第43話 ようこそ『ヨモの湯』へ
作戦会議を終えるとお昼を用意するためにヤナキは『ヨモの湯』へと戻っていった。タカヤも簡単な昼食を済ませ、番台として受付に座る。頭の中では明日のことばかりが浮かんでいた。そんな中、昼過ぎには珍しい客が藍色の暖簾をくぐってやって来た。
「!?」
誰かと思い見てみれば、タチバナである。タカヤは彼の顔を確認した瞬間、背筋が伸びる。もしかすると何か不審な動きをしていたのだろうか。それで、タチバナがタカヤを粛清しにでも顔を出したのか。
等と考えている間にもタチバナは此方へ近づいてくる。鼓動が喧しくも鳴る。そして、目前へとやって来たタチバナは口を開いた。
「ひとり利用だ。」
「え…。あ、うん。」
彼の言葉を聞き、戸惑う。少し考えて、タチバナが銭湯を利用することを理解すると受付の下に置いてある籠を取り出す。中にはタオルをはじめとした備品が入っている。それを受付台の上において説明を始めた。
「だ、脱衣所はあっち。浴槽はその向こう。」
「そうか。」
ただそれだけ返事をしてタチバナは指差した方向に行ってしまう。彼の後ろ姿が見えなくなっても、タカヤの鼓動は皮膚を破り出るほどに主張をしている。彼は一体、何を考えて此処を訪れたのだろうか。
カチカチと、時計の針が進む。そんな音を聞きながら考え事をしているとタチバナが再び現れる。どうやらあがってきたようだ。肩にはタオルをかけている。
タチバナの一挙手一投足、見逃さぬように、そして不自然でないように目線をそっとやる。すると、彼はコーヒー牛乳が並んでいる自販機の前で立ち止まった。購入するためか、ボタンを押す。そのまま立ち止まった。
「……………………。」
突然動かなくなったタチバナを前に、タカヤは警戒せざるを得なかった。顔を強張らせているとタチバナが振り向き、話しかけてくる。
「…………タカヤ。」
「ど、どうしたの。」
その顔は嫌に真剣で、重苦しささえ感じさせた。
「コーヒー牛乳が出てこない。」
「え!?あっ、そうなの!?ごめん!」
彼は単に商品が出てこなかったが為に突っ立っていたらしい。邪推をしてしまったことに申し訳なく思いつつ、タカヤは受付台の下にある自動販売機の鍵を持っていく。
やはり壊れていたようで、鍵を差し込み直接コーヒー牛乳の瓶を取り出す。
「ごめんね。壊れてたみたい。」
「そうか。………てっきり自販機に嫌われているのかと。」
「そんなわけないよ!大丈夫!」
牛乳瓶を手渡すと安心したかのようにタチバナは蓋を開け、一気に中身を飲み干す。随分待ち侘びていた様子だ。
「……それと、タカヤ。」
「うん?」
やや口籠るタチバナの言葉を待つ。
「………ドライヤーも壊れたかもしれない。………すまん。壊す気は無かったんだ。」
「あー、こちらこそごめん。うちのドライヤーは古いから。」
頭を掻いて答える。いずれ取り換えなければと思っていたが、まさか客に迷惑をかけてしまうとは。タカヤは改めて備品の確認を怠らないことを誓う。
対するタチバナは低い声のまま言う。
「そうか…。てっきり嫌われているのだと。」
「だ、大丈夫だよ!別にドライヤーも自販機もタチバナくんを嫌ってるわけじゃないから!」
「…………それなら安心だ。」
眉尻を下げて笑うタチバナには胸に秘めることなど何も無いのだと思えた。タカヤは彼を客としてしっかり認識することに決める。そうしてタチバナが『ヨモの湯』から去る時、大きな声で挨拶をして見送るのだった。




