派手好き忍者は意外と一途?
眩い朝の光が、私のまぶたを優しく叩いた。
目を覚ますと、そこは数日前まで『死の森』と呼ばれていた場所……とは思えないほど、清々しい空気に満ちた寝室だった。
といっても、まだ建物があるわけじゃない。私のスキル『エデンの再誕』で急成長した大樹の根が、まるで天蓋付きのベッドのように形を変え、柔らかな苔が最高級のシルクのような敷物になっている。
「ふぁ……。本当、夢じゃなかったんだ……」
私が小さく伸びをすると、隣から「お目覚めでござるか、アリシア殿!」という快活な声が飛んできた。
「ひゃっ!?」
驚いて飛び起きると、そこにはシノブがいた。至近距離――というか、私の布団(特製の巨大な葉っぱ)の中に、当然のような顔をして潜り込んでいた。
「し、シノブ!? なんでここに……」
「忍びにとって、主の寝所を守るのは当然の務めでござる! 拙者、一晩中アリシア殿の寝顔を鑑賞していたでござるが、いやはや、眼福。拙者の忍法・心眼が潤ったでござるよ。ついでに言うと、アリシア殿の寝間着の隙間から見えた鎖骨も最高に派手でござった!」
そう言って、シノブは「ニシシ」と八重歯を見せて笑う。
……この忍者、やっぱりオープンスケベだ!
「もー、着替えの時は外に出ててね? 護衛と鑑賞は別でしょ」
「アイヤー、厳しいでござるな。でも、そんな冷たいアリシア殿もまた乙なもので……。よし、お詫びに拙者がその、朝の『清め』をお手伝いするでござる!」
シノブは私の返事も待たず、甲斐甲斐しく私の髪を解き始めた。
その手つきは驚くほど優しくて、丁寧だった。
◆ ◆ ◆
朝食は、近くの枝から採れたばかりの黄金の果実。
シノブはそれを口いっぱいに頬張りながら、「美味でござるー!」と尻尾があれば振らんばかりの勢いで喜んでいる。
「……ねえ、シノブ。シノブはどうして、そんなに『派手』なことにこだわるの?」
ふと、気になって聞いてみた。
彼女の忍装束も、戦い方も、隠密が本分であるはずの忍者としては明らかに異質だ。
シノブの手が、一瞬だけ止まった。
彼女は果実を飲み込むと、少しだけ照れくさそうに頭を掻いた。
「……拙者の里は、古臭い掟に縛られた場所だったでござる。『忍びは影。誰にも気づかれず、誰の記憶にも残らず消えるのが美徳』。……拙者、それが嫌だったでござるよ」
彼女の瞳に、少しだけ寂しげな色が混じる。
「拙者の家系には、生まれつき『気配が薄すぎる呪い』がかかっていたでござる。放っておけば、親にすら忘れられ、誰とも目が合わなくなる。……だから、拙者は派手になったでござるよ。爆発させて、光らせて、大声を出して……『拙者はここにいるでござる!』って叫び続けないと、世界から消えてしまいそうで怖かったのでござる」
シノブが「派手好き」なのは、単なる趣味じゃなかった。
自分の存在を証明するための、必死の抵抗だったんだ。
「あの日、拙者は木の上で完璧に気配を殺して、誰にも見つからない自信があったでござる。でも、拙者が一口声をかけた瞬間、アリシア殿は迷うことなく拙者の居場所を正確に見抜いて、真っ直ぐに『目』を合わせてくれたでござるな。普通の人なら、声は聞こえても拙者の姿を捉えることすらできないのに……。あの瞬間、拙者の人生で一番大きな花火が心の中にぶち上がったでござるよ!」
そう言って、シノブは私の手を握りしめる。
彼女の手は少しゴツゴツしていて、でも驚くほど温かかった。
「だから拙者、アリシア殿のためなら命をかけるでござる。この派手な術も、全部アリシア殿を守るために使うでござるよ!」
「……シノブ。ありがとう」
彼女の言葉は、私の胸の奥にすっと溶け込んでいった。
追放されて、世界中から否定されたと思っていたけれど。……私のことを本当の意味で『見つけて』くれる人が、もう、ここにいてくれる。
◆ ◆ ◆
昼下がり。
私は森の境界線を広げるため、聖域の端を歩いていた。
足元に咲く、銀色の花を見つめていると――ふと、王都を去る直前の光景がフラッシュバックした。
あの時。カイル王子に追放を言い渡された私を、ミーナが追いかけてきて、わざとらしく宝物庫の隅を指差したのだ。
『これ、持っていきなさいよアリシア。枯れ果てた死の森へ行くあなたには、その死んだ種がお似合いだわ』
彼女が嘲笑いながら指し示したのが、歴代の聖女が受け継ぎながら、一度も芽吹くことがなかった『死んだ世界樹の種』。
私は彼女の言葉を無視して、その種を拾い上げ、宝物庫から持ち出した。
当時は、屈辱を上塗りするための嫌がらせだと思っていた。
けれど、今なら分かる。
あの子のあの時の瞳は、ただの嘲笑じゃなかった。
……確信。そう、あれは確信していた目だ。
私がこの種を持って、死の森へ向かうことを。
そして、私が『植物鑑賞』というスキルの真価を発揮して、この種を芽吹かせることを――。
「ミーナ……あなたは、一体どこまで知っていたの?」
スキルの鑑定を行った神官の不自然な態度。王子の異様なまでの決断の速さ。
まるで、最初から「私をこの森へ送り込む」という台本が、彼女の手によって書かれていたかのように。
もし、私の力を「ハズレ」だと思わせ、この死の森を浄化させることまでが、彼女の計画だったとしたら――?
「アリシア殿! ぼーっとしてどうしたでござるか? あ、もしかして拙者の太ももに見惚れていたでござるか!? サービスで触ってもいいでござるよ!」
「……もう、シノブったら。ちょっと考え事してただけだよ」
私は暗い思考を振り払い、笑ってみせる。
今はまだ、答えは出ない。でも、この楽園を広げていけば、いつか彼女の真の目的に辿り着くはずだ。
その時だった。
風に乗って、ひやりとした冷気が頬を掠めた。
どこか甘く、鉄の匂いが混ざったような――そんな不思議な香り。
「……アリシア殿、止まるのでござる。あそこに……何かいるでござるよ」
シノブが鋭い目つきで、茂みの奥を指差した。
そこには、聖域の光すら拒絶するような、不自然に影が濃い場所があった。
その影の中心には、精緻な銀の装飾が施された、漆黒の『棺桶』が鎮座していた。
「棺桶……? なんでこんなところに」
私たちが警戒しながら近づくと、棺桶の蓋が、ゆっくりと内側から押し開けられた。
中から現れたのは、陶器のように白い肌と、血のように赤い瞳を持つ少女。
豪奢なフリルのドレスを身にまとった彼女は、眠たげな瞳を擦りながら、貴婦人のような優雅な所作で私たちを見上げた。
「……ふぁ。……騒がしいですわね。わたくしの眠りを妨げるのは、どこの無礼者かしら?」
彼女の口元から覗いたのは、鋭く、けれどどこか愛らしい二本の牙。
二人目の追放者。
ツンデレ吸血鬼、フェリシア・フォン・ドラキュリアとの出会いだった。




