第3章 宮坂晴子の波乱万丈な実家
晴子の実家で岡山にある貿易会社は、韓国や中国相手のビジネスだったため、時の政権交代がある度に、優遇されたり干されたりしていた。
晴子が大学に入る頃が全盛期だった。国賓が家に来ることが多く、美しい晴子は豪華な着物で来賓たちをもてなしたものだ。しかし、政権が変わり、大手の商社が介入して市場を荒らした。大切に育てた人間関係も、新規事業も無くして一時、父は病んでアルコール中毒にもなっていた。
同業者が次々と倒れ、夜逃げして首をくくったという情報は、父を奈落の底に落とした。そんな時、気丈な母が、不動産を売り、コツコツ貯めていた貯金を崩し、家を支えた。おかげで、気がつけば競争他社はいなくなって、業界一。独占状態で、また復活した。
なので、晴子は、どんなにお金持ちになっても、資産が出来ても、事業が駄目になったら、商いが大きければ大きい程、一瞬で負債が多いことを嫌というほど体験していた。
思えば、大学時代と、あと数年だけが、夢のようなお嬢様生活をさせてもらった。芦屋のマンションを買ってもらって、外車を乗り回していた。生活費も海外旅行も、ブランドのお洋服やバッグを買うのも、親からもらったカード払いで、いくら使ったのかも知らない時があった。友人や、お金目当ての人々が群がって来て、お人好しの晴子は騙され利用され、いいように使われて良い思い出など無かった。だから、お金持ちとは結婚したくなかった。
普通の平凡な、安定した細やかな幸せで良かった。どれだけエリートで家柄も良く、ご大家でも、逆に怖かったのだ。ジェットコースターに乗っているような、波乱万丈な人生なんて、ご免被りたかった。
なので、この女子会も、裕子の積極的な誘いに断り切れずに毎年来てはいたが、結構無理をしていた。そもそも、着て行く服も無い。豪華な料理と飲み放題で5千円というのは、一般的には安いのだろうけれど、晴子の家計では、ありえない金額だったのだ。主婦などに、お小遣いなるものは無い。少ない家計で、将来のために貯蓄しながら、どうにか生活費をやりくりしなければならない。できるだけ安いお金で、子供たちに美味しいものを食べさせてあげたい。主人と子供のためだけにお金は使い、自分はないがしろにしていた時期だった。そして、今夜も姑に嫌味を言われて無理矢理出て来たのだ。まだまだ子供が小さいので、夜出るにも主人だけに任せてはおけない。なので、姑を頼るしかないのだが、必ず何か嫌がらせはされる。それを考えると、飲み放題と言われてもアルコールは我慢するしか無い。
こんな時くらい、羽を伸ばして、飲みたいだけ飲んで、酔っぱらって日頃の鬱憤を晴らしてみたい。そんな衝動に駆られながらも、できない。良い妻であり母親でいたかった。
このお店も、今の自分が居るべき場所ではないのも、痛い程感じている。居心地が悪い。そもそも、知恵や由美、裕子と、そんなに学生時代も仲が良かったわけでも無かった。
知恵の結婚式に誘われて行ってから、毎年恒例になった女子会は、断れないまま数年になる。ふと気付くと、友人らしき人がこの3人しかいない現実に驚く。だから、大切にしたいと思い始めていた。5千円を財布に入れて、今日は年に一度の贅沢なのだと自分を納得させている。年を経るほどに、どんどん若々しく綺麗になっていく3人との格差に、みじめな思いをしながら。それでも、あの頃と同じように扱って、仲間に入れてくれていることが嬉しい。




