追放者たちのティータイム
死の森を塗り替えた私の聖域は、日に日にその輝きを増していた。
中心にそびえる世界樹の若木からは、朝露とともに清らかな魔力が滴り、足元には色とりどりの花が絨毯のように広がっている。
「……ふふっ、今日もみんな元気だね」
私は、木々のざわめきに耳を澄ませる。
かつて王宮で『植物鑑賞』と蔑まれた私の力は、今やこの森のすべてと繋がっていた。
けれど、私の心を満たしているのは、植物たちの声だけじゃない。
「アリシア殿ー! 拙者、今日の偵察の報酬として、アリシア殿の膝枕を要求するでござるよ!」
黄金の果実を両手に抱えたシノブが、ポニーテールを元気に揺らして駆け寄ってくる。
その後ろからは、優雅な足取りのフェリシアと、精霊たちを侍らせたルナリアが続いていた。
◆ ◆ ◆
私たちは、世界樹の根元にある柔らかな苔の広場で、ひとときの休憩を取ることにした。
私が『鑑賞』して育てた、最高級の茶葉と果実。
テーブル代わりの平らな岩の上には、楽園の恵みが並んでいる。
「……信じられませんわ。帝国では、これほどの香りは王族でも口にできませんでしたもの」
フェリシアが、スレンダーな指先でカップを傾ける。
彼女は一口お茶を啜ると、ふう、と満足げに吐息を漏らした。
「フェリシアは、やっぱりお茶が好きなんだね」
「……別に、あんたが淹れてくれたから飲んでいるだけですわ。……でも、確かにこの森の空気は、帝国の重苦しい静寂よりはマシかもしれませんわね」
フェリシアが視線を逸らす。その頬が少しだけ赤いのを見て、シノブがニシシと笑った。
「フェリシア殿は素直じゃないでござるな。昨夜だって、アリシア殿の寝顔を見ながら『……美しいですわ』って呟いていたのを拙者は知っているでござるよ?」
「な、なななっ……! 地味忍者、見ていましたの!?」
「拙者の目は節穴ではないでござる! ……まあ、拙者もアリシア殿の寝顔を見ていたら、ついつい手が伸びそうになって、自分の煩悩と戦うのが大変でござったがな!」
シノブが胸を張って――その豊かな曲線が忍装束を押し上げる――堂々と「スケベ宣言」をする。
いつもの賑やかなやり取り。けれど、私はふと気になっていた。
「みんな……ここにいて、後悔してない?」
私の問いに、三人がぴたりと動きを止めた。
「私は、国を追い出された役立たず。……みんなも、それぞれの場所で誇りを持っていたはずなのに、こんな森の奥で、私一人に付き合わせて……」
「アリシア様」
柔らかな声とともに、ルナリアが私の背後からそっと抱きついてきた。
長身の彼女に包み込まれると、エルフ特有の清涼な香りと、彼女の持つしなやかな体温がダイレクトに伝わってくる。
「……私は、この森に来て初めて『呼吸』ができたのです。王国では、私の愛する精霊たちは兵器としてしか見られていなかった。……でも、ここでは精霊たちが笑っています。それはアリシア様が、私たちを心から愛でてくださるから」
ルナリアの細い指が、私の髪を優しく梳く。
その瞳に宿る重たすぎるほどの情熱は、以前のような「ヤミ」だけではなく、確かな救済の光を含んでいた。
「拙者もそうでござるよ。里では、拙者の『派手さ』は欠陥でしかなかった。……でも、アリシア殿は拙者のすべてを『綺麗だ』と言ってくれた。……拙者は、あの言葉で初めて自分を許せたのでござる」
「わたくしも……。血を吸えない吸血鬼なんて、帝国ではゴミ同然。……けれど、あんたと『吸い合い』をした時、わたくしの空っぽだった中身が、あんたの熱で満たされた。……あんなに満たされたのは、生まれて初めてでしたわ」
フェリシアが、私の空いている方の手をぎゅっと握りしめる。
三者三様の、追放された過去。
私たちは、奪われた者同士。
居場所をなくし、光を否定された者同士。
だからこそ、この優しい楽園で、互いの傷を埋め合うように寄り添っている。
「……そっか。みんなが幸せなら、私も嬉しい」
私は三人の体温を感じながら、静かに目を閉じる。
私が守りたいものは、もう決まっている。
◆ ◆ ◆
穏やかな昼下がりは、不意に、聖域の端から漂ってきた「妙な匂い」によって破られた。
「……アイヤー。誰か、誰かお酒を持ってくるヨ……。もう喉がカラカラアル……」
花々の香りをかき消すような、独特な、それでいてどこか香ばしいお酒の匂い。
ルナリアが、不機嫌そうに眉を寄せた。
「……不浄な匂いがします。精霊たちが、酔っ払いに絡まれて困惑していますよ」
「忍法・遠見の術! ……アリシア殿、あそこに何か転がっているでござる。……赤いチャイナドレスを着た、妙な娘でござるな」
シノブの言葉に従い、私たちが森の境界線へと向かうと――。
そこには、シニヨンに結った髪を乱し、地面に這いつくばってお酒の瓶を逆さに振っている少女がいた。
小柄で引き締まった身体に、大胆なスリットの入ったチャイナドレス。
彼女は私たちの気配に気づくと、虚ろな、それでいてどこか甘えるような瞳でこちらを見上げた。
「……お姉さん……。いい匂いするアル……。それ、お酒……? 違う……? でも、すごく……いい匂いネ……」
ふらふらと立ち上がり、私に抱きついてくる少女。
メイリンと名乗った彼女の体からは、熟成されたお酒の香りと、彼女自身の少女らしい甘い匂いが混ざり合って漂っていた。
「わっ、ちょっと!? 誰なの……?」
「拙者のライバル、さらに増えるでござるかー!? この娘、お酒臭いのに妙に可愛いのが癪に障るでござる!」
アリシアの腕の中に潜り込もうとするメイリンを、シノブとフェリシアが慌てて引き剥がそうとする。
けれどメイリンは、酔拳のような独特の動きでひらりとそれをかわすと、私の首筋に鼻を寄せて「くんくん」と嗅いできた。
「アイヤー……。お姉さんの中、最高のお酒が詰まってるヨ……。私、これ飲まないと死んじゃうアル……」
「……はぁ。また一人、厄介な娘が増えたみたいですわね」
フェリシアが溜息をつく。
この時の私たちは、まだ知らなかった。
彼女が酔っている時はこんなに甘えん坊なのに、お酒が切れると、この世の終わりかと思うほど「シャイでクール」な絶世の美少女武闘家に変貌することを。
そして、王国側ではミーナが、私たちのこの「平和」を壊すための冷酷な一手を、すでに打ち始めていることを――。




