真実の愛の秘薬
婚約者と友人の逢瀬を目撃したジェンナ。ジェンナは『真実の愛の秘薬』を売っている雑貨屋シェールを訪れた。
※かなりなぐり書きです。
王都の一画にある雑貨屋シェール。店内には庶民でも購入できる価格のハーブティーやアクセサリー、サシェなどの雑貨が並ぶ。女主人は魔女ではないかと噂されていた。
ジェンナは深呼吸すると目の前の扉を開いた。カランとベルが軽快な音を立てる。店内には人は居らず、店主であろうクセの強い赤毛をお団子にまとめた女性が、会計台で瓶の中にハーブを詰めていた。
「いらっしゃいま……」
「あの!」
店主の挨拶を遮り、ジェンナは声を出すと小走りで会計台に近づく。店主は目を丸くし、パチパチと瞬きをしてジェンナを見下ろした。
「真実の愛の秘薬を売ってください!」
淑女らしからぬジェンナの大声に、店主は再び目を丸くする。そして、口元に手を当ててクスクスと笑った。
「お嬢さん、その薬は誰から聞いたの?」
「学園で噂を耳にしました」
ジェンナは通っている王立学園で『真実の愛の秘薬』を売っている店があるという噂を耳にした。愛し合っている二人が飲むと生涯添い遂げられるが、愛し合っていない二人が飲むと何も起こらない不思議な秘薬。
「ふうん。それで、お嬢さんは恋人に使うの?」
店主は大きな瓶に入った薄い紫色のハーブを、スプーンですくって細長い瓶に流し入れた。サラサラと小さな音が店内に響く。ジェンナは首を左右に振った。
「いえ、婚約者と友人に……」
「えぇ?」
ジェンナの言葉に店主は困惑した声を出す。無理もないとジェンナは口を開いた。
「私の婚約者と友人が想い合っているので……」
最近、ジェンナは婚約者アンガスと、友人のカイリーが想い合っているのを知った。二人は人目を忍んで会っていた。校舎の裏。放課後の空き教室。図書室の奥まった一画。壊れた温室。ジェンナに向けたことのない、熱のこもった視線をアンガスはカイリーに向ける。カイリーの潤んだ瞳がそっと伏せられ、二人は口づけを交わした。美しい絵のようだった。
二人を応援したいとジェンナは考えていた。しかし、侯爵家のアンガスと男爵家のカイリーの身分差や、婚約時に交わした両家の共同事業の契約があり、どうしたものかと悩んでいたところに、真実の愛の妙薬を噂を耳にした。
「二人は愛しあっているんです。だから、真実の愛の妙薬を飲んでもらって、生涯添い遂げて欲しいなと……」
「そう。う〜ん……」
店主はジェンナの事情を聞いて、腕組みをして唸る。当人たちでないから売ってもらえないかとジェンナは肩を落とした。
「あのね、真実の愛の秘薬は媚薬なの」
「はい?」
ジェンナは間抜けな声を出した。媚薬?媚薬ってあの?混乱していると、店主は前掛けのポケットから鍵を取り出し、会計台の鍵付きの引き出しに差し込む。引き出しの鍵を開け、中から赤みのある茶葉の入った瓶を取り出して会計台の上に置く。
「これが真実の愛の秘薬」
「お茶なんですね」
まじまじとジェンナは瓶の中の茶葉を見た。真実の愛の秘薬と知らなければ、ただの茶葉に見える。店主は笑いながら話し始めた。
「えぇ。普通のお茶と入れ方は同じよ。味はあっさりして飲みやすいみたい。いかがいたします?」
他人事のような口調に、店主は飲んだことはないのだなとジェンナは考える。媚薬。美しい恋人たちに飲ませるものではないなとジェンナは瓶から顔をそっと離した。
「遠慮しておきます」
店主は満足そうに笑って、瓶を引き出しに仕舞うと鍵を閉める。
「お嬢さんには、こちらをお勧めするわ」
会計台の近くに置いてあった、小さな瑠璃色の宝石がついたネックレスを店主はジェンナに勧めた。
「これは?」
「ラピスラズリのネックレスよ。魔除けの効果があるの。出来れば肌身離さず身につけて欲しいのだけれど」
あまり大きな石ではないので、制服の下につけても違和感はないだろう。ジェンナは頷いた。
「こちらをいただきます。つけてもらえますか?」
「えぇ。お買い上げ、ありがとうございます」
ジェンナは巾着を取り出して代金を支払う。店主は代金を受け取ると、ネックレスを持ってジェンナの背後に回った。優しい手つきで店主はネックレスをジェンナに付ける。
「ありがとうございます」
「いいえ。よく似合ってるわ」
店主の笑顔に、何故がジェンナはホッと気持ちが落ち着いた。二人のことについて吐き出せたからだろうか。それともネックレスのお陰かしら。ジェンナは店主に笑顔で挨拶をすると店を後にした。カランとベルが軽快な音を立てた。
────
晴れ晴れとした気持ちでジェンナはタウンハウスに戻る。素直に両親に二人のことを話して、アンガスとの婚約は解消してもらおうとルートサルーンに入ると、青い顔をした両親がジェンナを出迎えた。
「ジェンナ!」
「お父様、お母様。どうかなさったの?」
両親のただならぬ様子にジェンナはたじろぐ。何か良くない知らせがと身構えると、父が眉間に皺を寄せながら話し始めた。
「アンガス卿が、カイリー嬢と……」
「えぇ?!二人が想い合っているのが知れてしまったの?」
思わずジェンナは大きな声を出すと、両親は顔を見合わせる。
「知っていたのか?」
父に問われたジェンナが頷くと、二人は大きな溜め息を吐いた。
「なら、何故私たちに相談しない……。そんなに信用がないか?」
がっくりと肩を落とす両親にジェンナは慌てる。
「違います!私も最近知ったので……」
「そうだったの……」
母が労わるように、そっとジェンナの肩に触れた。チラチラと使用人たちがこちらを見るので、ジェンナは両親をパーラーに誘導する。三人がパーラーの椅子に座ると、メイドがお茶の準備をして退室した。
「あの、アンガス様とケーラに何があったの?」
メイドが退室して直ぐにジェンナは両親に訊ねる。円満に婚約を解消したかったジェンナは、二人の様子からして、アンガスとケーラはキスをしているところを見つかったのだろうかと、自分ごとのように焦っていた。
「あぁ。学園内で不純な行為をしているところを、殿下たちに見つかった」
「は?」
父の発言に思わず間の抜けた声が出る。殿下は私たちの一つ下の学年で、同い年の婚約者と仲睦まじく、曲がったことが嫌いだと有名だった。ジェンナは、あの二人は純粋に思い合っていて、不純な行為なんてしていないと混乱していると母が口を開く。
「アンガス卿との婚約はあちらの有責で破棄となったわ。殿下からの告発ですもの……」
「そうなのですね。円満に解消したかったのですけれど……」
ぽつりとジェンナが呟くと二人は溜め息を吐いた。
「お前が傷ついていないことが救いだ」
「私、アンガス様のことは好きでも嫌いでもありませんでしたからね。ケーラ様も友人ではありますが、特別仲が良いというわけではありませんでしたし……」
顎に人さし指を当ててジェンナは話す。アンガスに対して恋心は全くないし、ケーラも二人で出かけたりといった親密さはなかった。
「それより、共同事業は大丈夫なのですか?」
「共同事業?あぁ。それは大分前に両家に得はないと白紙にしているよ」
共同事業がまだ継続していれば、それがどうなるのかが心配だったジェンナは、父の説明にホッと肩の力を抜く。
「お前、そんな事を気にしていたのか?」
「はい」
「はあ。頼むから、次からは気を使わずに何でも相談しなさい」
両家に真剣な眼差しを向けられ、ジェンナはコクコクと頷いた。そして、次のからはと言われ、新しい婚約のアテがあるのね。次の婚約者は誠実な方が良いわ!と呑気に考えていたジェンナの元に、『私の太鼓判付きだ!』と殿下から大量の釣書が送られてくるのだった。
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