第32話 選択
ミキはスイの家を後にして『ヨモの湯』へ戻ってきた。何故今更。それはひとえに彼女の迷いからである。『付喪』の記憶からスイが此方を害そうとしていた訳では無いと判明した。だというのに、ミキは彼女を信じられなかった。その末、恐らくスイはタチバナによって軟禁、最悪の場合命を奪われているだろう。
何もかもミキの誤った選択からだ。故に、これから何をすべきか分からなくなってしまった。スイのことなど忘れ、島の信仰を好奇心のまま調べるか。それとも彼女の言う通り島を出るか。一体、どれが正しい選択なのだろう。そう迷った結果、藍色の暖簾をくぐり『ヨモの湯』に入る。あの静かな少年と話したくなったのだ。正直なところ、少年でなくても良い。兎に角、誰かと話がしたかった。そして、正しい道を示して欲しかった。
「どうも。また来てしまったよ。………実は話がしたくてね。」
ミキに声を掛けられた番台の少年は警戒心を込めた瞳で彼女を見つめる。
「………君は、私がこの島に居るべきではないと思うかい?」
少年は目を見開き、閉じきっていた唇を開く。あまりしゃべり慣れていないのか、ややたどたどしい。
「うん。こんな島、早く出ていったほうがいい。」
「危険だからかい?」
「……………うん。」
「そうか。………そうか。」
再三返事をして言葉をかみしめる。ミキは瞳を閉じて、スイの言葉も共に脳裏へ浮かべる。彼女もそうだった。スイもまた、島から出ることを勧めていた。もしかすると、『つくも様』とやらを熱心に信仰しているのは島民全員ではないのかもしれない。
だからこそ、部外者であるミキの身を案じて忠告しているのだろう。そう。わざわざ忠告をくれているのだ。なら、従えばいい。
「…………………。」
答えは出ていても、ミキの体は一向に動かない。理性からではない。感情からだ。
自身が島を出ていった後、この少年はどうするのだろう。いや、少年だけではない。スイや彼のように『つくも様』を信仰せずにここに暮らす人々は、これからも塞ぎ込み、悩みながら生きていくのか。そんなの、あんまりじゃないか。何かを偽りながら生きるのは容易ではない。それは、身を持って知っていた。己の性を否定して生きるミキには想像に難くない苦痛だ。
「……………やはり、島に残ることにするよ。」
「え…?なんで…。」
「興味さ。『つくも様』についてまだまだ調べたりなくてね。」
少年は悲痛な面のまま言う。
「興味なんて、そんなので…。」
「悪いがこの選択を取り止めるつもりはないよ。たとえ間違いでも、そうしたいんだ。」
「…………そっか。」
残念そうに俯く少年へ申し訳なさを覚えつつも、ミキは『ヨモの湯』を出る。無論、『つくも様』の信仰について調べるために。




