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第9話 1人目

 コウガは2階の部屋へ戻り、ドアを閉める。建て付けの悪いドアはギィと音をたてて閉じた。そうして、ようやく一息つく。食事処からここまで、息をつくことなく足早に戻ってきたのだ。それは後ろをついてきたコウガも同様らしく、はぁ、と息が出ていく音がした。


 「…………コウガ、この島、やっぱり変だぜ。」

 「そう、かもしれないでござるね。でも、ただ拙者が仕事を増やしたからあんなに怖い顔をしていただけかもしれないでござるよ。」


 果たして本当にコウガの言葉通りなのだろうか。確かに、彼が神棚を水浸しにしたことで宿の従業員にとっては面倒が増えてしまったかもしれない。しかし、あの恐ろしい表情をした少女は違う。彼女はただの農家で、宿の従業員でもなんでもないのだ。

 いや、信仰深いというのなら納得はいくのかもしれない。それにしても、あの様子はおかしかったが。何か、知らぬ間に蛇が首元まで這っていたような恐怖に襲われる。


 「…………だと、いいな。今日はもう寝るか。」

 「そうでござるね。……大丈夫でござる。もし何かあっても拙者の忍法があるでござるから。」

 「そりゃあ頼もしいな。じゃあ、そん時は任せるぞコウガ。」


 天井からぶら下がる紐を引っ張り灯りを消す。障子から漏れ出る月の光が眩く感じるほど、夜は更けていた。

 ヤナキは不安のまま目を開ける。仰向けになって天井を見つめる最中、聞こえるのはコウガの豪快ないびきだ。何かあれば忍法があると言ったが、これでは無理だろう。だが、彼の行動はある意味正解なのかもしれない。気ばかり張っては休むものも休めないだろうから。


 ぐっすり眠るコウガの傍ら、ヤナキも眠りにつこうとする。


 しかし、眠りに落ちる直前になって僅かな物音が彼の意識を現実へ引っ張り出す。嫌な予感と共に布団から跳ね起き、瞳を開ける。


 「っ!お前っ!」


 怒鳴りながらヤナキはコウガに覆いかぶさる何者かを蹴り飛ばす。何故そこまでしたかと言うと、吹き飛ばされた人物は月明かりに照らされた刃物をコウガに突き刺さんとしていたからだ。

 謎の人物はそのままドアから逃げる。無論、ヤナキは逃がすつもりはない。動機は分からないが、そのままにすればコウガが危険にさらされてしまう可能性があるのだ。


 「待ちやがれ!」


 階段を下り、宿を出る。謎の人物とヤナキは宿近くの山、その奥へと辿り着いた。そこでようやく足を止めた人物は、ヤナキの方を振り向く。額に流れる汗を拭いながら目にしたのは、着物を着た少女だった。


 「あ?なんで、お前がコウガを…?」

 「…………。」


 少女はヤナキと目を合わせずに、地面を見る。そして、静かな夜のもとひっそりと呟く。


 「仕方が、ないんです。あの人は『つくも様』に無礼をはたらいた。だから、」

 「だから殺す…?意味が分からねぇよ。」


 彼女の言う通り、コウガは神棚を濡らして罰当たりな行いをしたかもしれない。それでも、命を奪われるほどのことではないだろう。信仰というものにイマイチ理解が及ばないヤナキは目前の少女がわけの分からない存在としか思えなかった。

 今はそれより、少女の一挙手一投足に注意を払う。なにせ相手は長包丁という凶器を手にしている。手ぶらのヤナキはここからどうにか勝機を見出さなければならない。臨戦態勢のヤナキに少女は懇願するように言う。


 「…………貴方は礼儀知らずではありません。だから、どいてください。殺すべきはあの人だけですから。」

 「断る。」

 

 怖気づくことない物言いに少女はたじろぐ。少し震える手に力を込めて、ヤナキへ聞く。


 「どうして、ですか。あの人とそれほど親しい訳でもないでしょう?」

 「これからなんだよ。あいつは確かに人様に迷惑かけることもあるかもしれねぇ。それでも悪いやつじゃねぇ。一緒にいて楽しかったんだ。」

 「そんな、ことで、」

 「そんなことじゃねぇ。大事なことだ。」

 「……………。」


 ヤナキの強い瞳に押される。迷いが彼女の手から包丁を滑り落とそうとする。その前に、ざくりとヤナキの頭から音がした。


 「あ…?」

 

 正体は彼に突き刺さった平鍬(ひらぐわ)の刃であった。土をならすことなく、ヤナキの頭にぶつかったそれは、一度離れると再び彼の頭へ振り下ろされる。直線の刃が力いっぱい脳天に吸い込まれた。


 「スイさん…。」


 着物の少女は平鍬(ひらぐわ)を持った農家の少女の名を呼ぶ。すると彼女はヤナキから鍬を離して長い持ち手を肩に担ぐ。


 「はぁ。コユキちゃん、バレたんなら殺せばよかったのに。まっ、いいや。『つくも様』の(にえ)はコイツにしよ。あの無礼者はまた今度かな。」

 「…………。」


 スイはそうして動かなくなったヤナキを小脇に抱える。着物の少女、コユキはその場から動くことが出来なかった。要らぬ犠牲が出てしまったこと、また人が死んだこと、溢れ出る感情に追いつくことなくしばしの間しゃがみ込むのだった。

 

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