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ゴミスキルだと笑われて

眩いばかりのシャンデリアが照らす、王宮の謁見の間。

 かつては私の祈りの場であったそこは、今や私をなぶり殺しにするための処刑場のような空気へと変わっていた。


「アリシア・ローウェル! 貴様を聖女の座から解任し、この国から追放する!」


大理石の床に響き渡ったのは、私の婚約者――だったはずのカイル王子の、氷のように冷たい声。

 彼の隣には、私の親友としてずっと側にいたはずのミーナが、これ見よがしに王子の腕に絡みついている。その唇は、隠しきれない勝利の笑みで歪んでいた。


「……追放、ですか。私は今日まで、一日も休まずこの国の結界を維持し、民の病を癒やすために祈りを捧げてきました。それを、このような形で……」


絞り出した私の声は、震えていた。

 この日のために、私は自分の人生のすべてを捧げてきたのだ。聖女として、この国の守り手として。


「黙れ! これまでは貴様の血筋に免じて聖女として扱ってやったが、スキルの儀の結果が出た今、もう妥協する必要はない!」


カイル王子が吐き捨てるように言った。

 この世界では、十六歳になると神から『スキル』を授かる。聖女の血筋であれば、国を守る『大結界』や、あらゆる傷を癒やす『奇跡の光』といった強力な能力が発現するのが通例だ。


だが、私が授かったのは――。


「……『植物鑑賞』。それが、私のスキルです」

「ふん、そうだ! ただ花を見て愛でるだけのゴミスキル! そんなものが何の役に立つ!? 魔物の侵入を防げるのか? 干ばつの大地に雨を降らせるのか? いいや、何もできん! 農夫ですら作物を育てるスキルを持つのに、貴様はただ『眺める』だけだ!」


王子の言葉に合わせて、周囲の貴族たちが「くすくす」と下品な笑い声を漏らす。


「それに引き換え、ミーナはどうだ。彼女こそ真の聖女にふさわしい『大聖光』を授かった。貴様のような出来損ない、この王宮に……いや、この国に置いておく価値すらない!」


カイル王子が合図を送ると、衛兵たちが私の左右を固めた。

 ミーナがわざとらしく、悲しそうな顔をして私を見つめる。


「ごめんなさいね、アリシア。私、カイル様に愛されちゃったの。あなたの分まで、私がしっかり聖女の務めを果たしてあげるから……安心して、さっさと消えてちょうだい?」


耳元で囁かれたその声には、親友だった頃の面影など微塵もなかった。

 私は唇を噛み締め、俯いた。

 

 だが、私の胸の中には一つだけ、誰にも教えていない確信があった。

 この『植物鑑賞』というスキル。発現した瞬間、私の脳内に響いたのは、この世のものとは思えない神々しい『声』だったのだ。


『美しき楽園の主よ。汝が愛でるすべての命は、汝の意志に従い、神の奇跡を宿すだろう』


それは、ただの花弄りではない。

 私が「美しい」と認め、慈しんだ植物は、神の権能を宿して変質する。

 しかし、その真実を今さら教えてやる義理も、未練も、私にはもう一ミリだって残っていなかった。


「……分かりました。お望み通り、この国を去ります」


私は懐に手を入れ、一つだけ、王宮の宝物庫から持ち出したものを取り出した。

 それは、歴代の聖女が受け継ぎながら、数百年もの間、一度も芽吹くことがなかった『死んだ世界樹の種』。


「そんなガラクタ、持っていけ。貴様にはお似合いだ」


王子の嘲笑を背に、私は重い扉を開け、王城を後にした。


◆ ◆ ◆


数日後。

 私は、地図上では黒く塗り潰された禁忌の領域――『死の森』の前に立っていた。

 

 立ち込める灰色の霧。ねじ曲がり、枯れ果てた樹木。

 生物の気配が一切しないその場所は、かつて魔神との戦いで大地が呪われた、終焉の地だ。


「……ここなら、誰にも邪魔されないかな」


私は一歩、森へと踏み込んだ。

 肌を刺すような瘴気が襲いくる。普通の人間なら数分と持たずに命を落とすだろう。

 だが、私が一歩歩くごとに、私の足元から柔らかな緑の光が波紋のように広がっていく。


「みんな、苦しかったよね。もう、大丈夫だよ」


私は、森の中心にある一本の、今にも崩れそうな巨木にそっと触れた。

 そして、私の魔力のすべてを込めて、その『本質』を鑑賞する。


「――綺麗だよ。君が咲き誇る姿を、私は見たい」


瞬間、世界が反転した。


ドォォォォォォン!!


地響きとともに、私のスキルが真の姿を現す。

 神の権能――『エデンの再誕』。

 

 死んでいた巨木が、眩い黄金の光を放ちながら天を突き抜けるほどに成長していく。

 灰色の霧は一瞬で吹き飛び、空には吸い込まれるような碧い空が広がった。

 足元からは見たこともない色鮮やかな花々が咲き乱れ、枯れていた小川には清らかな聖水が溢れ出す。


わずか数秒で、死の森は、伝説に謳われる『神の楽園』へと作り替えられたのだ。


「……ふぅ。ちょっと、やりすぎちゃった?」


あまりの光景に自分でも驚いていると、頭上の枝から、不意に声が降ってきた。


「――いやはや、驚いたでござる! 拙者、長く忍びをやってきたが、こんな派手な術は初めて見たでござるよ!」


シュタッ、と鮮やかな着地を見せたのは、一人の美少女だった。

 

 夜の闇を溶かしたような黒髪に、勝気そうな瞳。

 身にまとっているのは、体のラインを強調しすぎるほどにタイトで、あちこちが大胆にカットされた薄紫色の忍装束だ。


「忍び……? 誰ですか?」


私が問いかけると、彼女は「ニシシ」と八重歯を見せて笑い、誇らしげに胸を張った。あまりの豊満さに、忍装束の生地が悲鳴を上げている。


「拙者の名は不知火シノブ! 派手なことが大好きすぎて里を追放された、さすらいの忍者でござる!」


シノブと名乗った少女は、私の顔をじーっと見つめたかと思うと、突然至近距離まで詰め寄ってきた。

 ふわりと、火薬と甘い花の香りが混ざったような不思議な匂いが鼻をくすぐる。


「……アリシア殿、と言ったでござるな。これほど美しい楽園を作る主が、これほど美しい乙女だとは……。拙者、決めたでござる!」


彼女は私の手を取り、そのまま自分の胸元へと引き寄せた。


「拙者、今日からアリシア殿の専属忍者になるでござる! 護衛はもちろん、夜のお相手まで、拙者の『忍法・悦びの術』をたっぷり叩き込んであげるでござるよ!」


「えっ……ええええええ!?」


追放された初日に、私は変な……いえ、とっても派手な忍者さんに告白されてしまった。

 どうやら私の楽園生活は、思っていたよりもずっと「賑やか」なものになりそうだった。

1日4話更新で20話ほどを予定してますが日常回などで少し増えるかもしれません

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