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Ⅲ・赫に近い黒の光(3)

 


「――…こンの…ッ、大天使があァッ!! 起きろリオンッ! このッ…リオンッ!!」

 妙な胸騒ぎに引き返せば、この有り様だ。あのリオンが獣の咆哮にも似た苦痛の叫びをあげている。いつもの彼からは想像が出来ない変貌だ。

 それでもタオは、簡単に起こせると踏んでいた。

 だが…。頬を何度叩いても、体を乱暴に揺さぶっても、リオンが目覚める気配はない。自らを爪で引き裂くようにもがく両腕を、全体重で抑え込む。

「ったく、小癪な…!」

 唇を噛み締め――…タオは異変に気付く。


 リオンの気配が、薄い…。


 此処に在るのは、確かに、リオンの体だ。だが――…その肉体にあるべき魂とも呼べるモノが、此処にはない。そうでなければ、ここまで存在が希薄である道理がない。

 ――…これは、何だ?

 つい動きを止めるタオの耳に、呻きに混じった言葉が聞こえた。

「――…オ…助けっ……タオ…ッ」

「…っ!」

 目の前で親友が助けを求めているというのに…ッ!! 未だかつて経験した事がない程の苛立ちと混乱に、本気で泣きたい気持ちになった。

「くそっ。…いや、落ち着け、俺。考えろ。何がどうなっていやがる? コイツの魂は…今…どこで…何を――…。

 …ッ、そういう事か! 死に損ないごときが、たとえ魂だけでも連れ去ろうというか…ッ!!」

 タオの目に宿る冷たい光。


 ――…誰であろうと、どのような用件であろうと、断じて許さない。


 暴れるリオンを全身で抑え、己の右手をリオンの心臓の真上に押し当てた。一気に魔力を高める。

「我が真名において、汝を我が支配下とする。これより後、汝は我に抗う術を失い、我が傍らより離れる術を失う」

 名の呪縛の言葉――。この大天使を無理矢理にでも引き戻すには、こうする他はない。

 一瞬リオンが苦悶の表情を浮かべ――…、しかしすぐにその表情は安らいだ。加減なく暴走していた肢体も、力なくベッドに投げ出される。

 何度かまぶたを震わせ――…その薄茶色の瞳が開かれた。

「…戻ったか? やれやれ…」

 ぼんやりとはしているが、間違いなく、リオンだ。安堵に無意識のため息。

 無意識に広げていた翼をたたみ、みなぎらせていたチカラを解いていく――…。

「気分は? あれだけ暴れていたんだからな、体はやべぇだろうけどよ」

 いつもの調子で話し掛けると、リオンは何度か瞬いた後に、重い…、と小さく呟いた。

 馬乗りのなったままだったタオは、おぉそうだった、と苦笑して降りる。

「ったく…、ふざけた真似をしやがるもんだぜ。俺様の玩具を勝手に――」

「…っつ…ッ!」

 ブツブツと独り言を呟いているタオを見ようと身じろぎし――リオンは全身に走った鋭痛に呻きを漏らす。何事かと顔を向けたタオは、リオンの腕や足に手形のような痣を見た。

 …否。それは痣などという生易しいモノではない。手の形で爛れた酷い火傷だ。それは全身にあるのだろう、はだけたままのシャツからのぞく腹にも見える。…こんなモノ、先程まではなかった。

「…」

 タオは手をかざし、チカラを送る。彼にしてはとても優しい波動だ。最初に痛みを消す事で苦痛を和らげ、一つ一つ確実に治していく…。

「貴様に治癒魔法を教わって正確だったな。さすが大天使直伝、レベルが違う」

 囁きのような軽口に小さく笑うリオン。応えようと口を開き――…キョトンとしている。

 あぁ…、と苦く笑うタオ。

「悪りぃ。貴様を連れ戻すために名の呪縛を使った。俺の名前が言えねぇし、いつもみてぇな口がきけねぇんだろ? 安心しろよ、後でちゃんと解放してやるからな」

 説明を受けたリオンは、ただ素直に、そうか、と納得した。試しに、馬鹿カラス、などと悪口を言ってやろうとしたが、声にはならない。

 …こんな事を考えて試す事が出来るのだ、タオはリオンの全てを支配したのではないらしい。友の優しさを感じる。

「…ん? 名の呪縛って…」

 この呪は、互いに名を知っている以上は発動しないはずだが…?

 リオンは無言で疑問の視線を投げつけたが、タオはただ、裏ワザだ、と笑うだけだった。

「よし。こんなモンか」

 全ての手形を消したタオが、満足げに笑ってふんぞり返った。リオンは苦笑しつつ起き上がろうとしたが…、滅茶苦茶に暴れた体は強い疲労と筋肉の悲鳴に支配されて動かない。天邪鬼なタオは、そこまでは治してくれないらしい。

 悪戯っ子の目をしたタオが、そうそう、と続ける。

「貴様、大天使なら敬語には馴れてるんだろ? 敬語混じりでなら、普通に会話が出来るからな。試しに言ってみるか? 俺の事を『我が君』とかって」

「…」

 …冗談じゃない。リオンは引きつった笑いで拒否した。

 タオも本気ではなかったので、ひとしきりに笑い――…そして、表情を改める。

「…何があった? また扉の夢を見たのか?」

 少し考え、リオンは頷く。

 過去三回のそれとは異なっていたが、確かに扉の夢なのは間違いないのだから。

「それで…、なんであんな風になった?」

「…敬語で説明しろ、と?」

 苦笑混じりにリオンが問う。呻き叫びまくった喉はやられ、声が掠れている。

 汗で額に張り付いた髪を本人の代わりに剥がしてやりながら、タオもまた苦笑する。

「嫌がるのもわかるけどな…。呪縛を解いた後に言うと、いつぞやみたいにまた恐怖が這い出てくるだろ? 俺の支配下にある今なら、話をしても恐怖心に負ける事はない。夢…と呼べるのかも怪しいが、そいつの内容がはっきりとわかれば、俺は貴様の恐怖をうまく消してやれる。そうしねぇと、俺は呪縛を解く気にはなれん。だから、敬語だろうが何だろうが言ってもらわねぇと困る。

 ――だから、言え」

 最後は、支配者としての言葉だった。



 支配者から命令された状況でもあり、リオンは久々の敬語に苦戦しつつ説明をした。弛い呪縛のおかげで、砕けた敬語でも大丈夫のようだ。喉の痛みや嗄声のために時間が掛かったが…、確かに恐怖に襲われる事はなかった。

 話を黙って聞いていたタオは、しばらく考えた末に口を開く。

「――…貴様に言うつもりはなかったんだけどな。

 ほら…、前に貴様と扉に行っただろ? 実は、な――」

 話したのは、リオンが知らない事実。無の空間に在るイシュヴァの民の骸と、彼らが骸となった理由――…。

 それらはいつものリオンでは、とても聞いてはいられなかった事だろう。だが、今のリオンは話し手の支配下だ。複雑な心境にはなっても、淡々とその事実を受け止める。

「お前が夢で影として見た連中はそいつらだろう、と思うんだが…。

 まっ。白いはずの扉が変色していた事といい、お前を魂だけで拉致しちまおうとする馬鹿がいる事といい…。イシュヴァで何かが起きているのはほぼ間違いないだろうな」

 リオンはただ頷く。

「気になるか?」

「…それは…」

 一瞬、返答に詰まる。気にならない、というのは嘘になるから。

 タオがどこか物憂げな表情で、リオンの名を呼ぶ。

「リオン…、お前どっか行かねぇよな? そんなの、俺は…嫌だからな」

 最後はふてた幼子のようだった。しかしタオがこのような事を言う事も、リオンを、お前、と呼ぶ事も本当に珍しい。

 だからこそ――リオンは穏やかに笑う。

「…行かないよ」

「フン…、今の貴様は俺の支配下だからな。俺に反する言葉は口に出来ない。だから、そう言うしかないだけだろ」

「支配下とか、関係ないです。

 …確かに、帰りたい、とは思った。それでも俺は、バハールドートに残る、と決めた。そうでなければ、あの白い手達が躍起になって引きずり込もうとするはずが――…何?」

 横目でチラチラと見てくるタオに、リオンは小首を傾げた。訊ねてから…、どうやら照れているらしい、と悟る。

「…敬語混じりの貴様って、違和感があるな」

「そうさせているのは、おま――貴方でしょうが。満足したのなら、何とかして。話しにくい」

「イヤだね」

「あ、そーですか。どーぞ、ご自由に」

「はぁ? 面白くねぇなー…。どうせなら、ずっとこのままでもいいんだぜ?」

「別に俺も構わないですよーだ。この程度の呪縛なら気楽だし、妙な安心感もあるし、結構快適」

 ほくほくと笑顔で応えられ…、タオは苦虫を噛んだような顔で、乱雑にガシガシと頭を掻いている。調子が狂ってやりにくいらしい。

「ったく…。解きゃあいいんだろ。解きゃあ」

 ため息の後、再びリオンの胸に手を乗せて呪縛解除の言葉を呟く。

 タオの手が離れた瞬間――《自分》としての感覚が唐突に戻り、体が反射的に、ビクッ! となった。

「大丈夫か?」

「ん…あぁ、びっくりしただけだ」

 何度か目を瞬かせてから、リオンは一気に集中を高めていく。体の隅々にまで魔力を送り込み、タオが取り去らなかった分の疲労や痛みを回復させていく――…。

 身軽な動作で体を起こし、リオンは大きく伸びをした。

「ふぅ…、貴重な体験をしたぜ」

「また体験したくなったら言えよ?」

「却下だな。

 …そういえばお前、裏ワザって一体何だよ? 裏ワザって」

「ふっ…、企業秘密だ。教えられないな」

「なんだよー…。カッコつけやがって」

「んあぁ? 文句あんのか?」

 いつもと変わらない軽口を交わし――…。そして、リオンとタオは同時に笑った。





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