第24話 追憶。そして再起
日はすっかり傾き、『タチバナ荘』の廊下も頼りのない電球が主張を始める。そんな中でも、スイは変わらず呆けていた。ほんの僅かな木の香りが彼女の鼻をつく。壁に顔を引っ付けて、ただただ呆然としていた。
そこでようやく、『タチバナ荘』を営むタチバナが少女に話しかける。
「そろそろ自分の役割に戻れ。いつまでもお前をここに置くつもりはない。」
「……………。」
返事をしない少女を無理にでも引っ張る。腕を引き、ずるずると『タチバナ荘』から追い出した。外は真っ暗だ。そんな中に身一つで放り出されてもスイは変わらず焦点の合わない瞳で虚空を眺めている。タチバナは彼女を見て僅かに息をつき、家まで連れていくことにした。
スイの家は浜から離れて凸凹の道のりを進んだ先にある。籠目島の中央に山があるのでそこから海まで丁度中央のところに彼女の家は位置するのだ。タチバナはそこまで彼女を担いでいくと下ろして、何も言わずに立ち去る。
潮の匂いが充満していた空間とは打って変わって、今度は土の重厚な匂いがスイの鼻をつく。それと共に、彼女は目にする。畑近くに倒れて置いてある平鍬を。
不意に近付き、手にする。金属製の刃がずっしりと重さを感じさせた。
指先を刃から持ち手の隅々まで移動させ、感触を確かめる。そうして、思い出す。この鍬で奪ってきた命のことを。全ては友であるコユキの為だった。生贄の用意に心を痛める彼女を想って、その役割を手伝っていたのだ。だが、既にコユキはいない。何も、意味をなさない。虚無感に襲われ、脱力する。そんな彼女の耳に、ふと声が届く。あるはずの無い声が。
『彼の敵をとるなら、私を。………そうでないならこの島を離れる方が良いと思います。お手伝い、致しますから。』
「っ!?コユキちゃん!?」
友であるコユキの声がした。目一杯首を振って周囲を見渡す。当然ながら姿は見えない。続いて別の声が頭に響く。
『拙者は、敵うちもしないし島からも出ないでござる。』
そして思い出す。この会話はコユキとコウガが以前交わしたものだと。この時、スイは物陰に隠れて聞いていた。無礼をはたらいたコウガを生贄にする為に。彼女の記憶が正しければ、この後コウガは平鍬により頭をかち割られるはずだ。
が、今はそんなことどうでも良かった。スイにとって重要なのは、コウガの答えだ。彼はあの時、選択をした。既に友のようなヤナキが亡くなっているのに、復讐も脱出もしないという選択を。スイは理解できなかった。
『………………どうして。』
過去のコユキも現在のスイと同様に疑問を口にする。問いに対して、コウガは、ただの少年は真っすぐ答える。
『ヤナキ殿はもう居ないからでござる。だからせめて、ヤナキ殿のように誰かを守りたいでござる。………白鳥として、羽ばたくためにも…。』
「…………………。」
脳内に響く声は止んだ。スイは己の呼吸が止まっていることに気付く。口を開け、空気を肺に送る。酸素が頭に回り、彼女の考えが纏っていく気がした。
「もう、居ないから…。だからこそ、動かなきゃ…。そう、だよ。もう、コユキちゃんはいない。……なら、せめて、コユキちゃんみたいに、うちも…。」
自身も、島の信仰を止めたい。少女スイは己が殺めた過去の少年の言葉に突き動かされ、再び立ち上がるのだった。




