あゞ木靴作り
木を削る技術すらない私に、何故か一郎と二郎は親身になってくれて、二人で木靴に使うための道具を研ぎ直す始末である。
これが終わると熱血指導に入るんじゃないかと、二人の背中と真剣な表情に、並々ならぬ気迫を感じて⋯⋯ちょっと、ヤダ。
「なんでそこまで一所懸命してくれるの?むしろ、私に技術教えるより、アンタ達が作ってくれたほうが早くない?」
と、聞くと――、
「それで作ったところで、次はタロタロ自身がひとりで作れるのか?」と、一郎。
「俺らが作るほうが、お前よりは早く、そりゃマシなのが出来んだろうけどよ。でも、それじゃあ、お前のためには、なんねーだろうがよ」と、二郎。
「⋯⋯」
まるで二人とも、雛が巣立ちをするための、親鳥のようである。
⋯⋯⋯⋯巣立ち⋯⋯出来そうにはないが。
(熱血親鳥を前に少しでも飛べるように頑張りは見せないと⋯⋯いけない⋯⋯よね)
はあ、と溜息一つ。
(二人の頑張りに応えることが出来るのかしら⋯⋯)
イマイチ不安な私である。
全ての道具が研ぎ終わったある日、ニコニコの兄弟二人。
(圧が⋯⋯圧が嫌なんだけど⋯⋯)
自分が言い出して始まった木靴作りであるが、正直、完成に辿り着けている自分が想像できず、不安しかない。
(この二人の笑顔を曇らせたくないよ〜!!きっと、がっかりさせるに決まってる!)
二人は帰宅後にすぐに木靴作りだ!と宣言して仕事へと行ってしまった。
⋯⋯。
こんなにも、緊張する一人で過ごす時間があっただろうか。
気を少しでも紛らわそうと、掃除用のエプロンを着け、一郎がいつでも使え、と準備してくれている灰汁で、半分だけ綺麗になっている暖炉の部屋の床をワラのたわしで磨き始める。
(あー⋯⋯手が荒れたって事で見逃してくんないかなぁ〜⋯⋯)
姑息なことを考えながら、私は床を磨き上げる。
ゴシゴシゴシ、乾拭き、フキフキ。
ゴシゴシゴシ、乾拭き、フキフキ。
無心で磨いていたら、端に寄せたテーブルの脚にお尻が当たって、もう終わりなのだと気付く。
そういえば、腕の付け根に疲労感。
テーブルに上げた椅子で頭を打たないように気をつけながらテーブル下の床を磨く。
腕のだるさで、木靴が作れませんように!と念じながら磨いたが。
ダルいと人は休憩するもんだ。
一息入れつつしていたら、結局あっという間に終わってしまった。
「終わっちゃったじゃない⋯⋯」
テーブルは、一人では動かせないから、脚下はまた後日することにした。
(テーブルすらまともに一人で移動できない人間が、木靴作りなんて出来るわけなくない?)
無心で磨いていたのに、もう現実に戻されてしまった。
掃除道具の片付けをして、他にすることもないので、現実逃避で寝ることにした。
暖炉前に置かれた長椅子に横になる。
ショールをかけて、胸の上に手を組む。
(起きたら、日本の自室のベッドでありますように)
この兄弟二人からの善意の圧からも逃避したくて、私は寝た。
「⋯⋯い、⋯⋯⋯⋯おい、タロタロ、起きろ」
肩を軽く叩かれ、寝ていた私は、重い目蓋を持ち上げる。
日本の自室の天井じゃなくて、二郎が私を見下ろしていた。
「⋯⋯あまり言いたくないけど、おかえり⋯⋯てか、早くない?」
「その“おかえり”ての、よく分かんねぇけど、早いに越したことはねぇだろ。ほら早く起きろ!靴欲しんだろ」
(欲しいけど⋯⋯欲しくない)
とうとう来てしまった。
親鳥が、鬼鳥になる時間が。
「親鳥のままでいてね⋯⋯?」
「あ?なに言ってんだ?」
張り切る二郎がテーブルの上に置いた、削りかけの木のブロックを前に、臭い革手袋を装着。
「ほれ、気をつけろよ」
二郎から差し出された、カバー付きのナイフを受け取る。
「⋯⋯はい」
(はぁ〜⋯⋯指ちょっと切って、続行不可とかならないかなぁ〜⋯⋯)
ゆ〜っくりと、ナイフの刃を覆うカバーを慎重に外している時だった。
「ああ、始めているのか?」
⋯⋯一郎まで帰ってきてしまった。
(鬼鳥が⋯⋯増えた)
(どうやって、指をちょっとだけ切ろうかしら⋯⋯?)と、思いながら、ナイフのカバーを取り外そうとする私を見た一郎から一言。
「気をつけろ、タロタロ。研いだばかりだからな、指ごといくぞ」
(⋯⋯⋯⋯いくって、どこに!?)
ちょっとの怪我が、事故の元。
なんつー怖いこと言うのだ、この兄貴は。
「おう、気をつけろよ。タロタロでも簡単に削れるように兄貴が研いでくれたからな。骨ごといくぞ」
二郎からの追い打ち。
なんなのこの兄弟。
怪我して続行不可を目論んでいた私は、一生続行不可にならないように慎重にナイフを取り出し、慎重に木に刃をあてる。
「タロタロ、前回の半分の力で削るようにするんだ」
「切れ味知るためにも、試しにちょっとだけ削ってみろ」
(熱血親鳥がピーチクパーチクなんか言ってる⋯⋯)
とりあえず、言われたとおりにちょっとだけ削ってみることにした。
シュルン。
刃をあてて、少し押しただけで、木のブロックの側面がチョコレートのような柔らかさで削り取れた。
「⋯⋯!?なにこれ!?どうなってるの!?」
バター!?マーガリン!?なんという滑らかさ!!
指ごと、骨ごといくなんて忠告の恐怖なんて、飛んでいくぐらいの感動!
まるで、通販番組の包丁かよ!!なにこれ!?
シュルシュル、と木のブロックが削り取られる様を、自分の手じゃないような感覚に陥りながらもナイフの切れ味に興奮してしまう。
「やだ〜!なにこれ〜!面白いぐらいめっちゃ切れるんだけど!」
シュル、シュル、シュル
「すごーい」
「こんなに、切れるなんて⋯⋯信じられな〜い」
「どうなってるのこれ?ちょっと押しただけよ!?なのに、この切れ味!」
面白いほど抵抗なく削れる木に、私は大興奮。
もはや発言が演者である。
「兄貴は、研ぐのが上手ぇからな!」
私の様子に二郎が嬉しげに声を上げる。
「ちょっと、俺にも貸してみろ」
二郎と交代すると、二郎もナイフの刃をあてて、木のブロックをスルンと削り取る。
「うぉ!やっぱ軽りぃな!さっすが兄貴!全然違う!」
スルスル、と二郎の操るナイフで削り取られる木のブロックを見ながら私は、小さく手を叩いて、はしゃぐ。
「どんどん削り取られちゃう、すごーい」
「すごーい。一郎、ありがとぉ」
「なに、それほどでもない」
と、私の言葉にそう言う一郎だったが、どことなく嬉しそうな様子。
二郎に替わって再びナイフで木を削る。
昔の人が空が崩れ落ちて来るんじゃないかと寝食どころじゃないほど心配していたそうだけど、私の木靴作りも杞憂に終わりそうで、安心する。
「ありがとうね、二人とも。私でもなんとか出来そう」
二人にお礼を言って、私はナイフで二郎が指示するとおりに外側を靴の形へと削り取るのだった。
先に二郎が削り終えていた片方の木靴と見比べ、「まあ、こんなもんだろ」と、二郎からの合格も貰い、やっと一対が揃った。
「次は内側のくり抜き作業だけどよ、飯にして、その後にするか明日にしようぜ」
私は、このテンションのまま一気に進めたかったが、一郎から
「慣れぬ作業で知らぬ間に疲れが溜まって怪我をするかもしれん。今日はもう止めて、明日、続きをするが良い」
と、言われて明日になってしまった。
ママの発言は強い。




