第28話 4人目
ミキの協力が得られたスイは満足気だった。『つくも様』信仰を止める足掛かりになるかもしれないのだ。弾む気持ちと緩む頬が彼女の雰囲気を明るくする。それとは裏腹にミキは何か思案しているような、気難しい顔を一瞬覗かせた。スイが気づく前に、先んじて言葉を発する。
「ところでミキさん。『タチバナ荘』に忘れ物をしてしまって取りに行きたいのだが、一緒に来てくれないかい?」
「モチロン行くよ!」
「………………ありがとう。」
身を乗り出し提案に乗る。不穏な動きはない。しかし、それがかえってミキの脳内に不和を呼び起こす。スイに感じた怪しさはタチバナの助言、そして道中見かけた血のつく鍬に所以するもの。これらの疑いが払拭されることはなく、むしろ彼女の中ではスイは警戒すべき人物だと確定されたのだった。
そんなことは想定せず、スイ自体は浮き足立った様子で共に『タチバナ荘』を目指している。
褐色の地面を進み、潮の香りがする海辺へ到達した。付近にはくたびれた木造の家。『タチバナ荘』に到着だ。
「一度部屋に戻るから待っていておくれ。」
「オッケー!それが終わったら作戦会議だかんね!」
手を振り、ミキと別れを告げる。玄関に残されたスイはただ波の音に耳を傾けていた。このまま順調にいけば『つくも様』信仰を止められるやもしれない。希望が見えてきた。拳を固めて、目的を再確認する。そうしてしばらくたった後、ミキが戻って来る。だが、その手には何も見えない。忘れ物とやらはどうしたのだろうか。
ふと疑問を口にする前に、ミキが言う。
「…………悪いねスイさん。君は、あまりに疑わしい。信用は出来ない。」
言葉とともに、ミキの背後からタチバナが現れる。彼は木でできた床を軋ませて、片手には金属製のバットを持つ。
「スイ、お前はここまでだ。」
即座に近付いてきたタチバナはスイへバットをフルスイングする。呆気にとられつつも、彼女は咄嗟に前進し避けた。
「っ、ミキちゃん!?協力するんじゃ、」
「無理さ。だって君は人殺しなんだろう?『つくも様』への生贄とやらを用意していたんだろう?………そんな人間を信頼出来るはず無いじゃないか。」
「…………。」
スイは頭が真っ白になった。ミキの発言は真っ当であり、反論の余地はない。当然の帰結なのだ。思えば、人殺しを隠して協力してもらおうなんて都合の良い話だった。己の浅はかさを呪いつつ、背後から迫るタチバナの攻撃を避ける。土足のまま、玄関から室内へと移動した。
タチバナのバットを見切りながらも考える。今からでもどうにかミキを仲間に付けられないか。せめて、タチバナへほんの僅かな疑念が生じるようにできないか。
「そうだね。人を殺してきたうちのことなんて、信頼できるはずもないよね。………でも、でも、ミキちゃん。タチバナくんだって、嘘をついてると思うよ。」
不格好な弁明を始める。
「タチバナくんだって生贄の用意をしてきたし、コユキちゃんを殺した!だから、うちを信じなくてもいいから、タチバナくんも信じないで!このままじゃ、キミだって危ないんだから!せめて、島を出て!」
「島を…?」
思わぬ提案にミキの思考が止まる。タチバナを信用するなというのは理解できる。しかし、何故今際に際で此方の安全を心配するのだろう。いや、これもまた彼女の策であり、疑念という種を植え込むためのものかもしれない。ミキ自身にはどちらであるのか判断しかねる。
「耳を貸す必要はない。」
「ぐっ。」
その時、遂にスイの後頭部へバットがぶつかる。振り切った攻撃は頭にダメージを与えるだけでなく、スイの体を壁際に跳ね飛ばすほどであった。彼女はそのまま少し指先を動かし、壁に寄りかかる。
「ミ、キちゃん、分かんなく、なっちゃったら、逃げなよ…。こんな、島、」
言い終える前に、最期のひとふりが少女に振るわれる。
彼女の目的は果たされることはなかった。それでも確かに、言葉は届いた。ミキは少女スイの最期を見届け、己のうちに生じた迷いを感じるのだった。




