第45話 作戦決行
夏の日差しが顔を出す前。即ち涼しさが満ちる朝。タカヤは目覚める。彼は『ヨモの湯』の2階に住んでおり、普段であれば朝支度を終えて営業を始める。しかし、今日は違う。臨時休業の立て看板を外にたてて、ヤナキと会う準備を始めた。
今日はいよいよ神官と対峙する日だ。これで『贄の儀式』なんていう馬鹿げたものを終わらせる。そう決心して顔を洗った。
朝食と身支度を済ませ、外を出る。片手には昨日使用したデッキブラシを持って歩く。向かう先は山中にあるお社だ。少しの上り坂を進むと後ろから声を掛けられた。
「準備は万端みてぇだな。」
「ヤナキくん…。うん。勿論。」
背後にいたのはヤナキであった。彼は着物姿で隣へ来る。
「なんだか緊張してきたね。」
「おう。でも、俺達なら大丈夫だ。万が一何かあってもアヒルのおもちゃの付喪に記録があんだろ?俺、宿に書き置きを残してきたからな。きっと『ヨモの湯』に辿り着けるはずだ。」
「そっか。良かった。」
良かった。そんな自身の言葉をおかしく感じる。何も良いはずがない。何故なら、彼の言う万が一というのは危険が身を冒すということ。後に何かを残すというのは賢明な判断だが、捨て身とも取られられる。以前のタカヤであれば、認められる選択のはずもない。
しかし、今は落ち着き払い返答をできる。隣のヤナキのおかげか。いずれにせよやるべきことは決まっている。今日で神官を止めるのだ。
「そう言えばヤナキくん。戦えるようなものって持ってきてないの?」
「ん?あるぜ。」
ヤナキは懐から包丁を取り出す。刃には革製のカバーがついていた。
「!それ、は、コユキちゃんが使っていた…。」
「あぁ。『かざぐるまの宿』にあってな。恐らく付喪だ。触った時に、コユキの声が聞こえた。………俺はコイツと一緒に戦うぜ。」
「…………そっか。」
再び包丁を懐へ仕舞う彼を見て、タカヤはふと疑問に思う。確か、コユキは最期の瞬間までこの包丁を握っていた。意識はしていなかったが、神楽殿での戦闘が終わってから誰かが包丁を持ち出さなければヤナキが拾うこともなかったはずだ。言わずもがな、タカヤは包丁を『かざぐるまの宿』へ持っていってはいない。
可能性があるとすると、コユキが亡くなった日に神楽殿にいたメンバーである。だが、何のためにそんなことを。
と、考え事をしている中、視界には鳥居が入った。だがそれだけではない。その下、丁度入り口を塞ぐように人が立っていた。その人はバットを肩に担いで佇んでいる。
「………タチバナくん。どうしたの、こんなところで。」
なるべく明るい声音で話しかける。打って変わってタチバナは暗いトーンで返答をした。
「お前たちこそ何をしている。」
「お社の、掃除をしようと思って。」
「…………………そんな嘘で俺が退くと思ったのか。」
此方を見つめるタチバナは作戦の全てを見透かしているような瞳だ。思わずタカヤはたじろぐ。そんな彼の動揺を察知したヤナキは目配せをした後、一歩前へ出て言う。
「タチバナ。退いてくれ。」
「断る。お前らが何をしようとしているか、想像はつく。」
「へぇ。そりゃすごい。この時間に来るってことまで知ってたってわけか?」
挑発的な話し方が気に触った様子もなく、ただただ静かに続ける。
「まさか。………ここ最近は朝から晩まで社の様子を見に来ている。」
「お疲れさんだな。そろそろ休んでもいいんじゃねぇか。」
「無用な提案だ。……茶番はここまでにしよう。」
首を振ったタチバナはバットを構える。明らかな敵意に2人は立ち止まる。前へ出ていたヤナキは懐の包丁を取り出そうとした。それを見たタカヤは背をつつき、制止。振り向くヤナキを見上げて話す。
「ここは僕に任せて。タイミングは逃せない。できるなら、早く神官を止めないと。だから先に行ってて。」
「…………ちゃんと追いついこいよ。」
「うん。」
2人は駆ける。無論、タチバナは立ち塞がろうとするものの、タカヤがデッキブラシを振って彼のバットを止める。ヤナキはこの場をタカヤへ託して走り去っていく。
後ろ姿を見送ったタカヤは声が届かないだろうことを確認するとひっそりと先の発言を続けた。
「次に会うときは番台としての僕じゃないかもしれないけど…。」
いつしか、誰かが、お別れの時に述べた言葉。それと同じように呟くのだった。




