聖なる酒と恥じらいの拳
楽園の境界線で拾った(?)自称・拳法家の少女、メイリン。
真っ赤なチャイナドレスを泥だらけにし、空になった酒瓶を抱えて泣きべそをかいていた彼女を、私たちは放っておけなかった。
「……お、お姉さん……。お酒……お酒が切れたら、私、ただの『根暗な娘』に戻っちゃうネ……。それだけは勘弁アルよ……!」
「あはは……。分かったから、そんなに泣かないで」
私は苦笑いしながら、彼女を世界樹の根元へと案内した。
私のスキル『エデンの再誕』は、あらゆる植物に神の魔力を宿らせる。ならば、最高級の果実を発酵させ、一瞬で極上の「お酒」に変えることだって造作もない。
私は世界樹の枝に実った、琥珀色に輝く大きな果実を一つ手に取った。
そこにそっと手を添え、理想の味を思い浮かべながら、魔力を注ぎ込む。
「……美味しくなれ」
じゅわり、と果実の皮から甘い蜜が溢れ出し、周囲に鼻をくすぐる芳醇な香りが漂った。
ただの酒ではない。飲む者の活力を呼び覚まし、魂までをも陶酔させる**『神の滴』**。
「アイヤー! なんていい匂いアル! いただきますネ!」
メイリンは差し出した果実酒を、奪い取るようにして喉に流し込んだ。
◆ ◆ ◆
「ふぉぉぉぉぉ! 生き返ったアルー!!」
数分後。そこには、顔を真っ赤にして満面の笑みを浮かべる、超絶フレンドリーなメイリンの姿があった。
「お姉さん! さっきよりずっと綺麗に見えるヨ! 私、お姉さんのこと大好きアル! ぎゅーってするネ!」
「わわっ!? ちょっと、メイリン……っ!」
メイリンが私の首にしがみついてくる。
小柄ながらも鍛え抜かれたしなやかな体躯。Bカップほどの引き締まった胸が、私の背中にぴったりと押し付けられる。お酒の香りと、彼女自身の体温が混ざり合って、なんだか私まで酔ってしまいそうだ。
「ちょっと待つでござる! アリシア殿に抱きついていいのは、拙者だけでござるよ!」
「ふん、わたくしというものがありながら、厚かましい娘ですわね。その泥酔拳法、わたくしの魔術で冷やして差し上げましょうか?」
シノブとフェリシアが、嫉妬を剥き出しにしてメイリンを引き剥がそうとする。
けれど、メイリンはひらりと二人をかわすと、今度は私の膝の上にどっかりと腰を下ろした。
「アイヤー、みんな仲良くするネ! お礼に、私の『夜の組手』、アリシアに見せてあげるアル。こうして……こうやって……。ふふ、アリシアの身体、すごく柔らかいネ……」
メイリンの手が、私の太ももをなぞり、チャイナドレスのスリットから覗く彼女自身の脚と絡めてくる。
酔っているせいか、その手つきは驚くほど大胆で、エロティックだった。
「ひゃうんっ……。め、メイリン……どこ触ってるの……っ!」
「修行アルよ、修行! ほら、アリシアもリラックスするネ……」
耳元で甘い声を出され、私は全身の力が抜けていくのを感じた。
シノブの包容力とも、フェリシアの繊細さとも、ルナリアの重厚感とも違う。
メイリンのそれは、しなやかな野獣のような、生命力に溢れた誘惑だった。
◆ ◆ ◆
翌朝。
鳥たちのさえずりで目を覚ました私は、すぐ隣で丸まって眠っているメイリンに気づいた。
昨夜の騒ぎが嘘のように、彼女は静かに寝息を立てている。
「……ん。……あ……」
やがて、メイリンがゆっくりと目を開けた。
お酒が完全に抜けた、澄んだ瞳。
彼女は自分の格好(私の腕の中に潜り込んでいる状態)を確認すると――みるみるうちに、その顔が耳まで真っ赤に染まった。
「……あ、あの。お、起きていらしたのですか」
「あ、おはようメイリン。よく眠れた?」
「………………」
メイリンは無言で私から飛び退くと、地面に膝を突き、頭を深く下げた。
昨夜の「〜アルよ!」というふざけた口調はどこへやら。
声は鈴を転がすように美しく、けれど酷く震えている。
「……申し訳、ございませんでした。昨夜の私は……その、お酒の力で、あまりにも、無礼な振る舞いを……。……死んでお詫びします」
「ええっ!? 死ななくていいよ! 楽しかったし!」
「……楽し、かった……? 私は……あんなに、破廉恥な……。……っ、思い出すだけで、気が狂いそうです……」
メイリンは顔を両手で覆い、小刻みに震えている。
どうやら彼女、お酒が抜けると**「超絶シャイな常識人」**に戻るらしい。
しかも、昨夜の記憶はバッチリ残っているという地獄の仕様。
「……でも、アリシア様。助けていただいた恩は、忘れません。……シラフの私は、あんな風に甘えることはできませんが……。その代わり、この『拳』で、あなたの敵をすべて、粉砕することを誓います」
彼女が顔を上げると、そこには凛とした、射抜くような強者の瞳があった。
恥ずかしさに震えながらも、私を守ると誓うその姿。
そのギャップに、私は思わず「可愛い……」と呟いてしまった。
◆ ◆ ◆
その頃。
王国の王宮では、冷え切った空気が流れていた。
アリシアを失った影響は、目に見える形で現れ始めている。
「……何故だ! 何故、ミーナの祈りで雨が降らんのだ!」
カイル王子が、枯れ始めた王宮の庭園で声を荒らげていた。
隣に立つミーナは、かつての笑顔を消し、冷酷な光を瞳に宿して遠くの空を見上げている。
「……カイル様、落ち着いてください。アリシアが何か『呪い』を残していったに違いありませんわ。……でも、大丈夫です。もうすぐ、あの森ごと、彼女の力を回収する手はずは整っていますから」
ミーナの手元には、不気味に脈打つ「黒い水晶」が握られていた。
彼女はそれを愛おしそうに撫でながら、独り言のように呟く。
「……ふふ。死の森が『楽園』に変わったという噂。……やはり、私の読み通りね、アリシア。あなたはそこで、最高の『実』を育ててくれればいいの。……最後にそれを美味しくいただくのは、この私なんだから」
偽聖女の黒い思惑が、確実に楽園へと迫っていた。




