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第44話 掃除の時間

 タチバナが去った後、『ヨモの湯』にはぽつぽつと客足が。いつも通りにタカヤは対応をすると、気付けば営業を終える時間となっていた。彼はひと息ついてから、浴場の掃除へ向かおうとした。そこへ、来訪者が現れる。


 「よっ、タカヤ。」

 「ヤナキくん。どうしたの?」


 暖簾から入ってきたのはヤナキであった。彼は気さくな笑顔で答える。


 「いやよ、今日の『贄の儀式』一緒に行こうと思ってな。万が一も考えて。」

 「そっか。そうだね。でも、まだ時間はあるから掃除をしてから行くよ。」

 「掃除?ひとりでか?俺も手伝うぞ。」

 「ありがとう。お言葉に甘えて手伝ってもらおうかな。」


 そうしてタカヤとヤナキは浴場へ移動する。互いに袖や裾が濡れてしまわないようにめくり、裸足になった。タカヤは早速、浴場内の桶と椅子、そして湯船に浮かぶアヒルの玩具を一箇所に集める。スポンジと洗剤を指さし、ヤナキへ指示を出す。


 「まずはこれを全部洗うんだ。食器みたいな要領で大丈夫だよ。」

 「…………これ全部か…?」

 「うん。そうだよ。」

 「あ、アヒルもか…?」

 「うん。ひとつひとつ丁寧にね。うちは清潔感もウリだから。」

 「…………了解。」


 おもちゃを含めた洗わなければならない物の量に圧倒されるヤナキ。しかし、一度手伝うと言ったのだ。男に二言はない。覚悟を決めて、椅子の小さな穴から桶のくの字に曲がった縁まで丁寧にスポンジで洗った。

 そのうちにタカヤは浴槽の掃除に取り掛かった。お湯を抜いて、もぬけの殻となった場所を洗う。テキパキとした動きにより、浴槽掃除はすぐさま終わる。次は床の掃除だ。デッキブラシを取り出して床の掃除を始めた。シャカシャカとリズミカルな心地の良い音をたてて、ひたすらに床の汚れへ集中する。


 「………ふぅ。こんなものかな。………あれ?ヤナキくん?」


 見渡すが、ヤナキの姿がない。一体どうしたのだろう。嫌な予感のまま浴場を出て、脱衣所へ向かった。すると、そこには俯くヤナキが。


 「ヤナキくん?どうしたの?」

 「………………タカヤ。すまねぇ。」

 「え?」


 沈痛な面持ちをしたヤナキが振り向く。彼の手にはアヒルのおもちゃ。何故彼が謝ったのか理解できぬまま、おもちゃを覗き込むとその顔が黒く汚れているのに気付いた。


 「…………洗ってる途中に片目が消えてんのに気付いたんだ。だから、マッキーで書いてやろうと思ったんだが…。」


 説明をしながらおもちゃの顔をこちらに向ける。アヒルの片目は確かに後からペンで書き足したようになってはいる。なってはいるが、涙を流しているように瞳からは一筋の黒いインクが垂れていた。


 「このペン、水性だったみてぇだ。」

 「な、なるほど。」

 「…………俺はこのアヒルを泣かせちまった………。責任とらねぇと…。」

 「そこまで大事じゃないと思うよ!?大丈夫!大丈夫!」


 必要以上に落ち込むヤナキに対して元気づけるように言うのだった。

 

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