貫通、そして陥落
「あ⋯⋯」
やってもうた。
やってもーたよ、あーた。
恐れていたことだよ。
「⋯⋯二郎が見える」
視力検査のポーズで片方の目を木靴で隠し、もう片方の目を瞑り私は言った。
「そりゃ、そんだけ貫通してればな」
二郎はこちらを見ずにナイフで木を削ってる。
「う、うわぁ〜⋯⋯ん!やってしまったー!」
木屑だらけの机に突っ伏しそうになる私に、
「泣くな、タロタロ。想定済みだ」
木を削りながら二郎が言う。
「⋯⋯⋯へ?」
「んな初めてでそう上手くいくかっての。そら、おかわり」
テーブルにドン!と置かれたのは、振り出しに戻った木のブロック。
「⋯⋯またこっからかぁ〜!!」
脱力。
「いーじゃん、経験積んで。完成する頃には、慣れた手つきになってんじゃね?」
と、二郎。
どんだけ前向きなのよ。
「それまでどんだけかかるってのよぉ〜」
小さい子供にかえって、ひっくりかえって床でバタバタしたいもんだ。
あー!二人が作ってくれたら楽なのに!!
「そう、落ち込むな、タロタロ」
一郎に声を掛けられたので、そちらを見る。
「ちゃんとそのために一本切り倒したんだ。焦るな。まだ材料はある」
私を安心させるように、微笑む一郎。
(ちがう〜!そぉいうことじゃなくてぇ〜!!)
スッ、と一郎からも木のブロックが差し出された。
(この兄弟!!どんだけ私が失敗すると思ってんのよ!!!)
頭来たので、無言のまま木のブロックを掴むとナイフで靴の形に削いでいく。
「お、なかなか最初に比べれば、様になってんじゃねぇか」
「うむ。もう少し、慣れれば稼ぎの一つになるな」
(呑気に喋りくさって!!今に見てなさいよ!すっごいの作ってやんだから!この、この!)
私は一心不乱に木を削り取るのだった。
「ふ⋯⋯ぁ⋯⋯あ⋯⋯なして⋯⋯?」
同じとこで同じような穴を開けて愕然とする。
「ある意味、才能だな」
失敗した二つを並べながら二郎が、一郎に声をかける。
「こいつ、すげぇぞ。まるきり同じところに穴開けてる」
一郎がその言葉を聞いて、近付いてきた。
「⋯⋯タロタロ」
(と、とうとう母の力“代わりにやろう”が発動されるのか⋯⋯!?)
私は、期待を込めて一郎を見つめた。
「失敗したところをよく見るのだ。人は学習して成長する。見ろタロタロ、同じ深さで掘って、同じように穴を開けている。少しは疑問に思うんだ」
⋯⋯辛辣だった。
「うわあ〜ん!!鬼ぃ!!厳しぃ!!もうしたくない!!」
両手の手の甲で目を覆った。
「あーあ。兄貴にとどめ打たれてイカれちまった」
二郎の言葉に
「イカれてないわよ!!」
(アンタの頭に器具貫通させて、脳みそ出してイカれさせたろか!?)
むしゃくしゃのあまり、二郎に向けて物騒な罵詈雑言を心の中で吐き捨てた。
私の肩に手を置いて、優しく声をかける一郎。
「タロタロ、落ち着くんだ。さ、これを⋯⋯」
そ⋯⋯っ、と渡されたのは、木のブロック。
行動は優しくなかった。
「かあ!!!」
私は、怒りのあまり日本語すら発せられなくなっていた。
木靴作り⋯⋯何日目?
「すげぇな、タロタロ。粗削りだけは、ちょっとした経験積んだ木靴職人の弟子のように早ぇよ」
そう二郎に言われた。
(全っ然!嬉しくない!!)
穴を開けなくなったのに、今度は厚みでダメ出しを食らっている!!
一郎ママから!!
「もう、ママじゃないわ⋯⋯。姑よ姑。意地悪な姑よ」
心の中で、“姑の一郎”と名付けた。
「タロタロ、木を彫る時は慎重に掘っていくんだ。ほら、かざすとうっすら明るい。足を入れて、いざ歩き出すと、自重で底が割れるぞ?」
木靴を履いているつもりが、なんと底は素足で直地面!!
という、見た目だけ木靴になるのを避けるため、一郎はこんこんと注意してくるが、私の心はヤサグレ気味。
「アンタ、さっき厚すぎるって言ったじゃない!!だから、私はほじったのに!ほじったら今度は薄いって!!分かるか!こんなん!腹立つ!」
(あー!!床に転がってジタバタしたい!!!)
「⋯⋯すげぇ、荒ぶってんなぁ〜⋯⋯」
二郎の呆れ声。
「あれは、足を入れたら甲に当たるほど、狭かったからだ。タロタロ、辛抱だ。皆そうやって、苦労を乗り越えて木靴職人へとなったのだ」
「誰が木靴職人希望だ!!」
(あたしゃ、自分の木靴さえ作れればそれで良いのにぃ!!)
なにかこの、姑一郎地獄から脱却する術はないの!?
うーん、と、唸って、無い頭で考える。
「⋯⋯あー⋯⋯考えるのめんどくさーい。注意してくるぐらいなら、ちょっとここに、ひと彫りぐらいしてくれても良いのにさぁ⋯⋯て、それだわぁ!!!」
私は、腕を振り上げ、立ち上がった。
「どうした、タロタロ。なにがソレダワーなのだ?」
一郎が聞いてくる。
「よせ、アニキ⋯⋯どうせまた⋯⋯」
二郎の言葉を被すように、私は一郎に提案した。
「お願い!一郎!貴方のお手本をちょっとだけ見せて!このままじゃ、底抜けの木靴ばかり作る羽目になって、もう一本、木を切り倒す羽目になるわ!」
私は、胸の前に指を組んで一郎を見上げた。
「んなわけ⋯⋯」二郎の呆れた声に被さるように
「それは大変だ」「でしょ!」
「ちょ⋯、アニ⋯⋯」二郎が静止しようと、一郎に近づくが
「ここよ!ここに貴方が言う適切な深さを掘ってほしいの!」
私は、二人の間に身体を入り込ませると、一郎に指を差してお願いする。
「ここだな、分かった」
「アニキ⋯⋯」
「ちょっと、手元が影になって見えなかったわ。もう一回見せてもらって良い?」
「分かった」
「⋯⋯」
「この奥がどう掘って良いのか分からないの⋯⋯、お手本、お願いしても良い?」
「分かった」
こうして、半分の量ほど、木靴の底を掘ってくれた一郎。
「どうだ?タロタロ、手本になっただろうか?」
「すっごく分かりやすかったわ!さすが一郎ね!頼りになる!」
私は、笑顔で姑にお礼を言った。
「これぐらい、容易い」
誇らしげに頬を染める姑。結構可愛いではないか。
「また、困ったことがあったら頼っても良い⋯⋯?」
小首を傾げてお願いしてみる。
「ああ、遠慮なく頼れば良い」
「⋯⋯絶対よ」
私は、木靴でニヤリと笑う口元を隠して言った。
横で私を見ていた二郎が、
「⋯⋯こえーよ」
と、呟いた。




