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第29話 土壌

 壁に倒れ込むスイへ視線をやり、ミキは口を開く。


 「…………タチバナさん。彼女、どうするんだい。」

 

 質問に対して、タチバナは見せつけるようにスイのもとにしゃがみ込み手首を掴む。冷たく動かない。だが、彼は平然と言う。


 「生きてはいる。……縛り付けてでもおこう。」


 スイの体を抱えて、その場を去ろうとする。ミキはつい、口から言葉が出てしまう。


 「手伝おうか?」

 「いや。不要だ。」


 提案を突っぱねて、タチバナは少女を持っていってしまう。間髪入れない拒絶は何かを隠さんとする意志を感じさせた。こう思ってしまうのも、スイの発言のせいだ。彼女はタチバナも嘘をついていると言っていた。勿論、口から出任せの可能性は大いにある。だが、スイの言葉を一蹴してしまうのは何処か憚られた。それは、彼女が最期にミキの身を案じていたからか。


 「………私は誰を信じればいいだろう…。」


 『つくも様』とやらの信仰は確かに気になる。しかし、命を脅かすのなら手を引くのも選択肢のひとつだ。流石のミキでも命は惜しい。それでもここから逃げることは選択肢として浮かべたくはなかった。故に、結論づける。『つくも様』信仰を調べはするが、命の危機を感じさせるところまでは踏み込まないと。

 己を納得させて、ミキは自身の頬を叩く。


 「そうだ。コユキさんから『ヨモの湯』の入浴券を貰ったんだった。………明日にでも行ってみよう。」


 頭を切り替え、ミキは再度『ヨモの湯』を訪れることにした。


***

 翌日、体の痛みが和らいだミキは入浴券を手に出かけていた。『ヨモの湯』を訪ねるのは2度目である。1度目は迷ってしまい、到着した時には既に閉まっていたのだ。幸い、今回は山道に惑わされることなく閉店してしまう前に辿り着いた。

 藍色の暖簾をくぐり中へ入る。正面には番台の少年が俯きながら座っていた。彼の手は落ち着きなく交差され、常に動いている。


 「どうも。『かざぐるまの宿』から貰った入浴券を使いたいんだが…。」


 ミキの呼びかけに肩を震わせたかと思うと、しゃがみ込んで下からバスタオル類が入った籠を取り出す。そして、小さく大浴場の方向を指差す。この間、彼の口が開かれることはない。


 「ありがとう。………そうだ。実は、この島の信仰について興味があってね。『つくも様』とやらについて教えてくれないかい?」

 「…………………。」


 番台の少年は目を伏せ、ぴったりと唇を合わせる。話すことはないようだ。であればこれ以上の会話は無駄だろう。ミキは諦めて大浴場へ向かおうとする。しかし、その背に少年の声がかかった。


 「……………コユキ姉ちゃんやスイ姉ちゃんみたいになっちゃう前に、この島からでたほうが良いよ。」

 「え?」

 

 咄嗟に振り向き、少年の言葉をいま一度聞こうとする。しかし、当の彼は受付の後ろに位置するすりガラスの扉の先へ行ってしまった。

 ミキの心の内で、着々と疑念の種が育っていく。

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