ドロップキックで始める神秘学
特に何も考えずに書いた。反省していないし後悔もしていない。
「バカ野郎ォ!そんな軟弱ボディで神秘家が務まると思ってんのか!!」
ゼヒューゼヒューと息を切らせて倒れ込む僕たちを見下ろしながら竹刀を担いだウスラハゲで緑色のジャージを着た中年体育教師が運動場の真ん中で怒鳴る。今時こんなスタイルの体育教師は日本中の学校どころかマンガやアニメの中にも存在しないだろう。唾を飛ばす前に時代錯誤という言葉を辞書で引いて欲しい。
神様や魔獣といったものが存在する神秘の世界と僕らがいる世界が半分ほど重なってしまってからはや50年。その影響で日本では年間300人ほどが神秘の力を備えて生まれてくるようになり、じゃあ専門の教育も必要だってことで2つの神秘高等専門学校ができた。
神秘の力を持つ者は義務教育が終わると強制的に神秘高専に入学させられ神秘家になることを強制される。十分な食事と休養があれば身一つで空を飛んだり透明になったり呪いをかけたり手から火炎放射を出したり虚空から水を出したりできるんだから、そりゃまあ国もどんだけ金をかけようが手放さない。
要するに今こうして汗だくで地面に身を投げ出している僕たちは制限こそあれど将来を約束されたエリート候補生みたいなもの。小中学校こそ普通の公立校だったが、神秘高専に入学後は超常の力を操る術を学び華麗で派手でカッコいい煌びやかな学園生活が待っているはずだった。
「健全な魂は健全な肉体に宿る!つまり神秘を極めるためにはまず体力だ!それがおまえらときたら体格はヒョロヒョロかただのデブ、スタミナはたかだかグラウンド20周でギブアップする根性なし。高専にくるまでの15年間ただダラダラ生きてきたことがよーく分かるぞナマケモノどもが!」
「はぁ、はぁ……し、身体強化や風の神秘術が使えたらゲホッ、なんとでも……」
「甘ったれたこと言ってんじゃねぇダボハゼが!いいか、戦闘中に魔力が切れて撤退しなきゃならなくなった時には自前の運動能力が生死を分けるんだぞ!そして神秘家同士の戦いになった時、術の腕前が互角なら何が勝敗を決める?そうだ、体力と筋肉だ!分かったら立って走れぃ!自分が選ばれた特別な人間だと思い上がったその性根を叩き直してやる!」
バシン!と竹刀で地面を叩く鋭い音が鳴るも、体力の限界を迎えた僕たちの体は動かない。気合いと根性なんかで体が動くかよ。こんなオッサンを雇ってる学校もおかしい。僕たちが潰れるようなことがあれば国の損失だというのに。
せめて疲労さえしていなければ教師とはいえ脳筋のオッサンなんかどうとでもできるのに。
「反抗的な目だな、おおかた疲れてなきゃ全員で俺を袋叩きにしてやるとでも思ってるんだろう。【ワイドヒール】」
倒れている僕たちを丸ごと乗せる大きな魔方陣が地面に浮かんだかと思うと、体を襲っていた疲労感の消失のみならず倒れ込んだ時にできた擦り傷なんかも完全に治っていた。
「ほれ、疲労も傷も体調不良も全部治してやったぞ。全員でかかってこい。もちろん神秘術も使っていい。誰か1人でも俺に一撃入れられたら全員1年生の間にある体育の授業を免除して成績表も全員最高評価にしてやる」
「本気で言ってんすか」
「神秘家は自分の口から出した条件は決して破らない。約束や誓いを簡単に破る者の言葉には重みがなくなり、術の詠唱も効果が薄れる。覚えとけ、ヒヨッコ以前のガキども。まあ、戦うのが怖いんなら真面目に授業を受けるこったな」
「上等だ!ぶっ殺してやらぁ!!」
男女を問わずクラス全員がオッサンへの殺意を滾らせて各々が得意とする神秘術を行使する。
高度で専門的な授業はまだ受けてないとはいえ、中学校卒業までなにもしていなかった訳じゃない。身体強化の魔法くらいは自然と覚えるし、炎や水といった元素魔法だってある程度は使えるようになる。
43人の攻撃を一度に食らえば教師とはいえ無事じゃすまないだろう。思い上がっているのはどっちなのか、病院のベッドの上で反省すればいいんだ。
「はぁぁああああ!!」
「おっそ」
「はぶっ!?」
術を使うため魔力を練っていたら顔面に衝撃が走り体が後ろに吹っ飛んだ。先生に顔面をぶん殴られたんだと気付いたのは地面を無様に転げるのがとまり、曲がった鼻からダクダクと流れる血がグラウンドに染みてからだった。
「なに呆けてる、戦いが始まったならいつどこから攻撃が来てもおかしくないんだぞ。それも分からねぇとは今年の1年生は本当に腐れ果てた甘ちゃんどもだな。例年よりちぃと厳しくするから覚悟しろ」
そこからは、いや、最初から最後まですべてハゲの一方的な蹂躙で終わった。ハゲは一切神秘術を使わず、純粋な体術だけで僕たちを殴り倒し蹴り飛ばし投げて締めて極めた。戦意を失うまで殴られては強制的に回復されまた殴られてを繰り返させられ、全員が骨折以上のダメージを少なくとも一度は負った。
結局、僕たちは授業終了のチャイムが鳴るまで先生に一度も触れることすらできず、プライドと骨をバッキバキに折られて運動場で死体の山を築くだけ。最後にまた全員に回復魔法がかけられて体だけは元通りにされたのが惨めだった。
「これに懲りたら心を入れ換えて鍛えるんだな運動不足ども。リベンジはいつでも受けてやる。まあその根性がおまえらにあればだけどな」
言うだけ言って去っていく先生の背中を見送った僕たちは地面を舐めながら強くなることを心に決めた。
鍛えて、鍛えて、鍛えぬいてやる。
男も女も関係なく、みんなの眼に炎が灯る。
打倒ハゲ。それが僕たちのスローガンになった。
その日から僕たちは時間さえあればひたすら走り込みと筋トレに励んだ。今までほとんど使ったことのない筋肉も徹底的にいじめ抜き、女子ですら甘いものを断つなど体を作るため食事にも気を配った。
もちろん神秘術の勉強もおろそかにはしない。トレーニングでどれだけ疲れていようと授業中に居眠りする者は皆無だ。進学校もかくやとばかりに先生の一言一句を聞き漏らさず、ノートもまとめ方が上手いやつがそのコツを余すことなく全員に教えた。
全員が何かしらの部活に参加した。部活を通して体を鍛えたり知識を得るのはもちろん、各々が先輩方にいろんなことを教わり使えそうなものは全員で共有した。
その飽くなき向上心とストイックさがウケたのか先生たちも先輩たちも次から次にものを教えてくれる。僕たちはそれを自らの血肉とすべく懸命に覚え、身に付けた。
初回の体育でボコされてから数ヵ月経ち、僕たちは別人になった。緩み弛んだ体は引き締まり、今や運動場20周がウォーミングアップだ。顔つきからも油断や傲慢さが消え、周囲を観察しいつでも動ける重心移動が日常になった。
毎回の体育の授業でハゲに襲いかかってはシバかれ、骨が折れる音に慣れ、脱臼した肩を神秘術ナシではめられるようになり、その度にいっそう鍛練に励んだ。
そして今日この日この時、夏休み前最後の体育の授業。入念な準備体操を終え、全員が最高のコンディション。そして僕たちの前には相も変わらず竹刀を担いだジャージ姿の中年ハゲ教師がいる。
「多少はマシな目付きになったじゃねぇか」
「……先生の言う通りだった。僕たちはのぼせ上がっていた。自分達が特別だと思い込み、自分を磨くことを怠り、せっかくの神秘の力を腐らせていた。それに気付かせてくれたことには、感謝してます」
強くなるためのきっかけをくれた。あの日、先生にボコされなければ僕らは弱く歪んだままだっただろう。
だから全員で頭を下げた。心からの感謝を捧げた。
感謝の心は嘘じゃない。この先生を恩師と呼ぶこともやぶさかではない。
まあそれはそれとしてだ。
すう、とみんなが息を吸って2秒ほど。
「「「今日こそ一撃入れたらぁぁあああ!!」」」
握り締められる拳、土を蹴る足。魔力を練るのにいちいち動きを止めるような素人以前の者はいない。
「かかってこいやガキども!夏休みに変な気を起こさないようボコボコにしてやる!」
「うるせぇ死ね暴力教師!死んで甦ってもう一回死ね!」
「体育の授業の度にポキポキ骨折りやがって!教え子をポッキーとでも思ってんのか!」
「芋ジャージが似合いすぎだ芋オヤジ!」
「毎回ズタボロにされるから体操服買い換える金がヤベーんだよ金払え!」
「この筋肉!時代錯誤!ハゲ!加齢臭!」
「最後のやつは両手両足だ!俺はまだ完全にはハゲてねぇし加齢臭もそんな強くねぇ!」
僕は両手両足を折られるらしい。なんということだ、確実に息の根を止めねば。
クラスメイトたちが仕掛ける波状攻撃を魔法も使わず竹刀と拳骨で叩き落とす人外の領域に立つハゲを見据え、考える。
悔しいがあの中年筋肉ハゲ教師は強い。他の先生たちに聞いたら回復と強化については日本でも5本の指にはいる実力者だそうだ。客観的に見て僕たちのようなヒヨッコが100人束になったとてまともに勝てる見込みはない。
だが、僕たちの勝利条件は『一撃入れること』だ。どんな攻撃であれ先生に回避も防御もさせずに当てれたらそれでいい。
ならばその一撃にすべてを懸けることこそが勝率を上げる最大の方法。スタミナでも筋肉でも魔力でもあのバケモンに勝てない以上、持てる力のすべてをただ一撃に凝縮させる。
クラスメイトの1人が僕を見て頷き、先生の視界から僕を隠すように立ち位置を調整した。時間は稼いでやると、そう示してくれたのだ。
最大の力を最速の速度で叩き込む。そのために必要なのは肉体が耐えられる限界までの強化、そして外部から自分を押し出す風の魔法。
「【フィジカルアップ】【ストレングス】【クイックムーブ】」
全体的な身体能力と肉体硬化、高速移動の強化魔法を重ねがけする。現時点ではこれが僕の肉体が耐えられる限界。……これも、体を鍛えて基礎体力をつけてなかったらフィジカルアップひとつがせいぜいだっただろうな。
「風よ吹け。束なり、重なり、幾重にも来たれ。その駆ける軌跡は導となり、その息吹の欠片が我が背を押す幾万の腕となる!【ブーストウィンド】!」
強烈な爆風が僕を前へと押し出し、その速さに負けないよう強化された脚で地を跳ねる。
一歩踏み出すごとに体が暴力的な加速を得る。3歩もしないうちに走る足が追い付かなくなることを悟り、僕は勢いを殺さず全力で前に向かって跳躍。最高のタイミングでクラスメイトたちが道を開けてくれる。
空気抵抗のことを考えて体勢は体を倒し足を前に出した流線型。
「食らえハゲェ!これが神秘と肉体の融合技!ミスティカル・ドロップキックじゃぁあああああ!!」
全魔力と全筋肉を総動員させた渾身の一撃。今の僕にできるすべてを出しきった攻撃。
「肉体のギリギリを見極めた強化、一撃必殺を狙う決断力、タイミングを合わせる団結力。そして戦いに備え鍛えた筋肉と体力」
僕のドロップキックを吹き荒れるブーストウィンドごと微動だにせず淡く光る竹刀で受け止めたハゲが笑った。
「及第点ではある。だが、まだまだ鍛練が足りんなぁ!!」
「へぶらっしゃ!?」
足をむんずと掴まれ、そのまま棒切れでも振り回すかのように地面に叩きつけられた。ものすごい衝撃が体を突き抜け、骨が何本か折れたっていうか砕けた。泣くことも出来ないくらいの壮絶な痛みが全身を駆け巡る。
強化された竹刀で殴られなかったのはせめてもの慈悲だったのかもしれない。このハイパー神秘ハゲゴリラが強化した武器で殴られたら多分死ぬだろうから。
「おぁ、ぁぁ……」
「さて、楽しい楽しい反逆タイムもそろそろおしまいの時間だ。全員歯ぁ食いしばれ」
「うるせぇハゲ!歯ぁ食いしばったら歯が砕けるだけだろうが!」
「もう俺の前歯は6回以上生え変わってんだぞ!サメじゃねぇんだよ!」
「俺たちの仲間を潰れたカエルみたいにしやがってよくも!」
「弔い合戦だ!緑の芋ジャージを血で赤くしてやれ!」
「全員でいくぞ!死なばもろともじゃぁああ!!」
霞んで見えなくなっていく僕の視界に写ったのは、クラスメイトたちが殴り飛ばされて放物線を描く姿だった。
なお、目が覚める頃にはちゃんと回復魔法がかけられていて痛いところなどひとつもなかった。体操服はズタボロだったけど。
「成績表はちゃんと保護者に見せるように。まあこのクラスで見せるのを躊躇うような成績の者はいませんけどね。では、健康に気をつけモラルを守って夏休みを楽しんでください」
担任の先生から成績表を受け取った僕たちは解散することなくクラスに残っていた。あのハゲをブッ飛ばすために夏休みの間どんな鍛練をするか話し合うためだ。
「繰り返すけど基礎鍛練は怠らないように。少なくとも身体強化を5重でかけられるくらいの体を作らないとダメだ。知り合いや親族に神秘家がいる人は対人戦闘を教えてもらうこと。僕たち素人同士の手合わせじゃ限界がある。今はまだ基礎能力を伸ばす時だ」
「「「おう」」」
「よし、みんなの夏休み中の成長に期待する。じゃあ帰ろうか……って、そういえば打倒ハゲに燃えすぎてまだ成績表をちゃんと見てなかったや」
僕の言葉にみんなが俺も私もと成績表を開き出した。さすがはこのクラスの仲間たちだ、ハゲへの闘志に満ち溢れていて頼もしい。
ここまで真面目に訓練や勉強をしたことがあっただろうかというくらい一生懸命だったおかげで、目に入る成績は『優』『良』『可』『不可』のうち優がほとんど。それもクラスで教えあって高めあってきたからみんなに大きな差はない。
そんな誇るべきはずの成績表を最後まで見た僕らは、全員が忌々しそうに舌打ちをして鞄に入れた。
体育の欄。クラス43人全員、そこに同じ文字が書かれていた。
『可』
「本当に及第点しか寄越さなかったな、あのクソハゲ……!」
瞳に炎を滾らせ、闘志に満ちた足取りで帰路につく。
いいだろう。進級までに1発入れて『優』って書かせてやるよ。
これは、僕たちが『日本神秘史上で最も肉体派の世代』と呼ばれるまでの物語。
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「全員の体育を『可』にしたんですね。あの子たち、みんな優秀ですのに」
「ああ、まあ、正直なところ私も全員に『優』をつけてやってもいいとは思ったんですよ。目標の内容はどうであれ、勉強も鍛練もしっかりやっていて実力も申し分ない。体力もついて運動能力はそこらの運動部より上でしょう」
「でしたらなぜ?」
「……成績会議で校長に言われましてな。『あのクラスは毎回体育の授業が始まると先生に襲いかかっては返り討ちにされてノビているが、カリキュラムはこなせているのか?』と。煽ったのは私ですから『不可』にはできず、かといってアイツらが今さら普通に授業を受けるわけもなく。唯一真面目にやった体力テストをもとになんとか形を整えまして……」
「なるほど。それは『可』が限界ですね。先生も学生も自業自得といいますか、悲しいすれ違いといいますか」
「せめて月に1回でも普通にしてくれたら全員に『良』か『優』をつけれるんですが。しかも下手に良い成績をつけない方が反抗心やらでアイツらのモチベーションもキープできてしまいそうなのも困りものですよ……」
ハゲ先生は『一撃いれたら全員に最高評価をやる』とは言いましたが、それは『一撃いれないと最高評価が貰えない』とイコールではない。




