楽園防衛戦! 偽聖女の黒い罠
地響きが、楽園の美しい静寂を震わせていた。
森の境界線の向こう側。かつて私が愛したはずの王国の旗が、醜く翻っている。
「……一万、ですか。私一人を連れ戻すために、随分と大掛かりですね」
私は世界樹の丘から、眼下に広がる鉄の群れを見下ろしていた。
中心に鎮座する豪華な馬車の上には、カイル王子の姿。そしてその隣で、黒い聖女服に身を包んだミーナが、毒々しい笑みを浮かべてこちらを見ていた。
『アリシア! 聞こえているか! 貴様の罪を許してやる、今すぐその薄汚い森を明け渡し、戻ってくるのだ!』
魔法で増幅されたカイルの声が響く。
「薄汚い」? ――この、女の子たちが笑い、命が輝く楽園を、彼はそう呼んだ。
私の胸の奥で、静かに、けれど熱い火が灯る。
「……アリシア殿。……拙者の準備は、万端でござるよ」
隣に並んだシノブが、不敵に笑う。腰まであるポニーテールをきつく結び直し、忍装束からはみ出さんばかりの双丘を波打たせて、無数のクナイを指に挟んでいた。
「わたくしも、準備はできていますわ。……あんな下俗な男たちに、あんたの指一本触れさせはしません」
フェリシアがスレンダーな指先で空中に複雑な魔法陣を描く。氷の粒が彼女の周りで美しく、鋭く煌めいた。
「アイヤー! お姉さん、安心してネ! 最高の酔拳で、全員あっちの空まで飛ばしてあげるアルよ!」
メイリンが大きな酒瓶を煽り、顔を赤くして私の肩に寄り添う。お酒の甘い香りが、戦場の緊張感を少しだけ和らげてくれた。
「……精霊たちは、怒っています。アリシア様、合図を。……あの偽物たちを、根こそぎ『肥料』に変えて差し上げますわ」
ルナリアが長身の身体を私に密着させ、背後から包み込むように抱きしめてきた。精霊たちのざわめきが、彼女の柔らかな体温と共に私の中へ流れ込んでくる。
「……みんな。ありがとう。――行こう!」
◆ ◆ ◆
戦闘は、一瞬で地獄絵図へと変わった。――王国軍にとっての。
先陣を切った重装歩兵の頭上に、シノブの放った特大の花火が炸裂する。
「忍法・極彩色大噴火! 派手に散るでござるよ!」
爆炎と光の粒が視界を奪い、パニックに陥った兵士たちを、フェリシアの氷の礫が正確に貫いていく。
「逃がしませんわ! 氷結の茨!」
地面から噴き出した氷の棘が、兵士たちの足を次々と縫い止める。
そこへ、メイリンが弾丸のような速さで突っ込んだ。
「ハッ! セイヤッ! アイヤー、全然足りないネ!」
酔拳特有の予測不能な動き。彼女が拳を振るうたびに、鋼鉄の鎧が紙屑のように拉げ、兵士たちが空を舞う。
だが、一万という数は伊達ではない。
数に物を言わせて押し寄せる軍勢に、ルナリアが冷酷に手をかざした。
「……無礼者に、大地の裁きを。……精霊の咆哮!」
森の木々が生き物のように動き出し、その太い枝が兵士たちをまとめて薙ぎ払った。
圧倒的な、五人対一万の無双。
けれど、カイル王子の馬車の隣で静観していたミーナが、ついに動いた。
「……ふふ、いいわ。いい気合ね。――でも、これはどうかしら?」
ミーナが掲げた『黒い水晶』が、不気味な脈動を始める。
瞬間、楽園の空気が一変した。
黄金色に輝いていた世界樹の葉が、みるみるうちに黒ずみ、枯れ落ちていく。
大地から魔力が吸い取られ、私の足元から力が抜けていくのが分かった。
「っ……!? な、なにこれ……」
「……あ、アリシア様……。精霊たちが、苦しんで……っ」
ルナリアが膝を突き、シノブたちの動きも鈍くなる。
ミーナの水晶は、アリシアが育てた「聖なる魔力」を、強制的に「呪い」へと反転させる禁忌の魔道具だった。
『ははは! 見ろ、アリシア! これが真の聖女の力だ! 貴様のまやかしなど、ミーナの一振りで終わりなのだ!』
カイルの勝ち誇った声。
ミーナは暗い瞳で、私を見つめて囁く。
「さあ、アリシア。その種……あなたが育てた『世界樹の力』を、すべて私に献上しなさい」
◆ ◆ ◆
意識が遠のきそうになる中。
私の身体を、四人の温もりが支えた。
「……負けるな、でござる。アリシア殿……拙者たちの主は、貴殿だけでござるよ」
「……そうですわ。……あんたの熱は、わたくしたちが覚えていますもの」
「アイヤー……お姉さん……まだ、一緒に、飲むネ……」
「……アリシア様。私の、私たちの魔力を……全部、持って行ってください。……あなたの奇跡を、もう一度見せて!」
四人が、ボロボロになりながらも私に触れる。
シノブが私の手を握り、フェリシアが肩に寄り添い、メイリンが腰に抱きつき、ルナリアが後ろから私のすべてを包み込む。
五人の鼓動が、一つに重なった。
四人の「追放された想い」が、アリシアへの「愛」という名の純粋な魔力に変換され、私の中へ逆流してくる。
それは、今までのどの儀式よりも濃密で、熱い結合だった。
「ん、あぁぁぁぁ……っ!!」
私の中に眠っていた、最大権能が目を覚ます。
神の権能『エデンの再誕』――その真の姿。
『世界創世』。
私の背中から、純白の光の翼が広がる。
枯れかけた世界樹が一瞬で再生し、さらに巨大な黄金の大樹へと進化した。
放たれた聖なる波動は、ミーナの黒い霧を塵一つ残さず消し飛ばし、戦場全体を「花畑」へと書き換えた。
「な……っ!? 呪いが……私の水晶が、砕け……っ!?」
ミーナが驚愕に目を見開く。
その手の中で、黒い水晶が粉々に弾け飛んだ。
一万の兵士たちの武器は、瞬く間に蔦で絡め取られ、彼らの足元には眠りを誘う芳醇な花の香りが満ちる。
一人、また一人と、兵士たちが戦意を喪失し、その場に跪いて眠りに落ちていった。
◆ ◆ ◆
静まり返った戦場。
そこには、唯一正気を保ったまま、恐怖に顔を歪めるカイル王子とミーナだけが残されていた。
「……ありえない……。こんな、神の如き力……! 私の計算では、まだこれほどの力は……っ!」
ミーナが必死に何かを呟いている。
私は、光り輝く四人のヒロインたちを従えて、ゆっくりと彼女たちの前へと歩みを進めた。
「カイル様、ミーナ。……この楽園は、私の居場所です。……もう二度と、土足で踏み込まないで」
私の瞳には、神の紋章が浮かんでいた。
「ひ、ひぃぃっ! ば、化け物め! ミーナ、早く何とかしろ!」
カイル王子は腰を抜かし、無様に地面を這いずる。
ミーナは、苦々しげに私を睨みつけると、懐から別の転移符を取り出した。
「……今日は、ここまでにしましょう。……でも、アリシア。忘れないで。……あなたが力を強めれば強めるほど、あの『種』の真の機能が目覚める。……その時、あなたが誰を愛し、誰を絶望させるのか……楽しみにしてるわ」
ミーナとカイルの姿が、転移の光の中に消えていく。
◆ ◆ ◆
「……ふぅ。……勝った……んだよね?」
私が光の翼を消すと、どっと疲れが押し寄せてきた。
それを、四人が同時に支えてくれる。
「最高に派手な無双でござったよ、アリシア殿!」
「……全く、無茶をしますわね。……でも、少しだけ、惚れ直しましたわ」
「アイヤー! お姉さん、最高にカッコいいアル! お祝いに、また『吸い合い』するネ!」
「……アリシア様。……愛しています。……ずっと、ずっと、一緒ですよ……」
頬を赤らめ、愛おしそうに私を見つめる四人の美女たち。
一万の軍勢を退けた楽園には、再び、甘い花の香りと、彼女たちの幸せそうな笑い声が戻ってきた。
けれど。
ミーナが最後に残した言葉。
『種の真の機能』。
私の胸の中で、世界樹の核となったあの種が、ドクン、と不気味な音を立てたような気がした。




