第58話 直進少女コユキ
目を開けると変わらずの厨房であった。しかし、横にいたはずの2人の姿がない。代わりに、コユキそっくりの、いや、全くもって同一である人間の姿があった。
コユキは迷わず、声を発する。
「貴方は付喪によって生み出されたのですか?」
『そうでもありますし、そうでもありません。』
いささか抽象的な物言いに対し、要領を得なかったので言葉をまとめるよう頼む。
「?要約してくれますか。」
『………………つまりは……私はいつも貴方の内にあるということです。ただ、こうして現れるのは九十九の力によるものですが。』
「なるほど。ありがとうございます。」
自分へ礼をするというのもおかしな気分だったが、なにはともあれ納得はいった。やはり、目前の現象は妖怪九十九によるものですあり、物に宿って不可思議な現象を巻き起こしているのだ。
ともすれば、次に問うべきは妖怪の仲間であろう明羅のこと。
「貴方達の仲間、あるいは友人に明羅という方がいるはずです。私達は彼を止めたいのですが、妖怪が宿る付喪は使えますか?」
『……………はい。彼らが見せる夢へ割って入ることが可能でしょう。』
「他には?」
『他には……………。』
と、今の今まで順調に受け答えをしていた少女が詰まる。コユキはやや驚き、相手の顔色を伺った。それは、嫌悪や疑念が浮かぶ表情だ。じわじわと変遷していく顔に、僅かな危機感を覚える。何か、選択を誤ったのだろうか。答えを出す暇もなく、少女は地を這うほど低い声を出す。
『貴方は、それを聞いてどうするんですか
?』
「どうって……。勿論、明羅さんを止めに行くんです。」
『……………貴方がですか?』
「はい。」
コユキの返答に、少女は鼻を鳴らす。侮蔑の色を濃くした彼女はコユキの選択を嘲笑う。本当に、言葉通り明羅を止めるというのか。あの、コユキが。
『貴方は本心からそう思っているのですか?ただ、流されているだけではありませんか?周囲の人間がそう言うのだから、私は仕方なく従う。そんなふうに思っているんじゃないですか?』
少女は詰め寄る。半笑いのまま、過去の、あるいは未来の自身を攻撃する。
対するコユキは彼女の問いかけに空白を作った。2人の間には沈黙が流れる。その間も、コユキはじっと少女を見つめていた。そして、遂に口を開く。
「確かに以前の私ならそうだったかもしれませんね。ですが、今は違います。」
『ではどうして貴方は明羅さんを止めたいのですか。』
「それは…。」
あの日の真っすぐな瞳をした少年を思い出す。
『ヤナキ殿のように誰かを守りたいでござる。………白鳥として、羽ばたくためにも…。』
彼の眼差しと言葉はまだ、彼女の中に残っている。楔としてではない。次の一歩を踏み出す、勇気の踏切台としてだ。コユキは今、その台を踏みしめ、飛ぶ。
「それは、私が人に胸を張れるよう生きたいからです。人の目や、保身を気にしてではなく、私が私として立派になれるように。」
口の形が明確になるほど、はっきりと告げる。
それを受けた少女は、
彼女は、
ただ静かに微笑む。少し困ったようにも見える。
『私の選択が正しいかは分かりません。ですが、貴方は決めたんですね。』
「はい。曲げるつもりはありません。」
『……………そうですか……。』
そうして小さな声を漏らした少女はコユキに触れる。コユキは抵抗することなく手のひらを向けた。そこに重なる2人の手。柔らかく、温かく、どちらもの存在もそこにはあった。ぬくもりを感じたのも束の間、少女はコユキへ重なるように、自身の体を相手の体へ押し込む。
少女の体は透明なのか、するりするりとコユキの中に入る。
2人の少女は、こうしてひとりになった。




