7
捜査七課の戻ったのはすでに夕刻になった頃だった。課長はすでに帰り支度の気配。朽木はどこから持ってきたのか虫食いだらけの古書を開いていた。
「ただいま戻りました」
朽木は頷くだけだった。しばらくすると、顔を僕に向けていった。
「報告!」
「あっ、はい」
僕は慌てて手帳を取り出して、調べてきたことを報告した。
あの岩木邸はもともと、明治の初めに柚木仙蔵という紀伊の材木商が移り住んできたものだった。その後、明治中期から息子の作次郎が跡をついでから、急速に商売がうまくいきだした。相当なお金を稼ぎ出し、この前の火事で焼けてしまった豪邸を建てた。
その後、大正時代を過ぎて昭和に入ったころ、なぜか急に商売がうまくいかなくなって、夜逃げ同然に姿を消したらしい。
空き家となった邸宅を買ったのが岩木誠司の父親である、岩木源蔵。この源蔵が岩木商事の創業者で一代にして大企業にした人物だ。
朽木は僕の報告を聞き終わると顎の下に手を添えて考え出した。
「ねえ、柚木って言うのがあの邸宅の元の持ち主だよね」
「そうです」
僕は答えた。
「おかしいな。たぶん、柚木作次郎があの緋骨を地下室に置いて、弁財天の符をかけたはずなのに、なぜ、夜逃げなんかしたんだろう?」
「商売は水物だから別に不思議なことでもないでしょ?欲をかきすぎて、失敗したんじゃないですか」
「違うよ、坊や。あの緋骨があればそんなことは絶対起こらないよ。そのくらい、強い力があるのよ、あの緋骨にはね」
朽木は机の上に散らばっている古本の山をかき混ぜながらその答えを考えているようだ。
不意に机を軽く叩いた。
「そうか、虚ろの結界か」
「なんですか、その虚ろのなんとか」
「たぶん、あの邸宅の周りに強力な結界を張って緋骨の力が届かないようにした誰かがいたのよ」
「そんなことしてどうなるんですか?」
「だから・・・緋骨はそれぞれの骨同士に及ぼす力を利用して弁財天の符をほどこしてあるでしょ。その骨同士の絆を結界で切り離すと今までの幸運が一瞬のうちに消え去って、一文無しになる。そうよ、それよ」
僕にはわかったようなわからないような。
そんな僕にはお構いなく朽木は活きよいよく椅子から立ちあがった。
「坊や、出かけるよ」
「どこに行くんですか?」
「いいから、黙ってついてきなさい」
朽木に腕を掴まれて僕は部屋を後にしたのだった。