第38話 5人目
『かざぐるまの宿』から『タチバナ荘』へ向かう途中、ミキはスイの家に寄ることにした。正確に言えば、彼女の畑に用事があるのだ。
宿主を失った敷地に入り、食物が植えてある畑に行く。そこには以前と変わらず鍬が転がっている。
「スイさん。借りるよ。」
ただの独り言。彼女の言葉を聞くのは周囲の作物か地中の虫ぐらいなものだ。鍬の持ち主であるスイ本人には届くはずもない。それでも言葉を発したのは、ある種、彼女自身が意思を表明したかったからだろう。
そうして木の鍬を持ち『タチバナ荘』へ到着する。
「ただいま帰ったよ。」
鍵のかかっていない扉をスライドさせてガラガラと開く。タチバナの姿は見えない。灯りをつけていない中は暗く、ひんやりとしていた。
ミキは靴を脱いで中に上がる。一歩進む度に木の板が軋み、音をたてた。引き続き廊下を進む。
「っ!?」
瞬間、金属製のバットが空を切る。無論、ミキのではない。だとすると持ち主はただ1人だ。間一髪、攻撃を避けて相手の顔を確認する。
「………やぁ。タチバナさん。随分、物騒な雰囲気だね。」
「…………………。」
「無視かい?いくら私でも傷付くなぁ。」
ヘラヘラと笑うミキに対して、タチバナはひとことも発することなくバットを振るう。
暗がりの中、さして運動が出来ないミキにとっては一撃を避けるのだけでも精一杯だった。折角持ってきた鍬も荷物である。
決して背を向けることなく、相手の手元を凝視する。そして上、斜め、四方から振るわれるバットを避けた。
「タチバナさん。君は本当にそのままでいいのかい?私には無理をしているように見えるよ。」
タチバナと目が合う。しかし、その瞳は彼女の言葉に揺れるようなものではなかった。
「お前の妄想だな。俺はいつだって俺の思うままに生きてきた。『つくも様』を信仰するのだってそうだ。」
「ふぅん。」
共感をしようとしていたミキだったが、タチバナの冷たい言い分に突き放される。てっきり、彼は嫌々ながらも『つくも様』を信仰しているものだと考えていた。どうやら違うらしい。
「なら、もっと楽しく生きようじゃないか。思うまま生きるならそんな表情はしないね。」
「………………俺の勝手だ。」
会話に気を取られていたのか、遂にミキは壁に追いやられる。温度のない壁に触れた瞬間、ここまでだと実感した。
「さようならタチバナさん。次は楽しげな君と会いたいね。」
タチバナを見上げる。彼は変わらずしかめっ面だ。そのままバットを振るい、ミキの後頭部へ当てる。ただそれだけで、彼女の意識も思考も奪われるのだった。




