吸血鬼は魔力を吸い合いたい
漆黒の棺桶から現れた少女――フェリシアは、眠たげな赤い瞳で私たちを等閑に眺めていた。
平均的な女性と同じくらいの背丈に、モデルのようなスレンダーな体躯。豪奢なフリルドレスに包まれているけれど、どこか少年のような危うい儚さを感じさせる。
「……棺桶の中から美少女。これはまた、派手な登場でござるな」
シノブが私を庇うように一歩前へ出、腰のクナイに手をかける。
腰まで届く長いポニーテールを揺らす彼女。その忍装束は、細いウエストとは対照的に、溢れんばかりの豊かな双丘――自慢の胸をこれでもかと強調していた。
ピリついた空気が流れる中、フェリシアは鼻を鳴らし、シノブを冷たく一瞥する。
「野蛮な忍びね。わたくしはフェリシア・フォン・ドラキュリア。誇り高き吸血鬼の真祖の末裔ですわ。このような死臭漂う森で眠りについていたのは……あら?」
不意に、フェリシアの言葉が止まった。
彼女は鼻先をひくつかせると、まるで磁石に吸い寄せられるように、私の顔をじっと見つめてきた。
「……なんですの、この香りは。わたくしの知っている魔力の匂いじゃないわ。もっと、こう……甘くて、芳醇で……脳がとろけてしまいそうな……」
フラフラと歩み寄ってくるフェリシア。その頬は、いつの間にか熱を帯びたように赤く染まっている。
「待つでござる! アリシア殿にそれ以上近づくなら、拙者の爆破忍法が火を吹くでござるよ!」
「どきなさい、地味忍者! わたくしは今、猛烈に喉が渇いていますの! この高貴な渇きを癒やせるのは、その娘の放つ『光』だけ……っ!」
「だ、誰が地味忍者でござるか! 拙者のこのダイナミックなボディ、どこをどう見ても派手さの極致でござろうが! 貴殿こそ、その……まな板のような平地こそ、地味の極みでござるよ!」
「なっ……! これは『気品』ですわ! 無駄な脂肪を削ぎ落とした、高貴なる吸血鬼の真の姿……っ!」
初対面から、スタイルの違いで火花を散らす二人。
平均身長のフェリシアと、小柄なのに出るところが出ているシノブ。
私はといえば、標準的なサイズの胸を揺らしながら、「まあまあ」と間に入るしかなかった。
◆ ◆ ◆
「……はぁ。はぁっ……。だ、ダメ……なんですの。わたくし、血は嫌いですのよ……。見るだけで気が遠くなるんですから……っ!」
数分後。聖域の中心にある大樹の元で、フェリシアは力なく座り込んでいた。
聞けば、彼女は吸血鬼のくせに「血恐怖症」なのだという。帝国で無理やり血を飲む儀式を行わされそうになり、反撃して追放された……。そんな彼女にとって、この呪われた森は静かに消えるための終焉の地だったはずだった。
「でも、アリシアの魔力なら……。血じゃなくても、わたくしを……」
フェリシアが潤んだ瞳で私を見上げる。
少しだけ背の高い彼女が、私を見上げるようにして縋ってくるのは、なんだか不思議な感覚だ。
私は彼女をそっと抱き寄せた。
「いいよ、フェリシア。私の魔力、好きなだけ持っていって。……君を助けられるなら、いくらでもあげる」
「アリシア殿!? 拙者を差し置いて、こんな出会って数分のまな板吸血鬼に首筋を許すなんて……っ!」
「シノブも、あとでたくさん構ってあげるから。今は、彼女を助けさせて」
「……む、むぅ。アリシア殿がそう言うなら、拙者は『特等席』で見守るでござるよ」
シノブが不服そうに、けれど真剣な表情で隣に座り込む。
私はフェリシアに向けて、自分の首筋を晒した。
「……いただきますわ。……後悔しないでくださいませね?」
フェリシアの熱い吐息が、首筋にかかる。
彼女の細い指先が私の肌に触れた瞬間、彼女の牙が優しく、けれど深く、私へと沈み込んだ。
――瞬間。
牙を通じ、私の中の『神の権能』が奔流となって彼女の中に流れ込み、同時に、彼女の持つ冷たくも情熱的な「闇の魔力」が、私の中へと逆流してくるのが分かった。。
「ひぅ、ん……っ! なに、これ……すご、すぎますわ……っ!」
フェリシアの体が熱く火照り、私に強く抱きついてくる。
ただの魔力の移動じゃない。彼女の孤独、誇り、そして私に向けられたばかりの熱い感情が、魔力と共に私の中に直接流れ込んでくる。
私もまた、彼女の魂の色に染め上げられていくような、抗えない快感に震えた。
「はぁっ、はぁ……っ! アリシア、の中……熱い、光が……わたくしの全身を、溶かしてしまいそう……っ!」
私の鼓動も、彼女の激しい鼓動と同調していく。
彼女の熱、彼女の吐息、彼女の全てが私の中に。私の全てが彼女の中に。
二人の魔力が螺旋を描いて渦巻き、互いを溶かし、混ざり合っていく。
「んぅ、ふぁ……っ。……アリシア……もっと、もっとあなたと……一つに……っ!」
もはやそれは、吸血などという単純な言葉では表せない。
魂の芯から共鳴し合う、濃密で、甘美な、逃げ場のない愛の儀式。
吸血鬼の貴族に伝わる最上の交感『吸い合い』が、聖域の静寂の中で、二人の、溶け合うような甘い声だけを響かせていた……。
◆ ◆ ◆
「……はぁ。……信じられませんわ。体が、こんなに軽いなんて。……それに、あなたの熱が、まだわたくしの中に残っている……」
儀式を終えたフェリシアは、私の膝に頭を預け、スレンダーな体を私に密着させていた。
その表情には、蕩けたような満足感と、私への深い信頼が漂っている。
「……これが、『吸い合い』。魂の共鳴……」
彼女は私の手を握り、自分の胸に寄せた。
ドクドクと力強く脈打つ心臓の音が、私の掌に伝わってくる。
「シノブ殿、だったかしら。……あんたがこの娘に執着する理由、理解できましたわ。この魔力は……毒ですわね。一度味わったら、もう二度と離れられなくなってしまう……」
「……拙者、言葉が出ないでござる。……これが、吸血鬼の儀式……」
シノブが呆然と、でもどこか尊敬と嫉妬が混ざったような瞳で私たちを見つめていた。
小柄なシノブとスレンダーなフェリシア。対照的な二人が、私を中心に少しずつ心を通わせていく。
「ふふっ。二人とも、仲良くしてね……ここは、みんなが幸せになれる場所にするんだから」
私は、膝の上で甘える吸血鬼と、ポニーテールを揺らして寄り添う忍者の頭を、交互に撫でた。
だが、その時。
私の『植物鑑賞』のスキルが、聖域の端で「悲鳴」を察知した。
森の木々が、震えている。
何者かが、この神域の結界を強引にこじ開けようとしている。
「……誰か、来る」
私の言葉に、シノブとフェリシアが同時に鋭い視線を森の奥へ向けた。
聞こえてきたのは、無数の精霊たちが鳴らす、嵐のような風の音。
そして、その風に乗って、すらりとした長身としなやかな曲線美を持つエルフの少女が姿を現した。
「……ああ……。見つけました……」
虚ろな瞳をした彼女――ルナリアが、私を見つめて膝を突く。
「私の、私の『神様』……。もう二度と、誰にも渡しません……!」




