ライファー
私は鳥が好きだ。
来世があるなら、次は木の梢に生まれ変わって小鳥たちの休憩所になりたい。
今日もMFで探鳥したあと、野帳にメモする。
「やぁ。今日もここで観察かい?」
「ええ。みなさんはカメラを?」
声を掛けてきたのは数年前に知り合った野鳥を撮るカメラマンさんだ。
「瑞希ちゃんもカメラ買えばいいのに」
「あはは……。お金ないんで」
「それにしても上手いモンだ。SNSにもあげてるでしょ? アレ見るの好きなんだ」
「ありがとうございます」
野帳ノートに書いたものは載せられないけど、簡単な鳥のイラストをSNSに載せている。
最近ではコアジサシのイラストのインプレッションが万を超えて驚いたばかりだ。
「しかし、わたしらみたいなオジサンより、ベテランだもんなぁ。瑞希ちゃんに話しかけた時は素人だって決めつけてごめんね」
「いやいや、社会人になって週末バーダーになってしまって……。でもこうして鳥を観られる時が、一番の癒やしです」
私は子どもの頃からバードウォッチングするのが好きで、気づけば歴は十四年になっていた。
「そういえば、近くに珍鳥が出たって知ってる? さすがにネットには情報あげられないけど、瑞希ちゃんには教えるよ」
「わ、本当ですか?」
そう言って教えてくれたのはヤツガシラの出没地。
私は緑地公園の近くの畑に寄ってみることにした。
日差しが暖かい。もうシロハラも旅立つ頃か。
少し動くと汗ばむ額を拭うと、お目当ての畑に着いた。
緑地公園の入口から双眼鏡を向ける。
あの立派な冠は見れるのか。もし観られたら新種発見になる。
胸の高まりが抑えられない。
自分の心臓が耳の中で響いている。
「あ」
思わず声が出た。
橙色の体色。長いくちばし。翼のモノクロの縞模様。
間違いない、私が何度も図鑑で見た憧れの鳥だ。
(ああ、やった。ついに見れたんだ!)
土が柔らかくなった畑で採餌する姿がかわいらしい。
カワラバトよりは小さく見える。これはヒヨドリサイズだ。
できれば冠羽を開いてくれないかな。
でも警戒しない限りは無理だろうな。それか飛び立たないか。
そんな事になれば、人がわざと――。
ヤツガシラは冠羽を半開きにして、辺りを窺いだした。
訝しみ、顔を上げると、大砲のようなカメラを持った中年男性が畑に侵入するのが見える。
(えっ、不法侵入? てか、『鳥撮り』だよね……)
ズカズカと畑に入り、大砲をヤツガシラに向ける。
ヤツガシラは冠羽を全開にして、警戒していた。
おじさんと珍鳥の距離はおよそ二メートル。近づきすぎだ。
パシャ、カシャシャシャシャ――。
カメラのシャッター音にヤツガシラは驚いたのか、飛び立ってしまう。
「なんてこと……信じられない」
飛び立つ瞬間も逃したくないのか、上空にも重いカメラを向け、撮り続けている。
こんな人がいるから、ヤツガシラも今後、来なくなってしまうだろう。
私は怒りに任せてそのおじさんに歩み寄る。
「ちょっと! 何してるんですか」
大砲おじさんはめんどくさそうにこちらを見て、口を開ける。
「あ? 珍しい鳥、撮ってるだけだけど?」
「近づきすぎですよ! それに畑への不法侵入なんて、本当に信じられない!」
「なんだ? ここの土地の所有者なんか? すみませんでしたー」
シワだらけのおじさんがぐにゃりと口端を曲げて棒読みで謝罪する。
「所有者じゃありません。ただのバーダーですけど、マナーってご存知ですか?」
「なんだよ、しつこいな。所有者でもないのに文句つけんなや。見てたけど、あんたもすっげー鳥を見てたやんけ」
ニヤニヤとこちらを値踏みするような視線。
私が何度も晒されてきたものだ。
「遠くから観察するのがマナーですよ。それにカメラのシャッター音もオフにできますよね?」
「ちっ、うるせーな……。あー、以後気をつけまぁす」
全然、反省の色が見えない……。
こんな迷惑な人がいるから、変な目で見られるっていうのに。
大砲おじさんはとっとと立ち去り、いなくなってしまった。
嫌な気持ちになった。
でも、ライファーはライファー。野帳にメモを書き込み、簡単にヤツガシラのイラストを描く。
ああ、本当にイライラする!
ふと、大砲おじさんのスマホの画面を思い出す。
あれは私の使っているSNSと同じだった。
嫌な予感がする。
確認しなければならない。
私はすぐに帰宅し、探鳥を切り上げた。
嫌な予感ほど当たるものだ。って誰かが言っていた気がする。
本当にそのとおりで、SNSのトレンドに『#ヤツガシラ』の文字が目に入る。
『奈良の緑地公園の近くの畑で発見! #ヤツガシラ #鳥好きさんとつながりたい』
投稿とともにヤツガシラの写真が添えられていた。
リプライには私の悪口も書かれている。
『撮ってたら、厄介な自称バーダーっていう若い子にマナー講師されちゃった(笑)やだねー、嫉妬かな?』
覚えたぞ、『AFより勘@1961Nobu』よ。
絵文字モリモリのおじさん構文とその他責思考は本当にいい性格してるよ。
私は今日教えてくれたヤスさんにDMで件の投稿を共有して、メッセージを送った。
『ヤツガシラ、教えてくれてありがとうございます。ちょうど、この人がいて畑に侵入し、鳥に二メートルくらい近づいて飛ばしたんです』
『それであまりにもヒドイなと思って注意したら、全然反省してなくて、この投稿を見かけたんです』
『私への悪口はどうでもよくて、こんなマナーのないバーダーがいることに憤りを感じているんです。どうすればいいでしょうか?』
送った後、ひと息つくためにコーヒーを淹れる。
粉をかき混ぜ、砂糖を二杯入れて一口飲むと、少し落ち着いた。
ほどなくして、ヤスさんから返信が来る。
『それは大変な思いをしたね。ぼくも見たけど、ひどいね。この人のプロフィール見た?』
『鳥見歴二年って書いてたよ。多分、自分のやったこととかわかってないんだと思う』
『あるいは根っからの悪質な鳥撮りかも。風景から電車、それから鳥撮りって書いてた』
『直接言うのは控えたほうがいいかも。その代わり、ぼくらが動くから』
ヤスさんは良い人だ。
怒りで突撃しようとしていた頭が、スッと冷えた。
でもこのモヤモヤは収まらない。
『今日、悲しいことがありました。畑に侵入して鳥を脅かす人がいて……。鳥が可哀想で涙が出ました』
これはセーフ、だよね。
◆◆◆
「瑞希ちゃんを困らせるやつは、こいつか」
ヤスこと、康基は憤っていた。
二年前に知り合った若いベテランバーダーの隠れたファンだからだ。
いつも平城京跡の野鳥をこまめに観察記録をとる彼女の姿に感銘を受けているのもある。
単純に若い子と話せる機会が嬉しいというのもある。
とにかく、ヤスは後悔していた。
「おれが教えなければ、瑞希ちゃんにあんな思いをさせなくてよかったのかも」
それでも、彼女の喜ぶ顔が見たかった。
「AFより勘、か。いかにもカメラ好きのアカウントだな」
カタカタ。
キーボードを叩いて、マウスでスクロールさせる。
『大阪のMFでアオバトに遊んでもらいました。アオーって鳴くからアオバトなんて付けられたってホントカナ?』
飛び立つアオバトの写真。
『クロツグミに会えました。近くのバーダーさんにご飯、もらえて良かったね』
市販の餌とクロツグミ。
どれもアウトな投稿ばかり。
至近距離で撮って飛ばせたり、餌付けなんて以ての外だ。
「こんなマナーのない奴とつるんでるのか。……さもありなん」
もう少し、スクロールする。
一年前のある投稿に手を止めた。
『セキセイインコのピヨちゃんが虹の橋を渡りました。いつも肩に乗って元気にしてたのに。本を読んだら発情過多が原因かも』
『ピヨちゃんのおかげで、近所のスズメもカラスも好きになれた。野鳥に興味を持てた。僕がこうして鳥を撮るきっかけをくれてありがとう』
「…………」
本当はノブってやつも心から悪いやつではないかもしれない。
もっと前に遡ると、黄色いピヨちゃんと一緒に写っているものや、近所で撮ったであろうスズメの盗蜜に関心を抱いている様子もみられる。
「ピヨちゃんの死をきっかけに変になっちまったんだな」
だが、それはそれ、これはこれだ。
ヤスはさっそく、ヤツガシラの投稿にリプを送る。
『あの、撮影場所や人の悪口はやめたほうがいいですよ』
投稿から数秒で何人かにも『いいね』をもらったり、賛同するリプがついた。
『よかった。私が間違ってるのかと思った。ダメですよね』
まともな人もここにはいる。
だけど、ノブの仲間らしき人からも返信がくる。
『は? こういうのは共有すべきでしょ。意味のわからないマイルールを押し付けんな』
『AFより勘@1961Nobuさん、気にしなくていいよ! 僕らは僕らで活動しよ』
これじゃ、ダメだ。
仕方がないので、野鳥の会が発行している撮影マナーの画像とURLを添える。
『一応、置いときますね』
これでわかってくれればいいのだが。
◆◆◆
数日後。
SNSの鳥好き界隈は『AFより勘@1961Nobu』は燃えに燃えていた。
「ヤスさんも注意してくれたのに、あんな風に反論するからだよ」
私はコーヒーを飲みながら画面をスクロールする。
『は? なんや、おっさん。僕がどんなこと発信しようが勝手やろ。意味わからんマナー押し付けんなや。監視社会やないんやから』
この発言が取り上げられ、まとめサイトにも取り上げられる始末。
引用リプは大砲おじさんを責めるものや、界隈以外の物申す人も参戦していた。
『鳥撮りって、マナー悪い人多いよね』
『撮り鉄にも言ってやれよ(笑)』
『最近の人のために、野鳥の会が言っているマナーのやつ、置いときます』
それにも燃料を投下する大砲おじさん。
『みんなやっているんだから、いいだろ』
そして、畑には連日カメラマンが殺到し、ヤツガシラはもう来なくなってしまった。
私はヤツガシラのイラストを投稿する。
『このあいだ見たライファー。※例の人とは関係ありません』
リプライ欄は閉じて、火の粉がかからないようにする。
今なら、おすすめに載りやすいかも。
『うわ、当てつけ? てか、本人か?』
『かわいい!』
『ぜひ、水木@鳥イラストさんに撮影マナーの絵を描いてほしい』
いいね、RP、引用リプが次々、ついていく。
どんどん注目されるこの感じ。最高だ。
私は大砲おじさんの名前も、RPもしていない。
真っ白なお手々でスマホの画面を見つめているだけ。
『瑞希ちゃん、ちょっとは元気出たかな? おれのほうから注意はしたから』
相変わらずヤスさんは優しい言葉をくれる。
ほらね。私は正しいことをしているの。
でもね、『本人か?』って憶測で言う人も出てきているのはなんでだろう。
注釈が余計だったかも。
明日は土曜日だし、また相談させてもらおう。
◆◆◆
週末のMFは歴史好きな人や家族連れがポツポツといた。
「ああ、そういえば昨日は早く寝ちゃったからSNS見れてないや」
休憩がてらスマホを開くと、別アカウントでフォローしていた『AFより勘@1961Nobu』はいなくなっていた。
代わりにあるのは大砲おじさんの謝罪文をスクショしたものが溢れている。
『僕の軽率な行動により、野鳥界隈の皆さまを騒がせて申し訳ありませんでした』
『また、注意をしてくれた若いバーダーさんに対し、不適切なことを投稿してしまったことについても、謝罪させていただきます。誠に申し訳ありませんでした』
この投稿とともに、彼はSNSから身を引いたのだ。
……勝った。
私は悪いバーダーを制裁できたんだ。
早く、早くこの事をヤスさんに報告しなきゃ!
ヤスさんたちは、自販機前にたむろしていた。
「おはようございます! 昨日の見ました?」
「ああ、瑞希ちゃん……」
目の前の中年男性たちの表情は浮かない。
なにか嫌なことでもあったのかな。
「あのノブさんって人、どこかにいなくなっちゃいましたね。これで安心して鳥さんを観察できますよ!」
「…………」
……どうして?
私、なんか変なこと言ったかな。
「そういえば、ヤツガシラのイラストに変なリプついちゃって、困ってるんですよ」
「……瑞希ちゃん、やりすぎだよ」
「え?」
なにを言われたのか、わからなかった。
「そりゃわたしらも炎上させた原因になったかもしれないけど……。瑞希ちゃんがヤツガシラのイラストに注釈つけたのは良くないよ」
「でも、話題には乗っておかないと関心のない人だって思われたくないし……」
「アレ見てわたしも目が覚めたよ。瑞希ちゃんのためとか言って、暴走しすぎたかなって」
なんで、そんな事言うの? 意味わかんない。
「え、私はSNSではあの人に距離置いてたじゃないですか。むしろ、率先して燃えさせたのはヤスさんじゃないですか」
「あの人とDMで話させてもらったよ。直接注意した時も、瑞希ちゃん、かなり高圧的だったんだって?」
高圧的? あれが?
「それでカッとなって嫌味なこと言っちゃったって。セキセイインコのピヨちゃんが亡くなってから変な人とつるんで、マナーのないことしたのも、反省しているって」
は? なんでヤスさんは私の味方じゃないの?
「昨日の昼に、ここで直接謝罪も受けたよ。もう、迷惑かけないって。瑞希ちゃんにも伝えてくれって」
「え。まあ、反省しているならいいですけど……。でも逃亡してますよね」
「ああ、別のSNSで活動再開するらしいよ。でもね、瑞希ちゃんもやりすぎだよ」
なんで、責められてるの?
「注意の仕方ってのも、相手の立場にならないといけないよ。それに自分の手を汚さず、炎上させるなんてダメなことだ」
私は〝相談〟しただけなのに。
「私は、そんなつもりじゃ」
「瑞希ちゃん」
目の前にいるおじさんは、真剣な目でこちらを見てくる。
「そういえば、鳥仲間ってわたしの他にいるのかな」
「いない、ですね」
「こうしたトラブルも一度や二度じゃないよね」
「そうですね……」
孤高のバーダーではあるけど、それはあるあるじゃない?
「きみも言いたいこと、わかるよね?」
わからない。心臓が激しく鼓動する。
「もう、関わらないでくれないかな。こんな形になってごめんね」
――嫌な予感は当たるものだ。
私はその場を立ち去り、家に逃げ帰った。
◆◆◆
大砲おじさんは自業自得じゃん。
ヤスさんも私の相談で行動しているんだから、私の味方であるべきでしょ。
なんでいつもこうなるの?
私が正しいって思ったことをしただけで、みんな離れていく。
会社も趣味も、大嫌い!
私に必要なのは人なんかじゃなくて、野鳥だけなのに。
私の周りには人が多すぎる。
その時だった。
ピコン。
SNSのDM通知だ。
『はじめまして、こんにちは! 僕はトシって言います。野鳥好きなおじさんですが、仲良くできれば嬉しいです!』
ああ、私はまた人と関わらないといけないんだね。
『はじめまして。私も野鳥好きなので、お話しましょう!』
こうしてまた私は人と関わっていく。




