第66話 大人が消えた日
夕日が空の果てにまで沈み切る。当然、辺りは真っ暗闇になった。浜辺で砂遊びをしていたヤナキと明羅もまた暗がりの中にいる。
「明羅、そろそろ帰らねぇと。」
「……………………。」
ヤナキの呼び掛けに応じる声はない。明羅は先までのお城を作っていた調子とは打って変わって、顔をうつむかせていた。よほど家に帰りたくないのだろう。
「…………まぁ、家に帰りたくねぇ気持ちは少し分かるけどよ。」
「そうなのか?お主も帰りたくないのか?」
「………………この間、弟と喧嘩したからな。……そん時、父さんも母さんもあいつに味方したんだ。」
聞けば、幼稚で何処の家庭にもあるような悩みであった。年頃の兄弟がいる家庭では世界中見渡してもお目にかかる光景だろう。だが、顔を上げた明羅にとっては違った。ヤナキの、友人の、帰りたくないという己と同じ意志は何よりも重要だったのだ。
「そうか…。酷い両親じゃのう。」
「…………いや、仕方ないのかもしれねぇ。俺は、兄貴だし…。」
思わぬ肯定に、逆にヤナキの方が両親のフォローへ回る。しかし明羅の言葉は止まらない。
「大人はいつもそうじゃ。自分の都合ばかり押し付けて…。あんな奴ら、儂らには必要ない。」
もはやヤナキへの言葉ではなくなったソレは留まることなく呟かれる。さすがに心配になったヤナキは明羅の瞳を見た。残念ながら、彼の視界に入ってはいても意識には入っていないように思われる。
「め、明羅…。」
「大丈夫。大丈夫じゃ、ヤナキ。儂なら何とかできる。お主が帰りたくない家にも帰らなくて済む…!」
「!?おい、待てよ!」
物騒な発言をして明羅は明後日の方向へと走り出してしまう。追うヤナキだったが、追いつかない。追いつけない。離れる背中に手を伸ばしても、届くことなく明羅は走り去ってしまうのだった。
***
「……ナキ。………ヤナキ!大丈夫か!」
「!」
水中から顔を出すように、鼓膜が確実に少年の声を拾う。紛れもない、タチバナの声だ。ヤナキは先の幻覚のような、現実のような出来事に圧倒されながらもタチバナへ返事をする。
「お、おう。………大丈夫だ。」
「何か見たのか?」
「…………あぁ。……思い出したぜ。神官のこと。いや、明羅のことを。」
「明羅…?それが神官の名前なのか。」
状況が飲み込めないタチバナはまず、はじめに浮かんだ疑問を口にした。その問いに対して頷き、肯定が返ってくる。
「そうだ。…俺はあいつと友達だったんだ。」
「友人?お前とあの神官が…?」
説明を受けても納得するのはなかなか難しかった。それもそのはず、奇妙な言葉遣いの少年がヤナキの友として振る舞う姿がどうにも想像できないのだ。聞いた説明を反芻しても、うまく頭に染み込みはしない。せわしなさげに口が動く。
「いや、そもそも何故そんなことを忘れていたんだ…?やはり神官の力なのか…?」
「違うぜ。あいつは神官なんかじゃねぇ。ここは、夢の中なんだ。あいつが好き勝手できる、な。」
ヤナキは以前、神社で目にした幻惑を思い返す。その時見たのは扇子とかざぐるまを持った明羅だった。彼は言っていたのだ。手にする道具で夢を作り、弄くると。つまりは、彼は、忌み嫌う大人を消すためにこの夢を作ったということなのだろう。帰りたくもない家へ帰らなくても済むように。
目前の困難を取り除く明羅は、ある種の救世主かもしれない。身勝手で、偉ぶる大人を消した彼は救いになるのかもしれない。しかし、そんなのは現実的じゃない。そもそも大人のいない、ヤナキ達のいる場所は夢なのだ。
夢はあくまで現実があってこそ意味をなす。現実へ戻れないようならば、夢は夢でなくなってしまう。それに。
それに、真の意味で大人のいない世界なんて作れるはずがない。何故なら、ヤナキ達、子供もいつかは大人となっていくのだから。日々、歩み続けて成長を続ける今なら分かる。停滞し、子供のままでいることなど出来やしないと。故に、ヤナキは結論づける。
必ず、友である明羅を止めることを。共に、現実へと戻ることを。




