【工学系女子シリーズ⑥】勇者選抜は恋の火力も上がるようですが、銃職人女子は祈らず命中率を上げます~謎の魔術師の“愛の一撃”で、ライバル勇者候補も本気になりました~
「パシッ」
ダンジョンの奥で、謎の魔術師が一撃を放った瞬間――レオンのライバル勇者候補は、本気に戻った。
彼のために一緒に戦う、彼女の存在に気づいて。
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王都アルセリオの初夏は、朝から光が眩しい。
石造りの塔が並び、鍛冶の槌音と馬車の車輪の音が混ざる街。
その日、王都に集められた“勇者候補”たちの、選抜が始まった。
銃職人を目指すフェリア・ブラントはこの春、十五歳にして、王都の王立工学学院に入学した。入学から間もない初夏の今、学院の講義を受ける傍ら、小さな町カルンで銃中心の武器専門店を営む父の紹介で、王都の老舗武器工房「ヴァルク工房」に通い、銃と爆弾の研究と開発を続けている。
実家と同じく、油と鉄の匂いが染みついた、工房。眼鏡をかけ、白い豊かな髭のヴァルクさんは、無口で一見気難しそうだが、フェリアには優しく、自由に開発させてくれる。
前回作ったレオン専用の銃の課題は三つ。
・反動の抑制
・照準の安定
・弾道のぶれ軽減
王都に来てから、学院の授業も活かし、ヴァルクさんにも見てもらいながら、改良を進めてきた。
銃身の溝加工で弾道を安定させ、照準機構と握りもレオン仕様に詰めた。
(これで、命中率上がるはず!)
フェリアはぎりぎりまで銃の調整をしてから、朝の工房を飛び出した。
勇者候補の一人、レオン・クライン。
金髪を束ね、片手剣を腰に、王都ギルド前に立っていた。
(ここからだ)
レオンのパーティーも出身地の町カルンのギルドではSランクだが、王都の選抜は相性と総合評価がすべてで、地方の実績だけでは通らない。王都には、地方とは桁違いの実力者が集まる。
貴族出身の魔法剣士。
精鋭弓兵。
王都育ちの神官。
それぞれが課題討伐で成果を競い、勇者認定に近づく。
フェリアが到着すると、既に百人程度の勇者候補と、それを応援しに来た人々でごった返していた。
「レ、レオン!」
人垣の中から、声を張り上げる。が、小さなフェリアは近づくことができないまま、最初の課題が始まってしまった。
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最初の課題は飛行型魔獣「スカイレイヴン」の討伐。高速で空を旋回し、群れで襲う。レオンのパーティーは奮闘するが、決定打に欠けた。
剣は届かない。
魔法は当たりにくい。
結果、三匹をどうにか倒したのみで終わった。
(可もなく不可もなく――これでは、駄目だ)
ライバルが弓で複数撃ち落とすのを見て、レオンは唇を噛んだ。
とは言え、全く倒せないパーティーも続出した。
終了後脱落者が出て半分に減り、フェリアはやっと、レオンと話すことができた。
「渡せなくてごめん。でも、課題一つ目クリア、おめでとう。レオン用に、調整してきた」
フェリアは改良した銃を見せた。銃を差しだすフェリアの手ごと、レオンは優しく両手で包んで受ける。
「学院で習った弾道理論、素材工学、加工精度――全部、活かした。反動も抑制して、照準を安定させて、弾道のぶれを減らして。動いていても、命中率上がるように」
「……すごい」
レオンが、銃を受ける手を震わせた。
「ありがとう。フェリア」
「感想、ちゃんと教えて。改善するから」
「大事に使わせてもらう。次の課題は明後日だから、お昼、一緒に食べよう」
腰に銃を差すと、片手を繋いだまま、一緒に食堂へ向かった。
「やっぱりあの二人、甘い~、頑張れ~」
レオンのパーティーのピナも、他の仲間と影からこっそり二人を見守って楽しんでいた。フェリアとレオンをカップルで推している、回復・防御系魔法使い。キャピキャピしているが、一応Sランクのレオンのパーティーの実力者である。
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ギルドの食堂は、人がごった返していた。どうにか空いている席を見つけて、二人で向かい合わせて座り、注文した。
「二人きりの昼食だね」
レオンがフェリアの目を見つめる。
「すごく、混んでるけどね」
フェリアが言う。
レオンの隣の席の人が食べ終わり、空いた。
「相席よいですか、お邪魔します!」
と言って、どかっと座ったのは……。
「え? お兄ちゃん」
フェリアの兄、ガルドだった。赤っぽい髪で、腕が良く、そして――妹に関しては面倒くさいほど過保護。
「本当に、邪魔をしにきたんですか?」
レオンが表情を曇らせる。
「それもあるけど――騎士団から大量発注を受けた銃、さっき、納品してきた。射撃練習場の整備も手伝ってる。ついでに練習できるぞ」
「レオンも銃の練習、できるね」
フェリアの目が光る。
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王都騎士団の射撃練習場では、十個ほどの、小距離や中距離の的を前に、騎士たちが並んでいた。土煙の匂いが充満し、金属音と兵士の号令が響き渡る。
ガルドがフェリアとレオンを連れて行くと、騎士団長のアルヴェルトが、端の一か所を開けてくれた。
「おい、そこの騎士。フェリアに近い」
「近くない、訓練の順番――」
「近い」
レオンも牽制する。
「彼女は開発者です」
騎士たち、半笑い。
「見学者じゃないのか」
「開発って、打てるの?」
フェリアは黙ってレオン用新型銃を構えた。
小さな金属標的までの距離は中距離で、二百メートル程度。
撃つ。
カン。
一発で、中心に当たった。
「おお、すごい!」
歓声が上がる。
が、
「動く的でないと、簡単すぎて分からないか」
フェリアがガルドの方を振り向く。
「じゃ、これ投げようか。前に投げれば安全だろう」
ガルドが、的と同じ丸い金属板を、斜めになるように、前方上に放り投げる。
一枚。
カン。
二枚。
カン。
空気が変わる。
「二枚とも、中心に当たったね。相変わらず、すごい」
レオンが言う。
銃をレオンに渡しながら、言う。
「多分大丈夫だと思うけど、レオンも使ってみて、問題あれば言って。調整する」
「フェリアのように、中心には当たらないと思うけど、やってみる」
他はみんな、言葉を失っている。
さっき軽口を叩いた騎士が、何も言えなくなり、素直に引いた。
「銃って当たらないものだと思ってた」
「あの投げた的、中心に当たったかも、見えなかった」
沈黙のあと、尊敬が生まれる。そしてまた、ファンが増える。
一方、兄ガルドは別方向でも忙しかった。
「……命中しない。銃って難しい」
そう言ったのは、女性騎士だった。手の空いたガルドに声をかけた。
「体格差が出る剣より、私には銃の方が可能性があるかと思ったんですが。どこが悪いか、教えてもらえませんか?」
ガルドは最初、遠慮した。
「いや、手を握るのは……」
「ちゃんと教えてください」
真っ直ぐ言われ、ガルドは観念した。
「……分かった」
彼は手を取って、構えを整え、指の角度を直す。
「引き金は、こう。肩、力抜け。背中で受け止める」
ガルドの指が重なる。手袋越しでも、熱が伝わった気がして、女性騎士は息を飲む。
「……今の感覚、忘れるな」
すると、次の弾が、的を初めてかすった。
「……教え方、上手ですね」
「まだ小距離で、かすっただけだけどな」
「ですよね……」
女性騎士がぽつりと言った。
「でも、妹も、今の状態になるまでに凄い数撃ってる。続ければ、上手くなるよ」
「優しいですね。先生になってくれませんか?」
ガルドは一瞬、黙った。
「時々、来たついでなら……」
ガルドの頬が、ほんの少し赤かった。
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討伐課題二日目。王都近郊の新規ダンジョン踏破課題が発表された。今度もまた、複数のパーティーが競い、成果と連携と判断力を見られる。
前日までの討伐点と連携点が合算され、暫定で上位二十組が次へ進む形だ。
薄暗い石造りの通路を、レオンのパーティーは慎重に進む。
今回も、空中から急襲する魔物が現れ、レオンは迷わず撃つ。
一撃で翼の付け根に命中し、魔物が落下した。
仲間たちも喜ぶ。
「命中精度、上がってる!」
だが、その近くにも、鮮やかな魔法剣で、敵を一撃粉砕した男がいた。
エルドリック・レイグラード。
華やかな容姿と、王族の遠縁の、公爵家の血筋。周囲から「お前こそ勇者に相応しい」と言われる男。表向きはそれを受け入れている。
(あの男、勢いがあるな)
帰還後、レオンは、パーティーの仲間に言った。
「まだ足りない」
仲間も頷く。
「鍛え直そう」
二十組に絞られた中に、レオンのパーティーも、エルドリックのパーティーも、両方残った。
ただ、レオンの頭の中は反省点でいっぱいで、その後のギルドでの噂話は耳に入らなかった。
ギルドの掲示板の前で、ざわめきが起きていた。
「セレスティア姫、隣国へ嫁ぐらしい」
その文字を見た瞬間、エルドリックの指先が止まる。
「勇者になったら、婚約できるって、話じゃなかったっけ?」
いつもなら鼻で笑う噂話に、今日は笑えなかった。
「……くだらない」
そう吐き捨てた声が妙に乾き、指先が震えている。
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レオンはフェリアのいる工房へ向かう。
夜の工房で、フェリアは図面を広げていた。
「どうだった?」
「銃は良かった。でも」
レオンは壁にもたれる。
「エルドリックという男が、強い」
顔を上げ、目が合うと、フェリアは言った。
「レオン。勇者になれなかったらって、考えてる?」
「……考える」
「私は、別にレオンが勇者にならなきゃいけないとは思わない。でも、レオンがなりたいなら、なれるように支える」
レオンが、息を呑んだ。
フェリアは続ける。
「戦いも、無事に帰るように。私なりに全力尽くす。祈るんじゃなくて――確率を最大限まで上げるの」
一時置いて、レオンがふっと笑った。
「うん。……改善されるたびに、君が追い込まれるんだけどね」
「どういう意味?」
「……なんでもない」
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そして、次の課題、ダンジョン踏破の日。さらに半分の十組まで絞られる予定だ。
今日のエルドリックの目はどこか醒めていた。課題について説明を受ける間も、前のような熱が無く、気が付けば、ぼーっと空を見つめている。
(……やる気、ない?)
「変だ」
レオンは眉を寄せた。
今日、ダンジョン内の討伐には、フェリアは参加しない。その代わり、ダンジョンの外で、研究と整備と、銃の最終調整をし、待つ。
回復役としてレオンのパーティーに入るのは、ピナ。
「えー! フェリアちゃん来ないの? また銃撃つところ、見たいのにー!」
「私はここで、勝率上げる」
「それ! その言い方、好き!」
ピナは両手を握りしめた。
「レオン様、絶対勝ってこようね! フェリアちゃんが“勝率最大化”してるんだから!」
「……うん」
レオンが真面目に頷くのが、ちょっと可笑しい。
一方、エルドリックとそのパーティーも、同じダンジョンへ入る。別のルートを通っていったが――ボスがいる部屋の前に同時に辿り着いた。その場合、ルール上は一緒に倒すこともできるが、どちらが最後に倒したかで、評価は変わる。
その時初めて、今日の彼のパーティーにいる魔術師が、いつもと様子が違うことにピナが気づいた。ローブで顔を隠した、謎めいた魔術師。
「……あれ? ナナさん、私と同じ位の背なのに、今日は大きい?」
「え?」
レオンが声を発すると、エルドリックもそれを聞き――一瞬だけ、目を見開いて、魔術師の方を振り返る。
その瞬間を、ピナが見逃さなかった。
(エルドリックも、気付かなかったの?)
だがピナは口にしない。回復役は余計なことを言わない。
……が、動揺していたのか、ボス部屋に全員入った後、さらに仕掛けを動かしてしまった。ピナは、コウモリ型の魔物が飛び出して、よろけた拍子に、うっかり、偶然、変な“スイッチ”を押してしまった。
古い仕掛けが作動して、ボスの入っていた箱が開くと同時に、部屋の入り口の扉が閉まり、部屋が“封鎖”された。
「えっ」
「ピナ~」
「ごめんっ」
ボスは、古代兵器型の魔物。鎧と魔力で動く、異様に硬い個体。
戦闘が始まった。
エルドリックは最初、動きが鈍かった。
強いはずなのに、迷いというか、心ここにあらずで、覇気がない。
レオンはフェリアの作った銃を抜く。
狙いを定め、撃つ。
硬い装甲の継ぎ目へ、精密に――当てる。
「……当たった」
ピナが息を呑む。
レオンの攻撃が“計算されている”のが分かる。
魔物は片腕が、ぶらんと力を失う瞬間、腕を切り離して放り投げ、エルドリックの傍をかすめた。
「危なっ!」
ピナが呟くと同時に……。
「パシッ」
乾いた音。
謎の魔術師が、エルドリックの頬を、迷いなく叩いていた。
「……!」
空気が凍る。
「何して――」
エルドリックが叫びかけたとき、ローブの人物のフードが、少しずれた。
「ぼさっとしてる暇ある? エルドリック、勇者になるんじゃないの?」
何度も隣に立つことを夢に見た、声と、覗いた顔。
この人が遠くへ行くなら、勇者を目指して剣を振るう意味もない、そう思った――
「――セレスティア?」
王家の姫。普段のおしとやかな印象と異なる、抗戦的な目。
「……姫、なんでここに」
「戦いたいからよ。政略結婚の駒になる前に、可能性に、賭けたいの!」
エルドリックの迷いが、燃え去った。
(姫だったのなら、守らないと!)
そして彼は、ようやく“本気”になった。
剣士としての型が、戻る。動きが鋭く、迷いが消える。
ボスの攻撃が来る。
レオンが撃って怯ませ、エルドリックが斬り込み、ピナが防護を重ねる。
セレスティアの魔術が、装甲の防御を弱める。
最後は、一撃。
レオンが、銃で“核”を撃ち抜いた。
ボスが崩れ落ち、封鎖が解け、扉が開いた。
「……勝った。フェリアちゃんの改良銃、大成功だね~!」
ピナが泣きそうな顔で笑った。
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ダンジョンを出た後。姫はまたローブを深く被って、いつの間にか去っていた。
エルドリックは、疲労の中でレオンを見た。
「……君も、姫を狙っているのか?」
レオンは首を振る。
「いや、全く。僕は、別にずっと思ってる人がいる」
エルドリックの胸が、少しだけ軽くなる。
レオンが、討伐の報告の後、向かった先を、エルドリックは見た。
フェリアの元にレオンがまっすぐ走って行き、フェリアも駆けてくる。
二人が顔を見合わせて、手を取り合い、ほっと笑う。
それだけで分かる。
(あの子か)
勇者を目指す者、一人一人に物語がある。
だが、選ばれるのは一人。揺らいでいる余裕はない。
エルドリックは、そう思った。
そして、隣国から姫に婚約の話が来ている。それを知った後、絶望にさいなまれていたエルドリックへの、あの、一撃――
(……奪えって、言いたかったのだとしたら)
ダンジョンの中で張り手をしたローブの魔術師――セレスティア姫が、ふと思い出される。
(あの人の賭けたい“可能性”が、僕なのだとしたら……)
エルドリックも、その可能性に賭けたい、と思った。
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工房で、レオンが銃をテーブルに置いた。
「フェリア。ありがとう。これがなかったら、今日のとどめは取れなかった。少しだけどその分、エルドリックより、評価高くついた」
フェリアは頷いて、淡々とメモを取る。
「反動どうだった? 照準ぶれた?」
「ぶれなかった。……当たった」
「なら次は、もっと速く撃てるようにする? もしくは、最初の一撃でとどめをさせるように、攻撃力を上げるか……でも、そうすると衝撃も強くなるか……」
レオンが、笑った。
「フェリアってさ。どこまでも、諦めないよね。……好き」
「ん? なに?」
「なんでもない」
メモを取っていたフェリアが顔を上げると、レオンが少しだけ近い。
レオンが、そっとフェリアの手を取った。
「今日、勝てた。十組の候補に残って、勇者にまた近づいた」
フェリアは、手を引かなかった。
「うん」
レオンの指が、ほんの少し強く絡む。
「それはつまり……」
「つまり?」
レオンは言わない。まだ言わない。
フェリアも、まだ知らないふりをした。
工房の窓から入る西日が、机の上の設計図を照らす。
“確率”を上げるための線と数字、フェリアの努力の跡が、静かに輝いていた。
王都のどこかで――別の恋の火力もまた、じわじわと上がっているのかもしれない。
可能性に賭けるために、戦う女性たちをめぐる、火力が――




