知恵を練る事だ、と微笑ましくさえ感じていたものだ。
だが――…。
自分が真に持つチカラの強大さと残虐さに気付くと、それまで裏でも表でもせっせと悪事を働いていた野心家どもでさえ震え上がった。そしてある者は去り、ある者は自棄で挑んできた。それが繰り返される中で、ようやく自分も悟った。――自分は、偽りの中でしか他者と関わる事が出来ない、という事実を。
あまりにも強大でおぞましい程に恐ろしい存在――…そう、魔の世界における魔族の常識の中でさえ、自分は異質な存在だった。異質ゆえに、あの男は自分を暗闇の檻に入れ、そして異質ゆえに、聞こえの良い差別を受けていた。誰も真剣に自分を相手にする気など毛頭なかった――、ただそれだけの事だったのだ…。
――そう事実を受け入れた瞬間、何もかもがどうでもよくなった。
自分を取り巻く環境の全てを棄てる事を、自分は全く躊躇わなかった。
業火の炎に包まれた大地は、罵声と悲鳴と焼けた血肉の臭いに満ちた。赤々とした灼熱の炎の海を前に、何故か口元に笑みが浮かんだ事を覚えている。多くの命が生きたまま焼けていく様に、実に盛大な火葬だな、などと無感情に思った。
「――これで、いい」
今の自分の姿は、あの者達が見て感じた自分の姿だろう。だから、これでいいのだ。何も間違ってなどいない。自分はあの者達が思ったように残虐な存在であり、だからこそこの惨状を作り出したのだから。
――だから、これでいいのだ。