第3話 信仰
コウガを部屋に置き去りにして、ヤナキは少女とスイカを食べる。2人は一階にある食事処で並んで座っていた。
「………なぁ、アレなんだ?神棚…だよな?」
ヤナキが指差した先には神棚があった。が、それは彼の見知ったものではない。社を象ったモノは通常、木目調のものであるはずだが彼の先にあるのは違った。そこにはかざぐるまの柄をした折り紙が一面に巻きついていたのだ。
子供のいたずらとも、冒涜とも思える行いに、ヤナキは驚く。
「あぁ。あれは籠目島特有の神棚です。ここはかざぐるまの付喪神を祀っているので。」
「かざぐるまの…へぇ。」
そう言えばここの宿の名もかざぐるまと付いていた。ならば、働いている少女も信仰が深かったりするのだろうか。そんなヤナキの思案は弾んだ声に打ち消される。
「ヤナキ殿ー!拙者もスイカ、食べるでござるよー!」
元気な声と共にやって来たのはコウガであった。天井のシミとなる前に、どうやら無事降りれたようだ。
「コウガ…。降りれたんだな…。」
「残念です。とても。」
「酷いでござるね!?」
少女の言葉に傷付きながらも、コウガは早速スイカへと手を伸ばす。
待ちに待った食事。彼は二口であっという間に平らげてしまった。シャクシャクと心地よい音を無らしながら、口内のスイカを飲み込む。
「ふふっ。ヤナキ殿。拙者、とっておきの忍術があるでござるよ。」
「………嫌な予感がするからやめとけ…。」
「まぁまぁそう言わずに!忍法!種飛ば、」
と、スイカの種を飛ばそうとしたコウガの顎を少女が下から手のひらで打ちつける。
拍子に彼の口は閉じてしまい、ご自慢の忍法とやらは披露できなかった。
「い、いだいでござる…。」
「そうですか。その痛みが学習材料になると良いですね。」
少女はぴしゃりと言い放つ。先の天井に張り付いた時から、随分お怒りのようだ。そろそろ顔が白く、瞳も金色に見えてくる頃合いかもしれない。
「ヤナキ殿ー!このおなご、怖いでござるよー!」
「………まぁ、自業自得じゃねぇかな。」
「ひどいでござるー!」
泣き叫ぶコウガを無視して少女は言う。
「そろそろ業務に戻りますね。ごゆっくりどうぞ。」
お辞儀をして去っていく。恐ろしい少女が去ると、コウガはヤナキへ聞く。
「そう言えばヤナキ殿。体調はどうでござるか?」
「あー、まだ気持ちワリィかな。なんつぅかふわふわしてんだ。」
自身の胸を触り、ヤナキは答える。例えるならジェットコースターに乗ったあとだろうか。臓物が上へ下へと移動して、胃が揺さぶられるそんな気分。
体だけならいざ知らず、オマケに頭もぼんやりしているときた。病気などではないと思うが、いささか不安にはなる。
「大変でござるね…。そうだ!ここは拙者の忍術で…。」
「やめとけ。」
コウガを制止しつつ、ヤナキはぼんやりとしている頭をかく。
何か、考えなければならないこと、大切なことがあった気がする。
背後の窓から入る熱風に当てられる。夏の日差しが焦がすのは人々の肌だけなのだろうか。それとも表層的なものばかりでなく、より内面に近しい記憶もまた焦がされ、薄まっていくのだろうか。
暑さの中、ヤナキはもやのかかった頭で思うのだった。