便利とは遠くにありて、思うもの
翌日の晴れた朝。
美形兄弟の家の古いシーツを一枚犠牲にして、下着を作ることに決定!!
まずはジャブジャブ洗濯!!てか、ここ井戸無いの!?
「井戸ならある。共同井戸が」
(あんのかよ!)
テレビの歴史モノで見るような井戸なのかしら?
場所がよく分からないが、行ってみることにした。
「洗濯をするなら、シーツ以外にも道具を持っていかねばならない」
と、渡されたのは大きな盥、人をぶん殴ったら一発でお陀仏させそうなこん棒。そして――
「これは、既に煮沸したシーツだ」と一郎。
「感謝しろよ」と二郎。
ホカホカの濡れたシーツを渡された。ずしり。
二人で仲良く端と端を持って絞ったんだろうか?
有り難い。
しかし、ズッシリと重かった。
特に、この濡れたシーツの重さはなんなの!!
重たい上に、全てがかさばって大荷物よ!
「も、持てないわ⋯⋯」
(これじゃあ洗濯なんて無理よ⋯⋯!!てか、昔の人どんだけ逞しいのよ⋯⋯っ!!)
転移した日本人が色々改良しようという気持ちが分かった。
(不便すぎる⋯⋯ッ!!)
便利を知っている日本人からすると、この不便は考えられない。
早々に折れかける心。
「なにをしてるんだ?」頭に一郎の声が降ってきた。
「自分の無力さに打ちひしがれてんのよ⋯⋯」
「仰々(ぎょうぎょう)しいやつだなぁ〜、てめぇはいちいち。ほら行くぞ!洗濯すんだろ」この声は、二郎。
顔を上げると、二人は私が頓挫した原因の荷物を軽々と持っていた。
「一緒に来てくれるの!?⋯⋯ありがとう!」
「場所も分からないだろう?」「非力なてめぇにこの荷物は無理だろ」
なんだかんだと、二人は面倒見が良い。
二人の案内で共同井戸に来た。昔、童話で見たことあるようなないような、石積みの井戸だった。
洗濯をしようと道具を広げて準備をしていると、数人の恰幅の良い、中年の女性たちが急ぎ足でこちらに向かってきた。
「あんた達!!まさかここで洗濯するつもりじゃないだろうね!!」
「ここは、大切な水源だよ!!洗濯するなら川に行っとくれ!!」
「かわ!?」
川と聞いて、昨日の二郎の言葉が幻聴で聞こえてきた。
『馬が出す尿やら糞にギャーギャー言っていたではないか。あんなのが垂れ流されてるし、用を足したら、川で洗う者もいる』
(そんな川で洗濯!?)
「⋯⋯こいつは、日本人だ」
と、突然一郎が私を指さして言う。
(いや、そんなんで引き下がるわけないじゃん)
と、思ってたのに
「にほんじん!?」
「日本人なのかい!?」
思いを巡らすような表情になった、と思ったら、ため息ひとつこぼして、
「⋯⋯⋯⋯なら、仕方ないね。あんたが日本人なら今日のとこは、見逃してやるわ」
と、言い残しておばちゃん達は背中を見せる。
(⋯⋯ここではなにしたのよ。日本人)
去っていくおばちゃん達を見送りながら、
「なんで、日本人なら許されるのよ⋯⋯?」
と、一郎に聞いてみた。
「さっきと同じように、川で洗濯を強要された日本人が、灌漑工事を一人で行い、水までろ過しようとして、結果、水を詰まらせて、町中に川の水を引き込んでしまったことがあってな。大変な悪臭に悩まされたことがあったんだ」
(⋯⋯⋯⋯聞くんじゃなかった)
「そういえば、その日本人も消えてんなぁ〜」
(⋯⋯怒りを買って闇討ちにあったんじゃないの?)
とりあえず、気を取り直して洗濯だ!
初体験の井戸!
たしか、こうやってバケツ?を落とすのよね?
カラカラカラー、パチャーン!
で、どうすんの?
「なあに、やってんだよ!紐引けよ!」
「うっさいわね!今やろうと思ってたとこよ!」
どっちの紐?
(どっちでもいいや)適当に紐を引っ張るため掴む。
「そっちじゃねえ!」二郎の怒鳴り声に、パッともう片方の紐を持つ。
「私もそう思ってた!」
(なーんだ、こっちの紐なのね)
ぐっ、と力を入れるが、なにも微動だにしなかった。
(いや、昔の人怪力か)
「⋯⋯なにしてんだよ。早くしろよ。紐見つめても水は汲めねぇぞ」
「分かってるわよ!⋯⋯ちょっと見本見せてほしいんだけど」
「だあ!コイツ!水の汲み方も知らねぇのかよ!こうやんだよ!」
グッ、グッ、と紐を引く二郎。
(うっそ、やっば!どんな力出したらあの紐が動くのよ)
グッ、グッ、と、引っ張る二郎の腕になんとなくそっと触ってみた。
「硬った!太っと!!」
感想がそのまま声に出た。
(この筋肉じゃないと無理なわけ!?)
「邪魔してんじゃねぇよ!」
二郎の怒鳴り声なんてどこ吹く風。
私は、去っていったおばちゃん達の方向を見ていた。
(じゃあ、あのおばちゃん達も、この筋肉を!?)
恰幅が良かったのは、レスラー体型だったのか!?
私は、驚愕に震えた。
震えている間にいつの間にか、盥に水が注がれ洗濯の準備ができていた。手際の良さに震えるわ。
「ほら、これで叩けよ」と渡されたのは、お陀仏こん棒。
これもまたずっしりと重い。
(そりゃそうよね!木の塊だもん!)
(てか、おばちゃん達は、これ持って道具持って、あのクソ重たいシーツ持って川まで行ってんの!?すごすぎなんだけど!!)
異世界から無事に日本に帰ってきた私は、あのおばちゃん達のような身体つきになっていて、女子プロで活躍する未来まで見えた。
(⋯⋯⋯⋯いやいや、んな馬鹿な)
重いが、こん棒を振り上げる。
二度三度叩いて、「よいしょ!」と、振り下ろしたと同時に、こん棒がすっぽ抜けて、前に飛んでいった。
前方で様子を見ていた二郎が咄嗟に避ける。
立っていたので反応が早い。
「あっぶね!!」
すっぽ抜けたこん棒は、二郎を通り過ぎて、石積みの井戸にコン!とあたるとドスっと、落ちた。
「ごめん!ごめん!使い古された持ち手が、意外にツルツルで」
「言い訳になるか!!しっかり持ってろ!」
真っ当な理由で叱られた。
「振り上げすぎだ。タロタロは力が無いのだから、これくらいの高さでやるのが良い」
と、こん棒を拾い上げた一郎から渡されて、ついでに後ろからレクチャーをされた。
持つ手を握られ、こん棒の高さを教えられる。
「なーんだ、こんな高さで良いのか、ありがとう!」
と、振り向いたら間近に一郎の顔。と、同時に思い出した二郎のフケ。
すっ、と反射的に物理的距離を取る。
はっ、と思い出して一郎の首筋に鼻を近づけて、スンスンと嗅いだ。
やはり、若干の脂臭い、お父さん臭⋯⋯。
お母さんなのに、お父さん臭⋯⋯。
(やっぱり、湯シャンは絶対よ!!)
私の行動を訝しんだ一郎から「どうした?」と声がかかる。
「帰ったら、湯シャンしようね!」
という私に「はあ、」と一郎は頷いた。
その時だった。
「なに、ちんたらやってんだよ!いつまでも終わんねぇだろ!貸せ!」
と、私たちの様子を見ていた二郎からこん棒を取り上げられる。
「見てらんねーよ!」
と、叩きだしたが、飛沫が――
「ぷっ、ちょ、二郎!かかってる!かかってる!ぺっぺっ」
筋肉の二郎が力づくで叩くこん棒が、バシッバシッと布を叩く度に飛沫が飛んできた。
一郎がそんな私の前に、腕を差し出して飛沫から守ると
「布が傷む。もう少し優しく叩くんだ」
と、弟の二郎に注意した。
何故か、そんな一郎を睨む二郎。
「私からすると、二人とも見てられん」
と、一郎はそう言い、二郎からこん棒を取り上げると、私を退かして、トントン、とこん棒を叩き出した。
「わりぃ。なんかタロタロ見てたら苛立ってさ」
と、一郎に謝る二郎だったが、おい、言葉のチョイス。
(私のせい!?)
「悪かったわね!洗濯ひとつも出来ないやつで!」
ついでに料理も出来ません!!




