皮を洗ったらお盆ができた件。解決策はパワー!!!!
恥と傷心のまま、枝を歯ブラシ代わりに齧りながら、暖炉に薪をポンポンとくべる。
水の出る木で口をすすいで、ウエストを縛りあげる紐を解いて、長椅子に横たわったら、そのまま寝てしまった。
目を覚ますと、美形兄弟が帰ってきてた。
ショールは、どっちかが掛けてくれたようだ。
二人に向かって、お礼を言う。返事はなかったが。
でも、お陰で寒い思いをせずにすんだ。
てか、もうそんな時間かと思ったら、雨で早退してきたという。⋯⋯雨を理由に早退できるの?マジで?
「雨が止んだら薪割りだ」
一郎からの提案。
その言葉を聞いて、薪割りの際、木の破片が刺さったことを思い出して憂鬱な気持ちになった。
「⋯⋯あれトゲ刺さるから嫌なんだけど。手袋とかないの?無いなら買いに行きたんだけど」
私のお願いに、一郎の瞼がピクリと動いてこちらを見る。
「⋯買う?」
「だめ?」
「⋯誰の金でだ」
「⋯⋯」
そういえば、お金持ってなかった。
沈黙が降りる。
一郎が、溜息を吐くと、どこかに行ってしまった。
しばらくすると両手になにかを持って、私の前にしゃがんだ。
「買うのではなくて、作れば良い。道具ならある」
渡されたのは、多分動物の皮。
(⋯⋯ドウヤッテ?)
顔を上げると、既に一郎は部屋から出ていっていた。
⋯それにしてもこの皮⋯⋯⋯クッサ!!
私は、その皮を持って飛び出した。
私は雨が降りしきるなら、溜めた雨水で臭い皮を洗いに洗った。
暖炉の前でそれを乾かしていたところ、二郎が口をパクパクして、
「おま、お、お前⋯なんで暖炉で炙ってんだよ⋯」
「人聞き悪いわね。スルメと皮の区別くらいつくわよ」
「スル⋯?いや、なんで乾かしてるのか、て聞いてんの」
「え?⋯⋯洗ったから?」
はあ〜〜〜っと、朝に続き、弟からもクソデカため息をいただいた。何なのこの兄弟。
その溜息の謎は、乾いた皮を見て痛感することになる。
カッチカッチに乾いた皮の切れ端を「なんで髪といい、皮といい、こんな事になるのよ!これじゃあ、“お盆”の完成よぉ!」
と、カッチカッチの皮の切れ端に、カップを置いて両手で持ち上げた。
「全くたわまないわ!!」
――シ、ン――⋯⋯
椅子から立ち上がってお盆と成れ果てた皮、もとい、板を持った私に、呆れた表情の美形兄弟からの視線が突き刺さる―――⋯
様子を一部始終見ていた一郎からは、はぁ、と溜息。
「お前、手伝ってやれ」と二郎に命じていた。
兄ちゃんの権限たるや。
兄にそう命じられた二郎は、
「はぁ〜。わーたよ。ったく、イカレ女は奇行が過ぎるぜ」
と、毒づきながら、私から“お盆”をひったくった。
二郎が“お盆”を両手でグッと握った瞬間、
バキィッ!
と、いう音が部屋に響く!
「あー!壊した!!」
「壊してねぇーよ!!」
焦る私を余所に、二郎はごつい手で、バキバキと音を立てて皮、もとい、板を折り曲げていく。
「⋯なにしてんの?」バキバキにしている二郎の様子を見ながら私は尋ねた。
「お前がカッチカッチにしたのを今から柔らかくすんだよ」
一郎がそこに、鼻が曲がりそうな臭いの油を持ってきた。
容赦なくボトト、と垂らしていく。
「⋯⋯おい、これ、すげぇ油吸い込みやがるぜ。お前、どうやってしたら、こんなにできんだよ」
「雨水で徹底的に洗ったからよ! 文句ある!?」
「あるね!」
「ひどい!!」
部屋中に広がる、古い皮と油の混ざった形容しがたい激臭。
私はあまりの臭さに鼻をつまみながら
「ごめん!二郎!こんなになるとは思わなかった!!」
と、素直に謝った。
(はぁ〜、なんで合皮が多いのか分かった気がするわ)
揉んで揉んで臭さが増した皮と二郎。
「⋯⋯っし。こんなもんだろ」
服の袖で鼻を覆って、作業を間近で見ていた私は、その声に皮から目を離して二郎を見た。
両手はほぐした油まみれの皮を持ち、額には汗が滲んでる。
それがこめかみ辺りまでつつ、と垂れると二郎は、二の腕の袖で乱暴にグイッと、拭った。
さっきまで腕の筋肉全開で揉んでたからか、筋肉が盛り上がり、筋が浮かんでる。
(うわぁ、すごい筋肉⋯)
ボディビルダーみたいな魅せる筋肉じゃなくて、生きていくための筋肉に、私は感動すら覚えた。
「⋯あの、ごめんね。ありがとう。手袋頑張って作るね」
「⋯おう」
そういうと、二郎は立ち上がり、迷いのない足取りで廊下の隅へと向かった。私もその後をついていく。
そこは風が通り、かつ直射日光や暖炉の熱が直接当たらない場所だった。
「なんで暖炉から離すの?近い方が乾きやすいのに⋯」
「おまえ⋯また俺に同じ事させるのかよ」
二郎のその言葉で、柔らかくなった皮を乾かす時は、火の近くは良くないことを、私は知った。
翌日―――。
晴れているというのに、二郎は今日も早退して帰ってきた。
「どうしたの?お腹痛くなっちゃったの?」
と、長椅子で相変わらずの寝の姿勢で私が聞くと、呆れた表情でこちらに近付き、見下ろしてきた。⋯⋯なによ。
二郎は、そんな私に腰をかがめ、ズイッと顔を寄せて半眼にした翠眼で見下ろしてくると、
「お前、革用の裁縫道具の場所とか知らねぇだろ、仕方ねぇから早めに帰ってきてやったんだよ、感謝しろ」
と、言われたが、残念だったな、二郎。
私はフッと鼻で笑うと
「一郎が既に仕事に行く前に置いていったわ」
と、言ってやった。
ワッハッハー。悔しがれ〜。
と、思っていたのだが、二郎は頬を赤らめて
「んだよ、そうかよ」とそっぽ向いてしまった。
およ?予想外の反応。
「うそうそ、ごめんごめん。道具の使い方が分からなくて困ってたんだ。教えてくれる?」
と、起き上がり、小首を傾げて、下手に出て二郎の機嫌を取ってやった。
私のほうがお姉さんのようだな。姉に感謝しろ、弟よ。
程なくして一郎も早退してきのか、部屋の扉が開いた。
「ああ、無事に始めてたのか。どうだ?縫い心地は?上手くいきそうか?」
「⋯見れたもんじゃねぇよ」
「⋯⋯硬すぎて、まだひと針も通せてないわ」
柔らかくしたはずの革の前で、私は、現代日本人女子の非力さを嫌でも痛感する羽目になった。
「まあ、最初はそういうものだ。ちゃんと針が指に刺さらないようにしているか?指ぬきは命を守るぞ」
「いのち?⋯まあ、結構太い針だけど刺さって死ぬなんて大げさでしょ」
と、いう私の言葉に被せるように一郎から
「いや、死ぬぞ」
二郎も横から一郎を援護する。
「おう。刺しどころ悪いと死ぬぞ」
「⋯⋯⋯うそでしょ?」
と、聞き返す私に遠い記憶――期間限定無料放送で見た昔の映画を思い出した。
子供が泥遊びだか川遊びをしている最中、小さな怪我をして、あれよあれよと言う間に悪化していくやつだ。
(⋯⋯あれか!!)
「⋯⋯やだ、あんなになって死ぬの⋯?」
舌が震える⋯。そうだ。たしか予防ワクチンがどうとか言ってた。
そんなの、この世界にない!!
呆然とする私の手が一郎から絡め取られる。
指に、すっと輪っかが嵌め込まれた。
「え?なに?指輪⋯?」
見ると、革に紐を通しただけの簡素なやつだった。
「これで硬い針や針の先端から指を守れるぞ」
と、お母さんが優しくにっこりと微笑んだ――⋯。
「なんで一個なの!?全部の指につけてよ!!!」
私はそんなお母さんに、くわっと!!反抗期よろしく不満をぶつけた。




